【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第96話 修羅の如く舞う少年は、何がゆえに戦うか
———時間は少し遡り。
「くそっ……やっぱりどの世界でも怪しい薬には手を出したらいけねぇんだよ……」
全身を白銀のベールに包まれた俺は、目の前の人ならざるものを前に悪態をつく。
全身を蝕むように包み込む真っ赤な炎。
至る所に穴が開いた純白のフルプレートアーマーと、そこから見える炭化した肌。
知性を感じさせないものの……朦朧としているわけではなく、ギラギラと此方を獲物として認識している様子で宿された濃密な殺気。
また口は半開きになり、身体の骨格が変わったのか……全く違和感なく四足歩行で佇んでいる。
「「「「「「ガァアアアアアアアアアアア!!」」」」」」
悍ましい見た目に顔を歪める俺へと、真下以外の全方向と言っても過言ではない範囲で嘗て神官騎士だったモノ達が咆哮を上げると共に飛び掛かってきた。
ただ、俺はそれらを一瞥すると。
『———やるぞ、もう出し惜しみはナシだ』
『———ケケケッ、楽しみだぜェ』
1度【極限強化】を解除する。
途端に炎が風に靡いて揺れるように霧散する、全身を覆っていた白銀のオーラ。
同時に身体の中から湧き上がる全能感がフッと抜け、無防備となった身体を何十もの殺気が直に突き刺すが———。
「———『【特殊身体進化:狂気の悪魔】』」
———ズガアアアアアアアアアンッッ!!
俺を中心にドーム状に膨れ上がった白銀と漆黒のオーラが、迫りくる数多のバケモノを弾き飛ばした。
今俺の視点からはバケモノ共がどうなっているかは見えないが……気配で怯んでいるのが分かる。
『ケケケッ、極薄の神獣の血に踊らされるゴミにはお灸を据えてやんねェとなァ?』
『勝手に俺の身体を奪うんじゃねぇぞ』
何て内心で軽口を叩き合いつつ……自分の身体が作り換えられていく言いようのない感覚を憶えながらも、軽い音と共に靴底で地面をタップする。
刹那———切り替わる視界。
何処を見ても白銀と漆黒だった俺の横には、警戒の色を灯した瞳で白銀と漆黒の繭を見据えている10を祐に越えるバケモノの姿。
俺が隣にいることに気付いた様子はない。
「…………」
きっとこの人達だって大切な何かのために神官騎士として戦っていたのだろう。
生まれた国が違えば俺もこうなっていたかも知れない。
何て何とも言えない表情でバケモノを眺める俺に、スラングが鋭く指摘する。
『たらればを考えても意味はねェ。コイツらへの救いは1つ———死だけだ』
『……分かってる。躊躇するつもりはねぇよ』
たらればを考えても意味ない、か……つくづく最悪でくそったれな世界だよ。
でも———。
俺は小さく息を吐くと。
「こんな世界でも、守りたい人がいるんでね———【閃剣:連式】」
———幾千もの閃光が瞬いた。
生み出された閃光は四方八方、狙いなんてとてもじゃないが定まっていない暴れ馬のように空間を縦横無尽に駆けながら進む道に立ち塞がるバケモノの身体を木っ端微塵に消し飛ばした。
後に残るは、風に吹かれる灰燼と……閃光を生み出した俺ただ1人。
しかし、次の瞬間にはその場に俺の姿はない。
「———エレスディアァアアアアアアアアアアア!!」
俺の狙いは———エレスディアを捕らえる光の柱。
一歩で距離を詰めた俺は、渾身の一撃で光の柱を壊そうと剣を振り被り———
「———おっと、それ以上はいけないな、ぼうず」
「!? くッ———」
突如眼前に現れた剣に、俺は攻撃をキャンセルしてギリギリで頭を傾ける。
冷たい感触と同時にピッと俺の頬が裂けて鮮血が飛ぶが……気にせず【空歩】で空中で軌道を無理矢理変えて地面に着地。
