【書籍化】一般兵士が転生特典に『無限再生』を貰った結果、数多の美女に狙われた
第97話 私はやっぱり———。(エレスディアside)
———こんなはずじゃなかった。
そう、こんなはずじゃなかったのだ。
彼にこんなことを言わせるはずじゃなかった。
彼にあんなにキツく当たるつもりじゃなかった。
キッパリと別れを告げようと思っていた。
あんなみっともなく泣いて、激情をぶつけるはずじゃなかった。
でも———気付いたら口を衝いて出ていたのだ。
1度溢れてしまった思いは……もう私の弱い意志では止まらなくて。
止まれとどれだけ願っても止まってくれなくて。
そんな子供みたいな駄々を捏ねる私に。
行き場の失った感情をぶつけるだけの私に。
———彼は、優しげな笑みを浮かべた。
責めるわけでもなく。
怒るわけでもなく。
魔法を解いた彼の表情には……ただ優しく、それでいて僅かな自嘲を含んだ笑みがあった。
そして、彼は言った。
『お前が好きだから。それだけじゃ……ダメか?』
その言葉を彼の口から聞いた時———私は、言葉が出なかった。
それどころか、今まで感じていた怒りやら悲しさやらもう何やらが全部頭の片隅なんて生温い、頭の中から外に投げ飛ばされて遥か彼方へと消え去ってしまった。
顔が熱い。
きっと今の私は私の顔や耳は髪と同じくらい真っ赤に染まっていると思う。
彼の口から発せられた言葉があまりにも夢幻の様だった。
自分の耳朶を揺らし、頭をガツンと殴るような衝撃を与えた彼の言葉を何度も何度も反芻させて……自分の聞き間違い、或いは幻聴ではないかと疑ってしまう。
でも———その言葉が幻聴でも、聞き間違いでもないことくらい分かる。
だって……。
「…………」
———彼の……ゼロの顔も私と同じくらい真っ赤に染まっているから。
それはもう今まで見たこと無いくらいに朱色に染まっている。
その姿はいつものおちゃらけた彼でも、真剣な彼でもなく……どこか可愛らしさを感じるものだった。
———ギュッと胸が締め付けられる。
諦めたはずの感情が、心の奥底に仕舞ったはずの感情が……私の意志に関係なく溢れ出しそうになる。
私はそれを必死に抑え込もうとギュッと胸を両手で押さえて……ただ彼を見つめてしまう。
今私がどんな顔をしているか考えたくもない。
客観的に見たら悶え死んでしまう。
「……ぁ……ぁぁ……」
言葉が見つからない。
どれだけ頭を回そうとしても……彼の言葉が私の思考を遮ってぐしゃぐしゃにかき乱してしまう。
今まで感じていた全ての感情が心の底から湧き上がる歓喜に塗り潰されて……おかしくなってしまいそうだった。
何て口をパクパクさせて何も言わない私を、彼が苦笑を浮かべつつ見つめて安心させるような声色で零す。
「別に返事とか、何かして欲しいわけじゃないんだ。ただ……俺が何を思って此処にいるのか、何のためにこの場所に立っているのかを知って欲しかっただけなんだよ。後は……ちょっとした仕返しだな」
そう悪戯っぽい笑みを浮かべたのち、彼が私を置いていくようにゆっくりと立ち上がると。
「———わざわざ待ってくれるとか……強者は随分と余裕そうだなぁ?」
纏う雰囲気が変わる。
全てを包み込むような温かい気配から、全てを蹂躙して呑み込まんとする殺気立った気配へと。
彼の全身から漆黒と白銀のオーラが迸り、彼を中心として渦巻いていく。
一歩歩みを進める度に、彼の左半身が足元から徐々に漆黒に覆われ……身体の輪郭が揺らめいていく。
———美しかった。
本来相反するはずの漆黒と白銀が混じり合い……溶け合っていくその様子に、私は思わず見惚れてしまう。
彼の頼もしい背中に目を奪われてしまう。
彼が私のために怒ってくれていることに———心が打ち震えると同時に胸が痛む。
彼が立ち向かおうとしているのに私はここで膝を折っているこの状況に、どうしようもなく自分が不甲斐なく感じた。
そう思っているのに動き出さないこの身体に嫌気が差す。
そんな私を置いて、完全に頭の先まで漆黒に染まり切った時———彼は言い放った。
「———待ってくれたお礼ってことで……今から引きずり下ろしてやるよ」
途端、フッと消える彼の姿。
霞のようにまるで最初からその場にいなかったかの如く霧散したかと思えば。
———ギャリィィィィィィィッッッ!!
