《レティシア・バロウ視点》
「ハァ……ハァ……!」
――エステルと逸れた私は、ラキとローエンの下へと向かっていた。
全速力で、息を切らしながら。
……フィグの発言が嘘でないとすれば、今頃あの二人もAクラスの生徒と交戦中。
迂回路を進んでいたカーラとシャノアも、既に足止めを受けてしまっていると考えるのが妥当でしょう。
エステルの言った通り、正攻法と言えるプランAは失敗。
こちらの動きが筒抜けになっては、誘導や奇襲など仕掛けようがないもの。
理想的な勝ち方はもはや不可能となったけれど――ならば、作戦を〝プランB〟に変更。
私たちFクラスの動向が監視され、Aクラスに伝えられるという事態は、最初から想定の内だった。
ラキやローエンが事態を把握できているのかはまだわからないけれど、おそらくカーラとシャノアは作戦がプランBに移行したことに気付いているでしょう。
背後を取るために迂回しているチームがあるなんてAクラスが知れば、いの一番に生徒を迎撃に向かわせるはずだから。
今頃、彼女たちも激しい戦いを繰り広げているかもしれない。
――そんなことを考えている内に、ラキとローエンが作戦を展開している場所付近まで到着。
しかし……私はすぐに違和感に気が付く。
…………静かすぎる。
地面を駆け抜ける足音、武器と武器が噛み合う金属音、張り裂けるような叫び声――そういった戦いの音が、なに一つ聞こえてこない。
変だわ……ここであの二人は陽動を行っていたはずなのに……。
「ラキ……? ローエン……? 一体どこに――むぐッ!?」
不思議がって洞窟の中を歩いていた私だったが――突如、何者かに口元を掴まれて岩陰に引っ張り込まれる。
私はすぐに応戦しようと、魔力を練ったけれど――。
「シィー! 落ち着いてレティシアちゃん、ウチだよウチ!♠」
「!らひ……!」
モゴモゴ、と押さえられた口で彼女の名を呼ぶ。
岩陰に身を潜め、私を引っ張りこんだのはラキだった。
彼女は自らの唇に人差し指を当て、大声を出さないようにと私に伝えてくる。
そんな彼女のジェスチャーを見て、黙ろうとした私だったが――ある物を見て、とてもではないが声を押し殺せなくなった。
ラキの――彼女の左肩には、長い弓矢が突き刺さっていたのだ。
刺さった場所からは真っ赤な血が流れ、衣服を深紅に染め上げている。
私はどうにか口元からラキの手を放し、
「ぷはっ……! ラキ、あなたその弓矢……!」
「ニャハハ……レティシアちゃんの予想通りだよ……♣ 死傷避けの魔法陣が効果を失ってる。今ウチらがやってるのは、モノホンの殺し合いってワケ……♠」
そう言って、青ざめた顔で微笑を浮べて見せるラキ。
――いけない。
急所は外れたにせよ、このまま放っておけば命にかかわる。
「待って、今すぐ手当てを……!」
「お、落ち着いてってば。ウチならまだ平気! 幸い毒とかは塗られてないみたいだから……♦」
ラキは慌てる私に対して「それより、さ」と話題を変え、
「レティシアちゃんがここに来たってことは、やっぱプランAは失敗ってことなんだにぇ……♣」
「え、ええ……。私たちの動きが筒抜けになってる。エステルは今、Aクラスのフィグを抑えてくれているわ……。こっちの状況は?」
「も~最悪だよ……ウチはこの有り様だし、ローエンとも逸れちゃうしさぁ……♠」
彼女はクロスボウを右肩に置き、額から冷や汗を流しつつ引き攣った笑みを浮かべる。
その様子からして、彼女が激痛を必死に我慢しているのは明白だった。
……こんな状態のラキを放っておくなんて、私には耐えられない。
私は回復魔法に覚えがあるから、矢じりさえ引き抜いてあげれば――
『…………匂うぞぉ……〝女狐〟の匂いだ……』
「――っ!?」
『獲物がもう一匹……狩場に入ったか……。〝狐狩り〟はまだまだ楽しめるというワケだ……ククク……』
――どこからともなく聞こえてくる、くぐもった男の声。
声が洞窟の中で反響するせいで、居場所が特定できない。
だが少なくとも――見られている。
視線を感じる。
それもベッタリと粘り付くような。
同時に感じる、背筋をなぞるようなゾッとする寒気……。
文字通り、狩人に狙われる獲物になった気分だ。
「……ラキ、あなたが対峙していた相手は――」
「そ、狩人出身の〝狐狩り〟ガスコーニュ・バセーテ……。ウチらは今、アイツにとっての獲物ってワケ……♣」
――〝狐狩り〟ガスコーニュ・バセーテ。
王家や諸侯貴族たちが定期的に開催する〝狐狩り〟を代々引率するバセーテ家の跡継ぎにして、「その腕前当代一」とまで称されるほどの凄腕の弓使い。
その手腕たるや、一キロ以上先の小動物を正確に射殺せるほどだとか……。
加えて狩人という職業柄、待ち伏せの技術に関しても卓越した技術を有していると聞く。
私自身は〝狐狩り〟に参加したことはないけれど、昔参加したお父様が「バセーテ家の人間は皆優れた狩人だ」と称賛していた。
こうして狙われる側の身になってみると……お父様の言っていた言葉の意味を嫌でも実感するわね。
私はスゥッと息を吸い、
「――ガスコーニュ! ガスコーニュ・バセーテ! 聞きなさい!」
「ちょっ!? レ、レティシアちゃん……!?」
突然大声を出す私に驚くラキ。
でも私は声を止めず、
「この洞窟は今、死傷避けの魔法陣の効果が消えているわ! このまま戦えば、ただの殺し合いになる!」
『……』
「もしなにも知らないというのなら、一旦弓を収めなさい! 私は無駄な血が流れるのを見たくない!」
『……弓を収めろ、だと? お断りだ……』
またどこかから、くぐもった声が響く。
『俺は〝狩人〟だ……。一度狙った獲物は、決して逃がさない……。例えそれが人であろうと、獣であろうと……』
……やはり声は洞窟内で反響し、音源が特定できない。
この声に全身を包まれているような感覚は、得も言われぬ気持ち悪さがあった。
『それに……俺は〝殺し合い〟などしない……。俺がやるのは一方的な〝狩り〟……血を流すのはお前らだけだ……』
「……それは、〝なにがあっても戦う〟という宣誓と捉えてよろしいかしら?」
『ククク……戦いになどならんさ……。女狐二匹程度、すぐに仕留めて――』
「あら、まだお気付きでないのね」
『…………なに?』
――私は改めて、体内で魔力を練る。
いつもならアルバンが荒事を担当してくれるから、私が暴れる機会はそうそうないのだけれど……。
でも〝無力な女狐〟と思われっぱなしなのは癪ですもの、ね。
それに今日は――初めから思い切り暴れるつもりで来たのですから。
「いいわ……どちらが本当に〝狩られる側〟なのか――そして女狐の本当の恐ろしさを、あなたに教えて差し上げましょう」