【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第72話 ゼロという人間は(途中からアシュエリside)
「———ゼロ……?」
俺を呼ぶ声に意識が内から外へと切り替わる。
ハッとして周りを見渡せば……窓に映る外は未だ星々が輝く夜空が広がっており、部屋を朧げな月光が差し込んでいた。
そして正座していたはずのアシュエリ様が真後ろにいて、俺の袖を遠慮気味に掴んでは、眉を八の字にして金と碧の瞳に心配の色を宿しながら俺に視線を送っている。
彼女を完全に放置してぼーっとしていたことに若干後ろめたく感じて視線を窓の外に逸らしつつ口を開く。
「えーっと……どのくらいぼーっとしてました?」
「ん、2分くらい」
え、意外と時間経ってるな。
こういうのって普通、一瞬の出来事なんじゃないの?
あ、俺の脳みそ自体がその速度で過去を思い出せるほどのスペックじゃないってことか。
それにしても———まさかカエラム団長があのカーラさんだったなんてなぁ……。
いつの間に銀髪碧眼にイメチェンしたのだろう。
それに……何で立場がこんなに真逆になってるんだろう。
てか向こうは俺のことに気付いていたのだろうか?
でも確かに———節々からカーラさんと同じ、被る時があった。
戦場で頭を撫でられた時のあの表情———昔と全く同じだった。
髪色が、髪型が、目の色が、雰囲気が変わっていても———団長がカーラさんだと断定するのにそれだけで十分だった。
何て俺がぼんやりと考えていると。
「……これ、ゼロ?」
アシュエリ様が俺が持つ写真立ての写真を覗き込むながら問い掛けてくる。
ふわっと香る花の香水の匂いと共に彼女の綺麗な金髪が俺の視界に映り込み、月光によってキラキラと輝いていた。
そんな彼女の髪から視線を写真に移し……小さく息を吐いた。
「そうですよ、多分。5、6年くらい前に撮った写真だと思います」
「……可愛い」
「マジですか? 俺にはただの腐った腑抜け小僧にしか見えないんですけど……」
「ん、ちっちゃくてムニムニしたい。…………昔のゼロはどんなだった?」
彼女が聞いて良いものかと逡巡しつつ俺へと流し目を送り、直ぐに再び写真に視線を落とした。
此方から僅かに見える彼女の表情は少し沈んでいる様に見えて……俺は肩を竦めてクスッと笑みを浮かべる。
「まぁこの頃の俺は嘗めたガキやってましたよ。今以上にどうしようもなく馬鹿で大馬鹿者で……そのくせ誰かからの救いを求める馬鹿なガキでした」
「……なら、こっちは?」
アシュエリ様の細く白い人差し指が写真の黒髪美少女———カーラさんを差した。
「———なら、こっちは?」
「…………」
真剣な眼差しでそう問う私の眼の前で、私の最愛の人———ゼロが口を噤む。
普段私の心を暖かくしてくれる彼のにへらと締まりの無い笑顔は鳴りを潜め、まるで触れればたちまち壊れてしまいそうなモノにそっと触れるような繊細で複雑な表情を浮かべていた。
本来私がここに来たのは———彼がカエラム団長を追い掛けるのを未然に防ぐためだった。
もちろん1人の女として好きな男が他の女を追い掛けるのが嫌だ、というのも僅かながらあるのは否定しない。
だがそんなことセラの実例があるので今更だし、流石にそれだけで団長の部屋に侵入するという命の危険を犯す行動を取るほど盲目でもない……と信じている。
まぁ兎に角、女の意地でこんなことをしたわけでないということだ。
では何のためにここに来たのか?
何でゼロが団長を追い掛けるのを防ぐのか?