金属と金属がぶつかり、擦れた甲高い音が辺りに響き渡る。
音のした方に急いで目を向けると、空中から剣を振り下ろしたゼロの姿とそれを剣で受け止める無精髭の生えた男の姿があり……刀身と刀身が衝突する場所からは、眩いほどの火花が散っていた。
「ぼうずの力じゃ無理そうだけどなぁ……」
「ハッ、俺はピンチに強いんだよ」
「っ!!」
不敵な笑みを浮かべたゼロが不意を付くように下からつま先を振り上げる。
これには男も堪らず身体を無理矢理後ろに反らして対応するも———彼は既に足を振り落とす体勢に移っていた。
「俺の踵落とし、食らってみろ」
「拙っ———」
焦った表情を浮かべる男へと迫るゼロの踵。
踵は弧を描くように男の顔面へと吸い込まれ———。
「———フフフッ、させぬわ」
パチンと指を鳴らす乾いた音が鳴ったと同時———忽然と彼の姿が消える。
しかし少し遅れて、耳を劈く轟音と爆風が私の頬を撫でた。
バッと驚いて音のした方を振り返れば……。
———上半身の半分が削ぎ落とされたかのような姿で壁に激突したゼロが居た。
「———ぜ、ゼロッッ!!」
慌てて駆け寄る私の口から、やっと声が出る。
出たのは無意識の悲痛な叫びではあるが……1度声が出れば、スラスラと自分の言いたいことが声となり、言葉となって口を衝いて出る。
「も、もう良いから……っ! 貴方は、もう戦わなくても良いの……っ! もう私は良いから……ッ、貴方にあの言葉を貰えただけで十分だから……っ!!」
私は上半身と顔を半分失った彼の前で叫ぶ。
もうこれ以上、彼に傷付いて欲しくない。
普通ならとっくに死んでしまっている一撃だ。
彼の再生能力が高いのも知っている。
彼が絶対諦めないことも知っている。
でも———彼だって人間なのだ。
どれだけ傷が治ろうと……痛いモノは痛いのだ。
死ぬ一撃を食らうことの精神的な摩耗は、想像を絶するモノだ。
それは———何年もこの身に受けてきた私が1番良く知っている。
私は、途中で思考を停止させた。
人間ではなく道具だと自分に言い聞かせて耐えていた。
そうでもしないと———耐えられないから。
そうでもしないと———気が狂ってしまうから。
「ねぇもうやめてよ……っ、私のために傷付かないでよ……っ! 貴方が傷付く姿はもう見たくないの……っ!! お願いだから……お願いだからもう立とうとしないで……ッッ!!」
———神様、どうか彼を開放してあげてください。
今まで彼は頑張ったでしょう?
彼はこれまで沢山の人を助けてきました。
もう十分じゃないですか。
一体彼が何をしたというのですか……?
どうして彼だけが傷付かないといけないのですか……?
一体彼に何の恨みが———
「———馬鹿だな、お前」
俯いていた私は、バッと顔を上げる。
既に完全に完治している彼は、呆然と見上げる私を呆れた様子で見つめていた。
「……ぇ……」
「俺は……諦めないっつってんだろ。お前がどれだけ止めようが……俺には知ったこっちゃない。俺はお前が死ぬことだけは絶対に認めないし、例え何回傷付いても俺はお前を助けてみせる。だって———」
ゼロは私のおでこを指で弾くと。
「———好きな人が死ぬのなんか見たくないからな」
……………あぁ。
私はやっと分かった気がした。
私が彼が傷付く姿が見たくないように、彼も私が傷付く姿が見たくないのだ。
だから———私が傷付かないように自分の身を犠牲にする。
だから———どれほど格上であろうと立ち向かう。
あぁそうだ……分かっていたはずだった。
彼がそう言う人間だと。
そう言う人間だからこそ———私は彼の隣に立ちたいと願ったのだと。
頭に掛かっていたモヤが消えた気がした。
あれほど悩み、苦しんだのが嘘のように心が晴れ渡っている。
こうしてはいられない。
彼はあっという間に先に行ってしまう。
私のことなど待ってはくれない。
私は彼の近くに落ちていた私の剣を拾うと涙を拭い———力強く唱えた。
「———【身体進化・不死鳥】ッッ!!」
全身から溢れ出した炎が真紅と蒼の神々しい聖なる鳥となり……巨大な翼を大きく広げると、無数の蒼炎の羽が空を舞い、天高く炎が燃え上がると共に炎の身体を持つ不死鳥が産声を上げる。
真紅の髪が靡き、頭に蒼の羽の冠がのせられ……背中に燃えるような真っ赤な翼をはためかせながら蒼炎で出来たアーマーが私の身を包み込むと。
「ゼロ……」
「どうしたよ、エレスディア」
呆れつつも何処か嬉しそうなゼロに振り返り———いつも通りの気丈な笑みを浮かべながら告げた。
「———私も貴方が好き。だから私も……死んでも貴方を守るわ」
私はやっぱり———貴方の隣に立ちたいから。
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