《カーラ・レクソン視点》
「ティーカップが一つ、ティーカップが二つ……」
カチャリ、カチャリ――と真っ白なソーサーの上にティーカップが置かれていく。
足元が汚れないように大きなシートが敷かれ、その上では小さな可搬コンロに火が灯されて、コトコトと音を奏でながら銅やかんの中の水を煮立てている。
さらにその横では、既にお湯が注がれたティーポットが注ぎ口から湯気を立て、豊潤な茶葉の香りがフワリと周囲に漂う。
「ティーカップが三つ、ティーカップが四つ……ティーカップが五つ」
シャノアちゃんはティーポットを手に取り、歌うように――いや、唱えるように言葉を発しながら、ティーカップへ琥珀色の紅茶を注いでいく。
そして――たった今、〝お茶会〟の準備は整った。
「……紅茶を美味しく淹れるコツは、茶葉を多めにして、一人分多く用意すること。この一人分は――〝妖精さん〟へ捧げましょう」
一つ目のティーカップは、シャノアちゃんの分。
二つ目のティーカップは、私の分。
三つ目のティーカップは、アンヘラの分。
四つ目のティーカップは、ディアベラの分。
最後に、五つ目のティーカップへ紅茶を注ぎ終えたシャノアちゃんは――。
「〝お茶会〟の準備が整いました。さあ、おいでませ――〔ティーポット・フェアリー〕」
魔法を発動する。
刹那――ティーポットの中から、羽の生えた小さな妖精が飛び出した。
『――♪』
半透明な身体を持ち、可愛らしい瞳をパチパチとさせる小人のような妖精。
その姿はとても愛くるしいが――同時に、一目見れば誰しもが理解できるだろう。
この小さな身体が、途方もない量の魔力を帯びていることを。
「――ッ!? 〝召喚魔法〟ですって……!?」
「嘘……! Fクラスにそんな高度な魔法を扱える魔法使いがいるなんて、聞いていないわ!」
シャノアちゃんが呼び出した〔ティーポット・フェアリー〕を見たアンヘラとディアベラは、驚きを露わにする。
まあ、当然ね……。
精霊や妖精を呼び出す〝召喚魔法〟は、魔法使いの中でも習得できている者が少ない、文句なしのSランク魔法。
あのレティシアちゃんでさえ、未だ習得できていない――と聞けば、どれほど難しい魔法なのかわかるだろう。
〝召喚魔法〟が難しいとされる所以は、発動にかなりの魔力量を必要とされる他に、儀式が必須だから。
使い魔を呼び出すためには触媒を準備し、尚且つ正確な手順で儀式を行い、使い魔の強さに応じた魔力を注ぐ必要がある。
この儀式にどこか一つでも間違いや見落としがあると、使い魔は召喚に応じてはくれない。
仮に召喚できたとしてもそれは使い魔としてではなく、最悪の場合は召喚主へ牙を向けかねない。
加えて使い魔にも自我があるため、召喚主を気に入らなければ「身の丈に合わない」「手綱を握らせる資格なし」と判断し、容易に反旗を翻してくる。
故に〝召喚魔法〟を扱う危険性は他の魔法の比ではなく、発動には細心の注意が求められる。
真に魔力と才能がある人物のみが扱える魔法なのだ。
……シャノアちゃんは中間試験が終わった頃から、この〝召喚魔法〟を会得すべく努力を続けていた。
事の始まりは、シャノアちゃんがレティシアちゃんに相談を持ち掛けたこと。
Fクラスの力になりたいと願うシャノアちゃんに対し、レティシアちゃんは「私と一緒に、オリヴィア姉さんの下で修業する気はないかしら?」と提案。
かつてオリヴィアさんはシャノアちゃんの魔法の素質を見出しており、「魔法を教えてほしい」という願いを快く了承。
そして修業の過程で「〝召喚魔法〟を覚えてみない?」と勧められたらしい。
