「レオ……?」
「いつもあと一歩……あとほんの少し、刃が届かない。見えては霞んで……まるであなたは、蜃気楼の先にいるようだ……」
レオニールは引き攣るような微笑を浮べ、脱力して立ち尽くす。
――直前の俺とレオとの戦いは、紙一重だった。
もし傍に観客がいたなら、俺たちの戦いはすぐに決着がついたように見えただろう。
そして勝利した俺の方が、レオニールよりずっと強い――そんな風に感じられたかもしれない。
だがとんでもない。
俺とレオニールの実力は、本当に紙一重だ。
俺たちの間にある実力差は薄紙一枚。
今にも破れてしまいそうなほど薄く、容易に反対側が透けて見える紙一枚分ほどしかない。
文字通りの紙一重だからこそ――互いの実力がよくわかっているからこそ、すぐに決着がついたのだ。
――ハッキリ言って、いつまで経っても俺はコイツが怖い。
内心では、追い付かれないように――追い越されないようにと必至だ。
……とはいえ、だ。
その〝紙一重の実力差〟が、入学当初から埋まっていないのも事実。
俺は俺で日々鍛錬を怠っていないが、レオニールだって相当以上の鍛錬をこなしている。
〝アルバン・オードランを超える〟というマインドも以前から少しも変わってはいない。
にもかかわらず、実力差が埋まらないのは何故か――?
依然からちょっと不思議に思ってたんだが……最近、気付いてきたんだよな。
どうして俺とレオニールの実力差が埋まらないのか――その理由が。
「……レオ、どうしてお前がいつまで経っても俺に勝てないのか、わかるか?」
「え? それ、は――」
「言っとくが、鍛錬が足りないとかそんな理由じゃねーぞ。お前が俺より強くなろうと必至に努力してることは、俺が一番よく知ってる」
あー、やだやだ。
こんな言い方、まるで俺が主人公の理解者みたいだよ……。
俺が理解したいと思うのはレティシアだけなのに……。
でも……一応、まあ、多少気の毒には感じるし?
それに、わかっていてなにも教えないってのは、流石に意地悪が過ぎるだろうさ。
「レオ、お前には――〝負けられない理由〟がないからだよ」
「負けられない……理由?」
「俺にはある。レティシアだ」
トン、と木剣の切っ先を地面に付け、俺は落ち着いた口調で話を続ける。
「もしも俺がお前に負けることがあったら、俺たち夫婦は破滅する。だから負けられないんだよ」
「なっ……! は、破滅って、オレがあなたたち二人を破滅させるワケないだろう!」
「いや、あのな――」
俺は元々この世界の悪役で、お前に倒されて破滅する筋書きだったんだよ――なんて言っても理解してもらえんだろうな。
この世界が〝ファンタジー小説の中の世界〟だって自覚があるのは、俺しかいないんだし。
「……まあ、とにかくそういうマインドでいるってことだ。俺には守るべき大切な女性がいて、だから負けられないってな」
「守るべき、大切な女性……」
「俺の剣には〝妻を守る〟って想いが乗ってる。その想いの重さが、お前と俺との間に紙一重の差なんだよ」
そう――絶対に負けられない。
レオニールに限らず、相手が誰であろうとも。
俺が敗北することは、俺たち夫婦の終焉を意味する。
それのみならず、レティシアの命さえも危うくなるかもしれないんだ。
だから負けられない。
どんな戦いであっても、どんな相手であっても。
全ては――愛する妻を守るために。
「お前にも愛する女性が見つかれば、俺との紙一重の差は埋まるかもな。ま、だからって軽々しく恋愛しろなんて口が裂けても言わないが」
そんじゃ、また午前の授業でな――と言い残し、俺はレオニールの前から去っていく。
ん~、いい運動って呼ぶには緊迫感のある朝練だったな。
こういうの、たまには悪くないかも。
本っっっっっ当にたまにでいいけど。
毎週とか毎日とかあったら面倒くさすぎてノイローゼになりそうだし。
さーて、そろそろレティシアも起きた頃かな?
愛する妻に、おはようのキスでも――。
なんて思っていた俺だったのだが――突然、ザッと頭の中にノイズが走る。
同時に、あることが脳裏をよぎった。
いや、思い出したと言った方が正確かもしれない。
それも今――本当に今更になって。
……あれ?
そういえば、レオニールって〝ファンタジー小説の主人公〟なんだよな?
それじゃあ……〝ファンタジー小説のヒロイン〟って、今どこに――?