「うぅ……レティシア様、どうか王都でもお元気で……!」
「もしお辛いことがあったら、いつでもこの屋敷へお戻りください……!」
「レティシア様と一緒に植えたお野菜……育ったらお送りします! うわあぁん!」
――俺とレティシアが王都へと旅立つ日。
屋敷のメイドたちが正門前まで見送りに出て、一人一人別れの言葉を送ってくれる。
……主にレティシアへ対して。
「皆、そんなに悲しまないで? 三年後にはちゃんと帰ってくるんだから」
「わ、わかっております! わかっておりますが……!」
「や、やっぱり私、レティシア様にお供しますぅ……! レティシア様から離れたくありませぇん……!」
「私も侍女になりますぅ!」
「私もぜひ!」
「それは駄目よ。あなたたちがいなくなったら、誰がこの屋敷と領地を支えていくの? オードラン家の使用人として、しっかりお勤めを果たしなさい」
「うぅ……レティシア様、厳しいのにお優しい……素敵……!」
メイドたちは滝のように涙を流し、レティシアとの別れを惜しんでいる。
彼女は屋敷における雑務含め家事全般を手伝うようになっていたので、メイドたちも大助かりだったのだろう。
加えてメイドたちの労働環境も把握し、皆の声にも耳を傾けていた。
今や使用人全員がレティシアを深く信頼し尊敬しており、オードラン男爵家夫人として認めている。
彼女はもはや、オードラン家に欠かせない人物になっているのだ。
別れを惜しむ気持ちはわかる。
わかるけど……皆レティシアの下に集まって、俺をスルーするのはどうなの?
一応、この家の当主って俺なんだが?
ちょっとくらい俺との別れを悲しんでくれてもよくない?
「ハッハッハ、レティシア様は本当に人気者ですなぁ」
「アハハ、ソウデスネ……」
「気を落されますな。皆、心の中ではアルバン様との別れを惜しんでいるのですぞ?」
「その心の中を、ちゃんと声に出してくれると嬉しいんだけどな」
「そう不貞腐れますな。さあ、出立のお時間です」
俺とレティシアは馬車に乗り込み、ドアを閉める。
これから数日間は馬車の旅だ。
王都に着くまで、腰とお尻が悲鳴を上げなきゃいいが……。
「――アルバン様」
「ん?」
「もしこのセーバスの力が必要となりましたら、いつでもご連絡を。それから――悪事はほどほどに」
片目をウインクして、微笑を浮かべながらセーバスは言った。
「……ああ、ほどほどにな」
示し合わせたかのように俺も答える。
悪事をやるなと言わない辺り、セーバスはよくわかっている。
流石は俺の執事だな。
――パシン!と手綱を叩く音が木霊する。
二頭の馬が歩き出し、馬車は屋敷から離れていった。
「……こんなに温かく見送られるなんて、思ってもみなかったわ」
ポツリ、と呟くようにレティシアが言う。
「バロウ家を出る時もベルトーリ家を出る時も、こんな風に見送られることはなかった」
「……寂しいか?」
「ええ……少し」
「ならよかった」
「え?」
「だってそれは、本当の意味で帰る家が出来たってことだろ?」
「…………そう、そうね」
レティシアは少しだけ口元を綻ばせ、
「確かに……オードラン家は、もう私の帰るべき場所よ」
▲ ▲ ▲
日数にして約五日。
日ごと宿で休憩を挟みつつ、五日間かけて俺たちは王都に到着した。
案の定、王都に着く頃には俺の腰もお尻もすっかりバキバキに。
やっぱり長時間馬車に揺られるのは一種の拷問だわ……。
しんどいってマジで……。
なんて苦悶を浮かべる俺に対し、レティシアは涼しい顔。
本人曰く、馬車での長旅は慣れっこなのだそう。
王都の城下町は無数の建物がひしめき合い、活気に溢れている。
人の数も家の数も、オードラン領とは比べ物にならない。
まさに大都会って感じ。
そんな城下町を通り抜け、馬車はとある敷地へと入って行く。
――『マグダラ・ファミリア王立学園』。
広大な敷地の中に巨大な大聖堂のような建造物が鎮座しており、俺たちは三年間をここで過ごすこととなる。
退学させられなければ、な。
ま、俺とレティシアが成績不良で退学なんてありえんが。