シャノアちゃんは以後オリヴィアさんに師事を乞い、学業と喫茶店のお手伝いで忙しい中、時間を見繕っては〝召喚魔法〟の習得に勤しんでいた。
そうして期末試験・決勝戦の直前――シャノアちゃんは遂に、自分だけの使い魔を呼び出せるようになったのである。
それが〔ティーポット・フェアリー〕。
まさに彼女にピッタリの〝召喚魔法〟だよね……。
シャノアちゃんは五つ目のティーカップを持ち上げ、〔ティーポット・フェアリー〕へと近付ける。
「はい、これがあなたの分」
『♪』
〔ティーポット・フェアリー〕は捧げられた紅茶に、チョンッと口先を付ける。
するととても満足気な様子で、シャノアちゃんの周りを飛び回った。
「ウフフ、気に入ってくれましたか?」
『♪ ♪♪』
まるで鈴のような羽音を奏で、喜びを露わにする〔ティーポット・フェアリー〕。
それを見たシャノアちゃんは、
「……うん、よし。それじゃあ〔ティーポット・フェアリー〕――あの子たちを〝お茶会〟へ招待してあげて」
『♪』
使い魔である〔ティーポット・フェアリー〕へ、命令を下す。
直後――周囲の世界が一変した。
薄暗い洞窟の中の景色が、見渡す限りの草原と青空へと変貌。
ジメジメとした空気は消え去り、そよ風が心地よく頬を撫で、上空では小鳥がさえずる。
シャノアちゃんが敷いた〝お茶会〟のシートは大きな樹木の木陰に隠れ、枝の間から漏れてくる日光が一層に情緒をかき立てる。
そんな幻想的な風景に、私たちの五感全てが塗り替えられたのだ。
アンヘラとディアベラは驚愕と同時に狼狽し、
「こ、これはどういうこと……!? 私たちは洞窟にいたはずなのに……!」
「幻覚……!? それとも転移の魔法なのかしら……!?」
「……無粋な考察は不要よ、二人共」
私も〔影縫い・黒牢縛〕による拘束を解除し、彼女たちを自由の身にする。
そしてスゥッと息を吸い、
「ほら……嗅いでごらん……? とってもいい香り……」
私が静かな声で催促すると、アンヘラとディアベラもスンスンと鼻を鳴らす。
「……? この香り――……! ディ、ディアベラ!」
「か、嗅いではダメよアンヘラ! この香り……は………………」
二人共、気付いた時には既に遅かった。
彼女たちの瞳から、戦意が失われていく。
さながら、この平和で幻想的な風景に心まで飲み込まれたかのように。
そして瞼をトロンとさせたまま、手にしていた処刑刀と処刑斧を地面へと落とした。
シャノアちゃんは〔ティーポット・フェアリー〕を肩に乗せ、
「お二人とも、乱暴なことはもうおしまいです。さあ、一緒に紅茶を楽しみましょう?」
アンヘラとディアベラを誘う。
「「…………」」
二人は誘われるままにシートへと向かい、お行儀よくチョコンと座った。
「本日の紅茶は〝紅茶のシャンパン〟とも呼ばれるダージリンです。召し上がれ」
シャノアちゃんは、二人の前にソーサーに乗せられたティーカップを差し出す。
アンヘラもディアベラもティーカップの持ち手を指で掴み、湯気立つ紅茶を口へと運ぶ。
すると、
「あぁ……とっても美味しいわ……」
「えぇ……とってもとっても、美味しい……」
恍惚とした表情を浮かべ、シャノアちゃんが淹れた紅茶を心から堪能。
先程までの殺意はどこへやら、双子揃って〝お茶会〟を楽しんでいる様子だった。
……これが〔ティーポット・フェアリー〕の持つ〝対象を幻覚状態にし、強制的に戦意を奪う〟という力。
今見えている草原も青空も、〔ティーポット・フェアリー〕が見せている幻に過ぎない。
しかし魔法に対して抵抗力のない二人がこの幻術を破るのは、もはや不可能だろう。
アンヘラとディアベラは、期末試験・決勝戦が終わるまで幻覚の中で〝お茶会〟を楽しむこととなる。
……勝負あり、だ。