【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第89話 歯車が回り始める
———俺が聖光国に来てから、何やかんやで1週間が経とうとしていた。
相変わらずアズベルト王国には帰してもらえない。
しかも教皇は未だ俺の引き抜きを諦めてないらしく、あの手この手で俺を引き抜こうとしてきた。
特に昨日の朝なんかはヤバかった。
寝起きで全く頭の回ってない俺の下へやって来たかと思ったら……自然な所作で差し出された変な紙に危うくサインをさせられそうになったのには、流石の俺もドン引きすると共に肝が冷えたね。
MVPはギリギリで紙を引き裂いた俺の腕です。
てか暇人かよ。
ただ、毎日見ていた暇人こと教皇の姿を、珍しいことに今日はもう夕方になるのに1度も見ていない。
気になってアウレリアさんに尋ねてみた所、分からないと言っていたが……大方趣味に没頭しているだろうとも言っていた。
あの教皇に趣味があるって知って腰抜けそうになったのは仕方ないと思う。
何てここ1週間を振り返りつつ剣を創る練習にいそいそと励んでいると。
「———どうだ、僕の御業はっ!」
すっかり顔の腫れも引いて、元美青年から現美青年に戻ったクライスがファサァァァァと前髪を靡かせながらドヤ顔で此方に振り向く。
無駄に顔が良いせいで様になっているのが同じ男として非常にウザいが……。
「おー、すげぇな。もう生きてるじゃん」
「フッフッフッ、この美しさがゼロにも分かるかっ!」
「うん、めっちゃカッコいい」
「フッフッフッ……フワーッハッハッハッ!! ゼロもやはり此方の世界の人間であったかっ!!」
そう俺とそっくりな高笑いを披露してくるクライスを横目に、俺はクライスの感情と共に嬉しそうに宙を翻る無数の剣を眺めながら素直に感心する。
同時に少年心が非常にくすぐられ、真似してみたい欲が湧き上がってきた。
え、普通にカッコいいんですけど。
俺もやってみたいんですけど。
『ケケケッ、テメェには出来ねェな。神の権能の一種だぜ、これはよォ』
『やっぱそうかー。えー良いなー』
『ケケケッ、諦めるんだな。時間の無駄だぜェ? テメェの剣はテメェが無才なせいで手ェ離したら消えるしよォ』
ところがどっこい。
またまた性格の悪いスラングが俺の気を萎えさせるように現実を見せてくるだけに関わらず、代替案すらも塞いでくる。
どうやら今度こっそり練習してみようとか思っていたのがバレてたみたいだ。
一瞬でも使えるかもと期待した俺がこっそり肩を落としていると。
「———ゼロ様、クライス様」
今まで何も無かったはずの場所から突然気配が出現すると共に、俺達の名前を呼ぶ中性的な声が聞こえた。
唐突だったこともあって、驚いた弾みに今までで1番出来が良い剣を霧散させちゃってちょっとショックを受けつつも、俺は呼ぶ声の方へ顔を向ける。
そこには———漆黒の長髪を後ろで束ね、牧師のような真っ黒の服を来た美青年とも美少女ともとれる中性的な顔立ちの青年が跪いていた。
どいつもこいつも顔が良すぎて腹立たしい。
「くっ……俺もイケメンなら……」
「……ゼロ様?」
「あ、や、何でもないっす。ところでどうしたんです?」
悔しがっている所をジーッと見られて気まずくなった俺は、青年———代行者序列10位のノーマンさんからスッと目を逸らしつつ無理矢理話題を変える。
ところが、1人ノーマンさんの声など掻き消えてしまうほどの声量で高笑いを続けていたクライスも自分の名前には敏感らしく……不思議そうな表情で俺達の話に入ってきた。
「おや、ノーマンじゃないか。輝かしい僕に何の用かね? さてはミス・アウレリアからデートの誘いを伝えに来たのかな? フッ、わざわざご苦労だ。さぁミス・アウレリアの所に連れていきたまえっ!」
「……。ゼロ様、猊下より御言葉を頂戴しております」
相変わらず相手を置いていく意味不明な弾丸トークを繰り広げるクライスをドン引いた表情で一瞥したのち、相手をするだけ無駄だと一瞬で無視することを決めたらしく……俺だけを見つめながら告げたのだった。
「———猊下より、会食のお誘いを承っております」
「———……何で突然皆んな消えたのかと思ったらそういうことなのね」
俺はノーマンさんに連れられてやってきた荘厳な会食会場に入ると同時に、長いテーブルと椅子が置かれ、椅子に座るノーマンさんとクライスを除いた全ての代行者と教皇の姿を見て察する。
「ハハッ、僕はどうして一言も告知されていないのかな? やはり猊下も僕の輝きに近付かなかったと言うことか……っ!!」
「もっとマシな冗談言えよな」
「本気だが??」
「流石っす」
「ハーッハッハッ! そうだろうそうだろう!」
本物のナルシストの存在に俺はまともな会話をするのを諦め、メイドさんによって着付けられた蝶ネクタイの礼服姿の自分を見下ろす。
あまりにも着せられている感が凄く、更に言えば今まで礼服と言えば鎧だったのでこれまでにない首を締め付け具合に僅かに顔を顰めた。
「ゼロ、あんまり触んじゃねぇ。ズレるぞ」
「でもキツいんすよ、姉御。途中で食べ物が詰まっちゃいます」
「お前な……ガキ共でもちゃんとしてんぞ」
蝶ネクタイを弄りながら屁理屈を捏ねる俺を、姉御が呆れ果てた様子で眺めつつ指を差した。
そんな彼女の指差す方に視線を滑らせ……俺よりも礼服を着こなしているバルとヘルの姿に何も言わずそっと蝶ネクタイから手を離すのだった。
……おかしい。
何で俺より小さいのに俺より決まってんの?
