どうしてこうなった。
……などとは言うまい。
もう今更というか。
こうしてレオニールと稽古をつけるのも、ぶっちゃけこれまで何度もやってるし。
まあ最近はマティアスの一件があったりで、しばらくやれてなかったけど。
レオニールは木剣を手に持ち、
「すまないね、朝一からこんなことを頼んでしまって」
「そう思うなら自重しろよな」
「それは無理だ。こうしてあなたと二人きりになれる時間なんて、そう多くはないんだから」
「ハッ、野郎と二人きりになって喜ぶなんて、変な奴だよお前は」
俺も木剣を両手に持ってウーンと背伸びをし、身体をほぐしていく。
身体が目覚めてなくて負けました、なんて言い訳にもならないからな。
特に、コイツ相手には。
レオニールもフッと笑い、
「……そうだな。そうかもしれない」
――両手で木剣を構える。
剣の切っ先を俺へと向けた、正眼の構え。
その瞬間――周囲でチュンチュンと鳴いていた小鳥たちが、一斉に鳴き止んだ。
ピタリと、声を殺されたみたいに。
一瞬、俺まで声を奪われそうになる。
……凄まじい覇気。
だが殺気はない。
レオニールは、ただただ剣先に全神経を集中させているだけなのだろう。
逆を言えば、その〝圧倒的な集中力〟だけで周囲の空気を一変させてしまった。
まさに剣聖の成せる技だ。
ああ……何度見ても素晴らしいよ、お前は。
褒めたくもないのに、つい賞賛の言葉が口から出そうになるよ。
ありとあらゆる意味で、面倒くさい奴だよなぁ――レオニール・ハイラント。
「……ククク」
俺は自然と、口の両端が吊り上がる。
脱力。
両腕をだらんと下げた、無形の構え。
――右手の木剣、その切っ先に神経を集中。
直後――声を殺されていたであろう小鳥たちが、周囲の木々からバサッと一斉に飛び立った。
いや……逃げ出したという方が正確か。
明確な命の危機を感じ取って。
俺って悪役だからさ。
レオニールと違って、〝殺気〟を消すのって無理なんだよな――。
「「……」」
俺とレオニールが、互いを見つめ合う。
辺りにはまだ霧が漂い、ほとんど完全な無風であり、無音。
静寂――。
そんな中、一枚の木の葉がヒラヒラと落ちてくる。
木の葉は幾度か空中で蛇行した後――俺たち二人の間にパサリと落下した。
刹那、
「「――――ッ!!!」」
それが合図だったと示し合わせたかのように、俺たちはお互いへ斬りかかった。
木剣と木剣が激しく噛み合う。
まるで龍虎が互いの肉体に喰い付いたかの如く。
それよって衝撃波が発生し、さっきまで周囲に漂っていた霧が一瞬にして晴れた。
「ククク……! 一撃で木剣をへし折ってやるつもりだったんだがなぁ……!」
「そんなヘマはしないさ……! オレも伊達に研鑽を積んじゃいないからね……!」
ギリギリと鍔迫り合い、笑みを浮かべ合う俺とレオニール。
そして木剣の刃を弾き合い、挙動の合間合間に見え隠れするほんの僅かな隙へ向けて、針の穴に糸を通すかのように斬撃を叩き込んでいく。
瞬く暇もありはしない、一秒間の間に何度も攻守が逆転するような猛烈な死闘。
腕に覚えのない者が今の俺たちを見ても、なにが起こっているのか把握することは困難だろう。
もしかしたら、目で追うことすら不可能かもしれない。
――レオニールの奴、以前より確実に強くなってやがる。
ほとんど完璧にこっちの動きに追従してくる。
一太刀の鋭さに関しても、以前の比じゃない。
一段階は――いいや、〝一次元〟は上の強さになっている。
お前は、一体どこまで強くなるんだ……?
ああ、やめてくれ。
これ以上強くならないでくれ。
でないと――。
「本気でぶっ潰したいって気持ちが……我慢できなくなるだろうがッ!!!」
思わず剣を握る手に力が入る。
もう片手で剣を振るう余裕なんて全くない。
全力で、全身全霊で、本気で食い殺すつもりで、何度も何度も斬撃を叩き込んでいく。
潰したい。
斬り伏せたい、負かしたい、跪かせたい、蹂躙したい――。
どうして、どうしてお前を相手にすると、こんなに楽しい気持ちを抑えられなくなるんだろうな……!?