そんなの理由は1つだ。
———彼が、カエラム団長の手によって殺されるから。
比喩ではない。
ゼロは、カエラム団長を追い掛けた末に———命を落とす。
この未来を視た時は、思わず自分の未来視を疑った。
何せ、小国級を超えて大国級にも迫る威力のセラの魔法———【疑似超新星爆発】を持ってしても死ななかったあのゼロが死ぬというのだ。
もはやこの世界を見渡しても、ゼロを殺せる者は両手で数える程度しかいないのではないだろうか。
しかし何度繰り返しても。
私の未来視の片割れを持つ弟のアーサーに頼んでみても。
———彼の死は揺るがなかった。
だから私は、彼が団長を追い掛けることを決める決定打になる団長の部屋にある写真立てを回収しようとした。
この写真立てにどういう意味があるのかは分からない。
それでも、未来視の中の彼はこの写真立てを見た後で必ず団長を追い掛けるのだから、これさえ彼に見つからなければ死から救えると思った。
未来を視て。
未来を視て。
未来を視て。
何度も彼の死をその眼にしながらも、私は絶え間なく変わりゆく彼が団長の部屋を訪れる日を調べ上げた。
彼に私が団長の部屋にいることがバレてしまえば未来は変わらず、彼が団長を追い掛けるという未来が確定してしまう。
そんなことは絶対に駄目だ。
彼が死んでしまうなんて認めない。
私はまだ何も返せていないのに私の前から居なくなるなんて許さない。
絶対に絶対に絶対に———こんな未来認めてやらない。
その一心で私は毎日何度も何度も未来を視続けた。
そしてその全ての未来視の中で1度も現れなかった日に、私は侵入することにした。
それが———今日だった。今日のはずだった。
やはり未来とは非情だ。
私の苦労や苦難など全て意味ないと言わんばかりにゼロをこの部屋に来させた。
彼が写真を見つけてしまった。
やはり、私には未来を視る力はあっても未来を変える力はないらしい。
悔しい。物凄く悔しくて不甲斐ない。
国の未来は視れるくせに、たった1人の大切な人の未来を変えることが出来ない無力な私のことが。
彼の隣で戦えず、いつも後ろで視ていることしか出来ないことが。
「———ごめん、なさいっ、ゼロ……っ」
「アシュエリ様!? え、ど、どうしたんですか!?」
あぁ……何て私は卑怯なんだ。
なんて醜い人間なんだ。
ゼロは……彼は、私の様に未来が視えないにも関わらず涙1つ流さずに———私を、エレスディアを、セラを助けて見せたというのに。
どんな絶望的な状況でも———底抜けた明るい笑顔で私を優しく、力強く照らしてくれたというのに。
私は、たった1人の最愛の人を救えずこうして涙を流している。
きっと色んな感情が行き交ってグチャグチャになっているはずの彼に余計な心配を掛けてしまっている。
それでも———涙は止まらない。
どれだけ止まれと願っても。
どれだけ拭おうとも。
私の瞳からは絶え間なく雫が溢れ出てくる。
不甲斐なくて悔しくて苦しくて悲しくて……行き場のない感情が嗚咽になって漏れる。
———止まれ。
止まれ止まれ……。
止まれ止まれ止まれ……っ!
止まれ止まれ止まれ止まれ……ッッ!!
「———アシュエリ様、今回はどんな未来を視たんですか?」
———…………え?
私は涙で滲む視界の上に向ける。
ぼやける視界の中で、ゼロが真剣な表情で私を見つめていた。
「……ぜろ……っ?」
「アシュエリ様、一体どんな未来を視たんですか? 何年も自らの死を視ていた貴女がこんなになるなんて……未来で何があったんです?」
…………何で、貴方は分かるのですか。
どうしてそんな瞳を私に向けるのですか。
「……………ぜろ、ぜろが……」
「俺がどうしたんですか? 俺が死ぬとでも言いたいんですか?」
「……っ」
彼の口から出た言葉に私は息を呑む。
それだけで彼は私が言わんとしていることが分かったらしい。
彼は自嘲気味な笑みを浮かべて呆れた様にため息を吐く。
「そうですか……俺、アシュエリ様の未来視では死ぬんですね。多分……カーラさん———いやカエラム団長の身に何かが起こってるんですよね? そんで大方、馬鹿な俺が団長の下に行って……ポックリ死んじゃうってわけか」
ヤバっ、今の俺めっちゃ冴えてね?———何て言って苦笑するゼロ。
まさか全部言い当てられるとは思っていなかった私は、驚愕に目を見開くと同時に疑問に思った。
……何で笑っていられる?
未来で自分が死ぬと告げられたのに。
何かしら関係のあるカエラム団長を追い掛けて死ぬと告げたのに。
「…………なんでっ、笑って、いられる……? あなたは、彼女の手で……っ!」
「———さっきの質問ですけど……俺、昔はとんでもない屑野郎だったんですよ」
突然ゼロがポツリと呟く。
「本当に救いようのないドが付くくらいの屑で馬鹿でひとでなし野郎。住んでいる街でも大の嫌われ者でした。……でも、そんな俺を救ってくれたのが———この写真のカーラさんだったんです。まぁどうやらカーラは偽名で本名はカエラムだったらしいですけど。何なら見た目も大分変わってますけど」
仮にも数ヶ月同居していたんだから本名くらい教えてくれてもいいのに、と彼が肩を竦めたかと思えば———。
「———やっとあの人から受けた多大な恩を返せる日が来たんです。笑わずには……喜ばずにはいられないでしょう?」
ニヤッと何処か吹っ切れた様な笑みを浮かべるのだ。
………そうだった、彼はそんな人だった。
普段情けなくても、腰が異様に低くても、口では面倒だと、嫌だと言いながらも……いつも不可能を可能にしてきた。
誰もが絶望するような未来を———幾度となく変えてきた。
だって彼は、ゼロという人間は———。
「今までウジウジ考えてたけどやめだやめだ! そんなもんその時考えれば良いよな! アシュエリ様のお陰で目が覚めましたよっ! さぁてこれからどうやって俺が死なずにカーラさんを助けようかね。ま、それもカーラさんに会ってから考えればいっか!」
1人燃え上がったゼロが呆然と彼に視線を固定させる私を見つめる。
そして私を安心させるためかは分からないが、普段のテンションでグッと親指を立てた。
「———アシュエリ様、カーラさん……団長のいる場所を教えて下さいな。ぱぱっと恩を返して帰ってきますからっ!!」
———この世で最も馬鹿で規格外な英雄なのだから。
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