《ローエン・ステラジアン視点》
「――しっかし、相変わらずとんでもねー夫婦だよなぁまったく」
得物である長柄槍を振るいながら、マティアスはなんとも愉快そうに言う。
「とうとうアルベール第二王子まで味方に付けちまった。あの二人の敵にならなくて、つくづくよかったと思うわ」
「同感だ。Fクラスの〝歩兵〟となれて、俺は心から誇らしい」
マティアスの刺突を戦斧でいなし、適度に反撃を繰り出しつつ俺は答える。
現在――俺、マティアス、そしてイヴァンの三人は校庭で鍛錬に励んでいる。
レティシア嬢の下にアルベール第二王子から手紙が届き、オードラン男爵の裁判の無期延期が決まったと判明したのが、つい一昨日の話。
流石にすぐに釈放とはならなかったようだが、ともかく彼の身の安全は確保できたらしい。
とはいえ油断は禁物。
俺たちはオードラン男爵の身になにかあった時を想定して、いつでも動けるようにとウォーミングアップを兼ねた鍛錬を欠かしていない。
それに俺たちはまだまだ強くならねばならんからな。
少しでも鍛錬を積んでおくに越したことはない。
「お? 随分殊勝だなローエン。いつから自分を〝歩兵〟だと認めるようになったんだ?」
「フッ、とっくの昔にだ。どれだけ強くなれども、俺は未だオードラン男爵の足元にも及ばんのだからな」
「ハハ、言えてる。俺も同じだわ」
苦笑し合う俺たち。
……オードラン男爵に三対一で敗北してからというもの、ひたすら鍛錬に明け暮れてきた。
だがそれでもオードラン男爵に届かない。
彼の足元にすら。
我らが〝王〟は……強すぎる。
あまりにも。
本当に同じ人間なのか、疑いたくなるほどに。
……いや、彼は紛れもない人間か。
あれほどの強さを持っているにもかかわらず、妻のことしか頭にないなど……これほど人間臭い人間もいるまいよ。
だから、であろうか。
惹かれるのだ。
不思議と、あの背中に付いていこうと思えるのだ。
確かにオードラン男爵は強い。
だが強いだけではない。
君主としての度胸、器、カリスマ性……上手く言えないが、彼にはなにかがある。
レオニールはそのなにかにすっかり当てられてしまっていたが、それは俺も同じだろう。
なればこそ今こうして、いつでも助けに行けるように鍛錬を続けているのだから。
……もっとも、そんなオードラン男爵のなにかを支えているのはレティシア嬢なのであろうが。
純然たるカリスマ性という意味では、レティシア嬢の方が上かもしれんしな。
実は俺は、オードラン男爵に惹かれているのではなく〝オードラン夫妻〟に惹かれているのかもしれない。
〝王〟と〝王妃〟という夫婦――。
二人で一つの、寄り添い合うあの背中に。
彼らに仕えることができて、やはり俺は誇らしいよ。
などと思っていると、
「――そうだな。だが〝歩兵なき戦は負け戦〟とも言う」
傍で俺たちの鍛錬を眺めていたイヴァンが、腕組みをしながら口を開く。
イヴァンは続けてクイッと眼鏡を動かし、
「僕たちが今すべきことは、いつでも〝王〟のために動ける態勢を整えておくこと……。そして有事を想定して、少しでも強くなっておくことだ」
「へへ、〝歩兵〟には〝歩兵〟の役割があるってか? お前にしちゃ脳筋な発言じゃねーの」
「僕はもう十分頭がいいからな。キミたちと同じように、肉体を鍛える方の優先度が高いだけだ」
からかうマティアスに対し、相変わらずの憎まれ口で返すイヴァン。
本当にコイツは……。
この捻くれた性格だけは、どれだけ鍛錬を積んでも直らんらしい。
とはいえ、入学当初と比べれば随分と丸くなったものだ。
〝職業騎士〟の家系出身である俺にとって、あの頃の如何にもお高くとまった貴族様という態度と物言いは実に鼻についた。
マティアスに関しても、あの成金っぷりを隠そうともしないチャラチャラした雰囲気はいけ好かなかったな。
だが今となっては、そんなわだかまりはどこへやら。
イヴァンの憎まれ口も、マティアスのチャラチャラした雰囲気も、もはや安心感すら覚えられる。
それだけ仲間意識が芽生えたということだろうよ。
なんにせよ、背中を預けられる友ができたことは喜ばしい。
……友、と言えば――。
「ハッハッハ、とはいえ〝歩兵〟のまま胡坐をかいてはおれまいよ。俺たちもレオニールのような〝騎士〟を目指さねば」
戦斧を肩に担ぎ、俺はそんなことを言う。
――俺にとって、イヴァンもマティアスも立派な友であり同胞。
だがそういった仲間意識に加え、友として尊敬の念さえ抱いているのがレオニールだった。
平民出身でありながら、唯一オードラン男爵に匹敵する実力の持ち主――レオニール・ハイラント。
我らが〝歩兵〟であるならば、レオニールがオードラン男爵を守護する〝騎士〟であることに誰も異論あるまい――。
そう思っての発言だったのだが、
「……レオニール、か」
イヴァンは腕組みし、なんとも難しそうな顔をする。
「彼は……一体どこへ消えてしまったんだ? オードラン男爵が連行された日から、一度も姿を見ていない。流石におかしいぞ」
「行方不明だよな、完全に。アイツの性格的に、真っ先にオードラン男爵を助けに行こうって名乗り出てもおかしくないのに」
不審がるイヴァンとマティアスの二人。
……確かに、オードラン男爵の連行と時を同じくしてレオニールも姿を消した。
これは、ただの偶然だろうか?
それにしてはタイミングがよすぎる気もする。
だがあのレオニールがなにかの事件に巻き込まれて、不覚を取ったとは考え難いし……。
「な、なぁに心配はいるまい。パウラ先生が既に捜索依頼を出しているのだ。その内ひょっこり戻ってきて――」
俺はレオニールの実力をよく知っている。
だから不安になる必要はない。
そう思い、二人を励まそうとした――その矢先のことだった。
――――ザッ、と足音が鳴る。
砂利が混じった砂の地面を踏み締める、何者かの足音。
それは俺のでも、イヴァンのでも、マティアスのでもない。
「……」
俺たちはすぐに、一人の男が黙ったままこちらへ近付いてきていることに気が付いた。
そして、その男とは――。
「レ……レオニール!」
誰であろう――姿を消していた張本人、レオニール・ハイラントその人だったのだ。
だが……なんだか様子がおかしい。
なんとなくだが、以前とは雰囲気が変わったような……?
異変に気付いた俺は出足が鈍ってしまったが、その間にもマティアスがレオニールへと近付いて肩を掴む。
「おいレオニール! お前今までどこ行ってたんだよ!? 今オードラン男爵が大変なことに――!」
すぐに状況を説明しようと、マティアスが声を張り上げた――その瞬間。
レオニールが鞘から剣を抜き放ち――マティアスの身体から、真っ赤な鮮血が噴き出した。
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本格的に『悪役主人公』『悪役令嬢』を題材にした作品を書くのはこれが初めてで、本当にめちゃめちゃ悩んで書き進めております。
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