てか普段あんなに我儘なのに良く我慢できるね。
何て子供に尊敬の目を向ける情けない大人代表の俺へ、上座に座った教皇が胡散臭い笑みを浮かべつつ自らの対面の席を手の平で指を差すが……昨日のことがある手前、俺は警戒心マシマシで半目で睨み付けながら言われた通りに座る。
すると、隣に座っていたアウレリアさんが俺に微笑む。
「お似合いですよ、ゼロ様」
「そうですか? へへっ、アウレリアさんに言われると嬉し———」
「———ミス・アウレ———ぷぎゃっ!?」
俺の言葉を遮るように発せられたクライスの声が序列6位のクライスと同じ青髪の美少女にぶん殴られたことで途中で遮られた。
中々に痛そうな音がしていたが……クライスをぶん殴った美少女———クラリスが小さく頭を下げるだけで、皆んなの注目が逸れるではないか。
…………皆んなクライスの扱いが雑だなぁ……。
ホント良くこれでナルシスト貫けたなぁ……メンタル強すぎるだろ。
何て俺がクライスの扱いの雑さに涙を禁じ得ないでいると。
「———これで全員揃った……ということでよいか?」
不思議と注目をひきつける声色で教皇が口を開いた。
同時に見た目とは違ってガヤガヤとしていた場の空気がシンと静まり返り、俺の大嫌いな緊張感が辺りに漂う。
そんな空気の中でただ1人、満足げに頷いた教皇が人形のような人間離れした美貌に笑みをたたえて言葉を続ける。
「私は余計な話が嫌いな性分ゆえ手短に話すが……この会は、我が国に来た不滅者への少し遅い歓迎会でもある」
いや遅すぎるだろ。
もう俺が此処に来てから1週間だぞ、1週間。
何て思わずツッコミそうになるも……流石の俺でも今は口を開いてはいけないことくらい分かる。
よって、ツッコみたいけどツッコめないという……痒いところに手が届かないくらいに非常にむず痒い気持ちに苛まれていると。
「———不滅者よ、最後に聞かせてくれぬか? 私は……この国は、不滅者という新たな英雄が欲しい。頷いてくれるのなら、お主の欲しいモノ全てをやろう」
そんな、少し前までなら速攻で食らいついていたであろう言葉と共に、教皇が純白の瞳を俺に向け、代行者達全員の視線が同タイミングで俺へと降り注ぐ。
たったそれだけで、常人なら速攻でプレッシャーに負けて頷いてしまいそうな程の圧が掛かる。
目の前に置かれた高級そうな食べ物も全く美味しそうに感じない。
……よくよく考えたら、皆んな神様の力を使えるんだよな。
何でこんな奴らが、精々再生能力くらいしか取り柄がない俺に構ってくるのか不思議で不思議でしょうが無いわ。
何て内心肩を竦めつつも———俺はハッキリと告げた。
「———確かにこれ以上無いくらいに好条件なお誘いですけど……俺はアズベルト王国から鞘替えすることはないです。絶対に」
シンと静まり返った空間にさらなる緊張感が走った気がした。
僅かに肌寒く感じ、知らず知らずの内に唾を呑み込む。
誰も口を開かず、ただ教皇の言葉を待つ。
その緊張の糸が切れたのは———数秒後だった。
ずっと何を考えているのかさっぱり読み取れない瞳で俺をジッと見つめていた教皇がフッと笑みを零したかと思えば、お手上げだと言わんばかりに肩を竦める。
「……そうか、これでも駄目か。それなら仕方ない、大人しく引き下がるとしよう」
そう言ったのち、さぁ食事を始めるとしよう、と言葉を締めた教皇の姿によって場の空気が弛緩し、次々と目の前に置かれた料理に手を出し始めた。
若干名フライング気味のガキンチョが居たが……そんなのは些細なことだ。
…………え、終わり?
てっきりもっとあるかと思ってたんだけど……。
俺は特に何もされないことに呆気に取られつつも、どうせ考えた所で教皇の考えなどちっとも分からないので———一先ずは目の前の美味そうな料理を堪能するべくナイフとフォークを手に取るのだった。
ゼロが高級な料理に目を輝かせ、舌鼓を打っていた頃。
「———やはり失敗か……随分と情に厚い男よ。して、あの女に勘付かれるのは面倒ではあるが……仕方ない、細心の注意を払って取り掛かれ」
「ハッ、全ては———猊下の御心のままに」
神室の玉座に悠然と腰掛けた白髪白眼の美女の指示の下、跪いていた漆黒の長い髪を後ろで束ねた青年がズズッと影に吸い込まれるようにして消える。
青年の消えた神室は噎せ返るほどの静寂と欲望が渦巻き……美女の口から漏れ出る嗤い声が小さく響き渡っていた。
「フフフッ……フフフフッ……遂に……遂に私の悲願が成し遂げられる。———200年探し求めた不死の適合者によって……!!」
そう可笑しげに笑みを零す美女の怪しげな光を灯した瞳が見つめる先には———2つの席が空いた会食会場にいる黒髪黒目の少年と。
『…………ゼロ……』
———灯りの消えた部屋の窓の縁に腰掛けて夜空を見上げる、真紅の髪と瞳を持った少女が映し出されていた。
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