直ぐ様、邪魔をしたボサボサな髪に無精髭のおじさん———代行者序列1位をキッと睨んだ。
「……どうやっていきなり現れたんだ? 気配とか一切なかったんだけど」
「えー……言わないといけないか? あー、あれだ、俺は猊下と契約してんだよ」
序列1位は俺の言葉に面倒臭そうにぼっさぼさな後頭部をかきつつも、実にあっさりと白状した。
流石に直ぐ言われるとは思っていなかった俺は僅かに目を見開く。
「……契約? 何だよ、教皇は本当のか———」
神か何かかよ。そう言葉を続けようとする俺の耳に。
「———不滅者よ。お主のお目当てがお目覚めだ」
人形と見紛う美貌の教皇が目を細めて、横の光の柱の中に目を滑らせた。
同時に俺も視線をズラし———。
「…………ゼロ……」
光の中で瞳を開けたエレスディアが唇を震わせたのを見て……俺は堪え切れず声を上げた。
「やっとお目覚めかよ……遅いって」
「…………ど…………き…………?」
「えっ?」
何か言っているらしいが上手く聞き取れず首を傾げれば。
「あぁ、これだと聞こえぬか」
教皇が心当たりでもあったのか、パチンと指を鳴らすと———パッと光の柱が消えてエレスディアが宙に投げ出される。
「っ、いきなりすんなよ馬鹿野郎……っ!!」
俺はなりふり構わずに駆け出し、落ちるエレスディアの身体をそっと抱き止め、確かな温もりを感じて、心の底から安堵したのも束の間。
「———どうして……来たのよ……っ!!」
「……………えっ……?」
ドンッと俺の胸が押され、俺は何歩か千鳥足で後ろに後退する。
その隙にエレスディアが俺から離れ、俺をキッと睨んできた。
その時、俺は何を言われたのか分からなかった。
彼女が、俺を睨む理由が分からなかった。
だから呆然と息を吐くことしか出来なかった。
きっと今の俺の顔は酷く引き攣っていることだろう。
当たり前だ。
助けたと思った少女から———拒絶させたのだから。
ただ彼女は、そんな俺のことなどお構いなしに感情を爆発させる。
「どうしてここに来たのって聞いてるのよ……ッッ!! 私は……私は……ッッ」
「……っ、エレス———」
その時———俺は息を呑んだ。
「———わたしは……っ、覚悟を決めて、ここに来たのに……ッ! 貴方の隣も……この気持ちも……っ、全部……全部諦めてでも貴方を守りたかったのに……ッ!!」
言葉が出なかった。
普段は余計なくらい回る筈の口も固く閉ざされてしまっていた。
理由なんか考えなくても分かる。
「わたしは……ッ! あなたに助けてもらってばかりで……っ! ずっと隣に立ちたくても……あなたは常に先にいて……っ!」
彼女が泣いているから。
真紅の瞳を揺らし、胸に両手をあてて啼哭を上げているから。
地面に崩れ落ちて、普通の女の子のように涙を流しているから。
「何で私を助けようとするの……ッ!? どうして私の下に来るの……ッ!? 貴方の中で———」
「———私は一体、どんな存在なのよ……」
彼女の泣き顔を見たのは———一体いつぶりだろうか。
彼女の本音を聞いたのは———一体いつぶりだろうか。
いや、本当は分かっている。
あの時———俺が初めて戦略級強化魔法を使った時以来だ。
あの時も彼女は泣いていた。
あの時も彼女は俺に問うていた。
———どうして、と。
…………どうして……か。
「……なぁ、エレスディア」
俺はゆっくりと彼女に歩み寄りながら思う。
———何故俺は、彼女を助けるのか。
あの時は確か……美少女がどうちゃらこうちゃらなどとほざいた気がする。
我ながら何とも薄っぺらい理由だと思うが、あの時は本気だった。
———なら今は?
