《レティシア・バロウ視点》
――話を少し遡ろう。
イヴァンとマティアスが、レオニールの襲撃を受けた三日後――。
「レ……レティシア夫人!? あなた正気ですの!?」
Fクラスの教室の中で、エステルが度肝を抜かれたとばかりに大声を奏でる。
教室の中にはアルバン、レオニール、イヴァン、マティアス以外のクラスメイト全員が揃っている。
そんなクラスメイトたちに向かって――。
「正気だし本気よ。期末試験・決勝戦の開催をファウスト学園長に打診するわ」
もう一度、繰り返すように私は言った。
「んなっ……! ティーポットの角に頭でもぶつけたんじゃありませんこと!? こんな状況下で試験に挑むなんて、緑茶ほうじ茶無茶無謀ですわ!!!」
珍しく困惑した様子のエステル。
あら、あなたってば意外にマニアックなお茶の種類を知っているのね。
緑茶とほうじ茶って、確か東洋で飲まれている希少性の高いお茶だったはず。
私も興味あるし、いつかは飲んでみたいわ――なんて、今は関係ないお話ね。
なんて私が思っているとシャノアも口を開き、
「そ、そうですよレティシア夫人……! こんな状態で戦っても勝ち目なんて……そ、それにエルザ第三王女だってなにをしてくるか……!」
彼女は激しく狼狽する。
――無理もないわね。
アルバンたち四人が欠けてしまっては、Fクラスの戦力は半減。
いえ、半減どころでは済まないでしょう。
そもそもFクラスは逮捕者一名に離反者一名、そして重傷者二名という異常事態に見舞われているのだ。
普通なら、逆に試験の中止や延期を申し出る場面だろう。
当然、私も最初はそう考えた。
けれど――。
「落ち着いてシャノア。私はそれが狙いなの」
「ふぇ……?」
「順を追って話すから、少しだけ私の話を聞いて頂戴」
焦る彼女を落ち着かせ、私も自らの息を整える。
そして改めて皆を見据え、
「……私なりに考えてみたのだけど、おそらくエルザ第三王女は王立学園の期末試験――それも〝決勝戦〟に、なにか特別な意味を持たせているんじゃないかと思うの」
「? 特別な意味、ってなんですの?」
「エステル……どうしてエルザ第三王女は、ここ最近になって強行的な動きに出始めたと思う?」
「え? どうしてって……」
「今までは、できるだけ自分の存在が明るみにならないような手段を取っていたのに……。それが今になって、自分の立場を危うくするようなリスクを冒すほどに露骨な動きを見せ始めた……」
「焦ってるよねぇ、もう完全に~♣」
微笑を浮べながらラキが言う。
勘の鋭い彼女のことだ、私と同じように既に気付いているのだろう。
「ラキ……あなたの考えを聞かせてもらえる?」
「あ、聞いちゃう?♦ でもでも、たぶんレティシアちゃんが出した結論と同じだと思うけどにぇ♠」
クスクスと笑って、パンッと両手を合わせるラキ。
彼女は小悪魔的な表情のまま、
「エルザ第三王女には、なんらかの時間的ボーダーライン――〝タイムリミット〟があるんじゃないかにゃ?♦ で、で、タイミングと照らし合わせた上で、関連性の低いモノを消去法で除外していった結果、最も高い可能性として残ったのが期末試験・決勝戦……でしょ?♪」
ズバリ、といった風に看破する。
ああ――やっぱり、私と同じ考えに行き着いてた。
もしかすると、彼女も陰ながら色々と調べてくれていたのかもしれない。
流石だわ、ラキ。
夫を狙うライバルとして相容れないところはあるけれど、こういう時には仲間でいてくれてよかったと心から思えるわね。
――私も私なりに、時間の許す限り王家やエルザ第三王女の身辺を調べた。
もっとも、正確には〝調べてもらった〟だけれど。
協力してくれた人物は、主に二人。
その内の一人はアルベール第二王子。
そしてもう一人は――Cクラスの〝ペローニ・ギャルソン〟だ。
ペローニが密偵の家柄に生まれた身であり、潜入や情報収集能力に長けていることはカーラから聞いていた。
だから相応の対価を約束し、エルザ第三王女の身辺調査を依頼。
彼女は快く引き受けてくれたわ。
もっとも少し……いえ、かなり怯えた様子だったけれど。
加えて彼女には、私とアルベール第二王子の橋渡しの役目もお願いした。
アルベール第二王子も自発的にエルザ第三王女を調べてくれていたから、ペローニを通じて情報交換や手紙のやり取りを行い、連携を密に。
そうして集まった種々様々な情報の中から〝可能性〟の高そうなモノを厳選していき――最後に残ったのが期末試験・決勝戦だったのだ。
本当に、ペローニは大事な役割を果たしてくれたわ。