馬車が寮棟らしき建物の前で停まり、俺たちがドアを開けて外へ出ると――
「お待ちしておりました、アルバン・オードラン様、レティシア・バロウ様」
二人の若い紳士が出迎えてくれる。
どちらも学園の教師……という雰囲気ではないが。
たぶん寮の使用人だろう。
「レティシア様はお部屋の準備が、アルバン様は”試験”の準備が整っております」
「ああ、とっとと案内してくれ」
「……? 待ってアルバン、試験ってなんのこと?」
「気にするな、退屈な余興に付き合ってくるだけさ」
レティシアにそう言い残し、俺は紳士の片方に付いていく。
俺の荷物は……まあレティシアたちが預かっててくれるだろ。
彼女には悪いが、俺が王立学園へ入学するために試験を受けさせられることは一切伝えていない。
夫婦であるにも関わらずこうも扱いが違うとレティシアが知れば、絶対に文句を言い出すと思ったからだ。
学園や対立貴族にいちゃもんでも付けようものなら、余計に話がややこしくなる。
それに……面白くなくなるしな。
「それで? 試験ってなにするんだ?」
「……この先にて試験官が待っております。詳細は彼からお聞き下さいますよう」
しばらく敷地内を歩くと、校庭らしき開けた場所までやって来る。
そこには剣術の鍛錬に使う打ち込み台や、弓術や魔法の的に使うであろう◎が描かれた木の板が設置されている。
あ~……なんとなく予想はしてたけど、座学をやってはいお終いって感じじゃなさそうだな。
まったく面倒くさい。
なんて思いつつ校庭の中心地まで赴くと、そこには教師らしき男性が待ち構えていた。
「バスチアン先生、アルバン・オードラン男爵をお連れ致しました」
「どうも、今日はよろしく――」
「遅いッ!!!」
俺が到着するなり、バスチアンとかいう教師は大声で怒鳴り付ける。
「栄誉ある王立学園の教師を待たせるなど、言語道断! 本当に入学する気はあるのか!? あぁ!?」
あ~、うざ。
試験官はどうせ買収されてるだろうと思っちゃいたけど、こういうタイプを送り込んできたか……。
せめてもう少し声が小さい奴を選んでくれよな。
「……馬車が到着する日時は概ね予定通りですし、別に遅刻はしてませんが? そっちが勝手に待ってただけでしょ?」
「貴様、なんだその口の利き方は!? 素行不良で落第にしてやってもいいんだぞ!?」
「へぇ? 面白いですね、試験官が試験もせずに俺を落第させた――なんてレティシアが知ったら、バロウ家に話が漏れちゃったりして? あ、クラオン閣下にチクるのもいいですね」
「……チッ、可愛げのないクソガキめ」
途端に声が小さくなるバスチアン。
高圧的に出れば怖気づくとでも思ったんだろうな?
だとすれば阿呆だな。
人選ミスだろう。
「それより面倒なんで、早く試験を終わらせちゃいましょうよ。こっちは長旅で腰も尻もバキバキなんです」
「フン、いいだろう。ではまず、あの的に向かって魔法を放て」
そう言って、バスチアンは◎が描かれた的の一つを指差す。
「……魔法って、本来入学してから学ぶモノでは?」
「なんだ、田舎者の男爵は基礎的な魔法すら使えないのか? 高貴な貴族の多くは、最低限の知識や技術を習得してから入学するというのに」
絶対に嘘だ。
確かに、魔法を重んじるごく一部の家系の出身者なら、入学前に幾つかの魔法を覚えてくるかもしれない。
だがそれは例外で、基本的に大部分の貴族は入学前に魔法を会得したりしない。
だって使わないんだもん。
貴族の子供が、冒険者みたくモンスターと戦うワケでもあるまいし。
――なるほど、一体どんな方法で俺を落としに来るかと思いきや、まさかこんな幼稚な手だとは……。
呆れて言葉も出ない。
「ククク、やはり魔法は使えないのか? 仕方ない、それなら落第にするしか――」
「……わかったわかった。これでいいか?」
俺はスッと右腕を前へ出すと、
「――〔ダークネス・フレイム〕」
闇属性と炎属性の”混合魔法”を発動。
ゴウッ!と赤黒い炎が噴出し、◎が描かれた的を完全に焼き尽くして消滅させた。