そんなの———答えは1つに決まっている。
「お前はさっき俺に助けられてばかりだって言ったけどさ……覚えてるか? アシュエリ様の未来を助けるために……俺が玉座の間に乱入した時のこと」
俺は教皇達が何もしてこないのを良いことに、彼女の目の前で座り込む。
顔を涙で濡らしたエレスディアは、俺の意図が掴めないといった様子で困惑しながら呆然と俺を見つめていた。
そんな彼女の瞳を見つめつつ、俺は小さく息を吐いて———今まで誰にも言っていなかったあの時の真実を告げる。
「———ホントはさ、あの時諦めようかなって思ったんだよ」
「っ……!?」
彼女が大きく目を見開く。
揺れる真紅の瞳が更に揺れ動き……動揺しているのが分かった。
そう、あの時の俺は———正直心が折れかけていた。
「だってさ、死にそうになりながらのパワーアップも通用しなかったんだぞ? そりゃ誰だって心が折れたりもするだろ」
———【限界突破】。
自分の身体の被害を度外視して強化するあの魔法が……あの時の全力だった。
死力を尽くした最高の魔法だった。
だからこそ。
死力を尽くした結果だったからこそ———俺は諦めかけていた。
俺のやれることは全部やった。
俺は本当に良く頑張った。
だから———これで十分じゃないかって。
実際、その場にいた誰もが俺の負けを察していた。
誰もが俺はあの男に勝てないと思っていたはずだ。
片や———昔とは言え戦場で名を馳せた歴戦の猛将たる男。
片や———まだ剣を握って1年も立たぬ戦場も行ったことのないガキ。
誰が見たって勝敗は明らかだった。
字面だけでも俺が負けることくらい明白だった。
「その時さ、あのジジイに言われたじゃん? ———『既に限界を越えた貴方では絶対に私には勝てません』とか何とか」
「…………」
「その時さ、俺思ったんだよ」
俺は頬をポリポリかいて苦笑を零す。
「———あぁ、確かにな……って」
普通そこで納得なんかしちゃいけない。
そんなことないと言わなければならない場所だ。
でも———俺は納得してしまった。
目の前のジジイには勝てない、と。
俺にはアシュエリ様達は救えない、と。
そんな、自分ですら諦めていた時でも———彼女だけは。
「お前だけは、誰もが俺の負けを認める中で———俺の『負け』を否定してくれた」
『———そんなことないわ』
あの時エレスディアはそう言った。
あの男の言葉にただ一人反論した。
もちろん俺が負けないと思って言ったわけじゃないのだろう。
自分がいれば勝てると言う意味で言ったのだろう。
そして、あの言葉は彼女にとっては何気ない一言なのだろう。
そんな彼女にとっては何気ない一言でも———俺にとってはその一言が何よりも嬉しかった。
誰もが俺の勝ちを諦める中で。
自分すらも勝ちを諦めかけていた中で———彼女だけは。
彼女だけは———俺の……俺達の勝ちを疑わなかった。
———それにどれだけ救われたことか。
———それがどれだけ俺の心の支えになっているか。
まぁ多分、彼女は知らないんだろう。
でもきっと———あの時からだ。
あの時から、俺の生き方が……考え方がちょっとずつ変わっていったんだ。
———死にたくない、それしか考えていなかった自分。
———思い出したくない過去から目を背けていた自分。
我ながら何とも単純な野郎だ。
たった一言、エレスディアの何気ない一言に———俺の何年もの行動指針が狂わされてしまったのだから。
「エレスディア。お前、さっき言ってたよな? 何で自分の下に来たのか、何で助けるのか、一体俺の中でお前はどんな存在なのかって」
「……それが、なに……」
「———今から答えるよ」
「……!?」
エレスディアが濡れそぼった目を大きく見開いた。
そんな彼女の姿を前に、俺は覚悟を決める。
口の中が異様に乾く。
心臓の鼓動が五月蝿い。
顔が……全身が熱い。
これから告げる言葉と未来を考えて———恥ずかしさで死にそうになる。
でもここで言わなければ、彼女は納得しない。
そして俺も、これ以上誤魔化したくない。
あの時、あの言葉を掛けられた時から誤魔化し続けていた俺の気持ちを。
「エレスディア」
だから、ここで言ってしまおう———。
「———お前が好きだから。それだけじゃ……ダメか?」
未来のことは、未来の自分に任せて。
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