今度しっかり労わなくっちゃね。
私が内心でそんな風にペローニを称賛していると、シャノアが恐る恐る挙手。
「あ、あの……それは、なんの〝タイムリミット〟なのでしょう……?」
「さぁ? そこまではわかんにゃい♦ でも大方、王家の中で賭け事でも行われてるんじゃないかな?」
「か、賭け事って……」
「期末試験の結果を予想できた者に次代王位を~とかそんな感じの。で、Fクラスに賭けてなかったから、アルくんを捕まえちゃえ~みたいな?」
明け透けに答えるラキ。
――ここで初めて、彼女と私との考えに相違が生まれた。
「……いえ、その線はないわ」
「んぇ?♣」
「アルベール第二王子が教えてくれた情報の中に、そういう話はなかった。それに……賭け事とか王位とか、そういう俗物的な理由ではない気がするのよね」
「ほほぉ? それじゃあ、なんだっていうのん?♦」
「上手く言えないのだけど……もっと私的な感情に突き動かされているような……。カーラはなにか知らない?」
私が尋ねると、カーラはフルフルと首を左右に振る。
「……私たちレクソン家の人間は、王家の人間の私情にまで首を突っ込まないから……。力になれなくてゴメンね……」
「カァー!」
やや申し訳なさそうに謝ってくれるカーラ。
ダークネスアサシン丸もたぶん「ごめん」と言ってくれているのでしょう。
話を聞いていたシャノアは再び身を乗り出し、
「で、でも期末試験が関わっているなら、尚のこと中止にした方がいいんじゃ……! そ、そうすればエルザ第三王女の企みも阻止できるかも……!」
「いえ、中止にするのは却って危険だと思う」
至極真っ当な意見を出す彼女に対し、私はハッキリと答えた。
「決勝戦が行われれば、エルザ第三王女が試合中になにか仕掛けてくるのは予想できる。でも中止になった場合、どんな行動に出るか予測ができないわ」
「そ、それは……」
「それに本当に期末試験・決勝戦が〝タイムリミット〟だったなら、どんな手を使ってでも中止を妨害してくるでしょう。ならば――」
「――ならば先手を打ってこちらから開催を申請し、エルザ第三王女の行動を誘発させる……ということだな」
私の言葉を、ローエンが続けてくれる。
そんな彼の発言に対し、私はコクリと頷いた。
「私の考えが正しければ、エルザ第三王女は必ず襤褸を出すはずよ。そこをアルベール第二王子に突いてもらう」
「そうすれば晴れてエルザ第三王女は失脚。オードラン男爵は無罪放免、か。だが唯一の懸念は――」
「ええ……レオニールよ」
――そう、そうなのだ。
彼の存在が、唯一の懸念。
まさに、打ち込まれた楔そのもの。
……結局、レオニールがどうして私たちを裏切ったのか、その理由はわからなかった。
彼とエルザ第三王女に接点があるのかさえも。
ペローニもアルベール第二王子も、その点に関しては一切不明ということだった。
……レオニールに、一体なにがあったの?
なにが彼を凶行に走らせたの?
全くわからない。
立ち込める暗雲の中、姿の見えない鋭利な刃で狙われている気分だわ。
「彼が試験の間に……いいえ、その前にも私たちを闇討ちしてくる可能性は十分にある。そうなった時、私たちに抗う術はないわ……」
「大丈夫だ」
不安気な私の言葉に対し、ローエンは腕組みをして瞭然と答える。
「アイツは闇討ちなどという卑怯な真似はせん。俺たちを狙うとすれば、試験の最中――堂々と正面から狙ってくるはずだ」
「ローエン……」
「もしアイツが現れたならば……俺が引き受ける」
……そう語るローエンの目は、固い決意に満ちていた。
本当は、親友と戦いたくなんてないのでしょうに……。
目の前でイヴァンとマティアスを斬られてしまった――そして斬らせてしまったことへの、彼なりの贖罪なのかもしれない。
「……ローエン、いざという時は……お願い」
「うむ、〝職業騎士〟たるローエン・ステラジアンの名に懸けて」
グッと拳で己の胸を叩くローエン。
私は改めてシャノアの方へ振り向き、
「さて……シャノア、やっぱりあなたは期末試験の開催に反対?」
「ふぇ? う、うぅ……レ、レティシア夫人がやると仰るなら、私はどこまでもお供させて頂きます……! エ、エルザ第三王女なんて怖くありません!」
「フフ、ありがとう」
クスッと彼女に微笑みかけ――最後にFクラスメンバー全員の顔を一瞥する。
「――アルバンがいない中での期末試験は、リスクの大きい危険な賭けになるかもしれない。でも……絶対にここで、エルザ第三王女の蛮行に終止符を打つわよ」