「我慢しなくていいぞ、オードラン男爵! あなたが全力を出してくれないと、オレも本気になれない!」
「本気になるんじゃねーよ! 面倒だから、さっさと負けろッ!」
――刺突。
レオニールの眉間に向かって、俺は突きを繰り出す。
人体は目と目の間を狙われると正確な遠近感を測れなくなり、回避が遅れる。
それは如何にレオニールといえど、人間である以上例外ではない。
無論、目を潰しにいければ尚いいが……そんな無粋で下品な真似はしない。
あくまで、狙いは〝眉間〟ただ一点。
さあ――避けられるか?
「ハアッ!!!」
腕を突き込み、閃光のような速さで刺突を繰り出す。
案の定レオニールは距離感が測れず、一瞬身体の動きが鈍る。
入った――!
勝敗が決まったと確信し、頬が緩む俺。
しかし――次の瞬間、俺の目に映った光景は信じられないモノだった。
目の前から、レオニールの姿が消えた。
ほんの一瞬で。
いや、一瞬にも満たない合間で。
同時に、俺が刺突を放った木剣に対し――上から垂直に木剣が突き立てられる。
そんな、木剣に突き立てられた木剣のさらに上には――空中を軽やかに舞うレオニールの姿があった。
「は……あ……?」
コイツ――俺の剣を飛び台にしやがった。
ただ避けただけじゃない。
俺の腕力と木剣のリーチを把握した上で反射的に支点を見出し、まるで曲芸みたいな避け方をしたのだ。
そんな怪物染みた身のこなしを、距離感を測り損なって身体の反応が遅れた、その後にやってみせるなんて――。
「クク、化物がよ……ッ!」
「その言葉、そのままお返しするよ」
レオニールは空中で身を翻し、天地を逆さまにした姿勢のまま斬撃を放ってくる。
間一髪で俺はそれを弾き、再び間合いを離した。
――俺の額に、ようやく汗が流れ始める。
「なにが〝騎士〟だよ……! 〝王〟を食い殺しそうな〝騎士〟がどこにいる……!?」
「〝王〟を守るため、〝王〟より強くあらねばならないと思うのは当然だろう?」
おーお、怖い怖い。
それが後で謀反を起こす奴の台詞にならないことを祈っておかなきゃな。
内心でそんな皮肉を漏らした俺は、木剣の柄をしっかりと両手で握り、顔の横の高さに構える。
「……次で最後だ」
息を整えて霞の構えを取る俺に対し、もう一度正眼の構えを取るレオニール。
「……そうだね。次で最後にしよう」
次の一手で、勝敗を決める――。
俺たちは互いにそう決め、タイミングを見計り合う。
……俺はこれっぽちもレオニールのことを理解しようなんて思わないし、実際に理解なんてしていない。
にもかかわらず、この一体感はなんだろう?
剣と剣とで対峙しているってのに、まるで長年の友と笑い合っているような、この感覚は。
俺とレオニールは〝悪役と主人公〟。
決して相容れないはずなのにさ。
ホント――鳥肌が立つほど不気味で、愉快だよ。
「「――ッ!」」
――俺たちの足が、同時に地面を蹴る。
身体と身体が肉薄し、刃と刃が交差する。
確殺の間合いの中でほんの一瞬、たった一度だけの、刹那の攻防が繰り広げられた。
結果――――レオニールの振り下ろした木剣は、虚しく宙を斬る。
対して俺の木剣は、彼の首筋にピタリとあてがわれた。
「……」
「……俺の勝ちだな、レオ」
勝利を宣言し、俺は木剣をレオニールから離す。
…………ふぅ~……。
あ~よかった……どうにか勝った……。
いやホントマジで、レオニールを相手にする度に気が気じゃないんだよな……。
日に日に強くなっていくし、コイツに負けたら俺とレティシアの学園生活がどうなるかもわからんし……。
まあともかく、今回も勝ててよか――。
「……ハハ……今回も、負けてしまったね」
――レオニールは呟くように、なんともいえない表情でそんなことを言う。
「レオ……?」
「やっぱり流石だよ、オードラン男爵は。オレは……一体いつになったら、あなたに追い付けるのかな……」