《レティシア・バロウ視点》
――さて。
久しぶりね、直接誰かと戦うなんて。
暴れるのはアルバンの専売特許ですし、そもそも彼が率先的に荒事に介入して解決してくれるから、私にお鉢は回ってこないのよね。
でも……だからって、無力な女狐と思われるのは心外。
狐に噛まれたら「痛い」じゃ済まないということを、思い出させて差し上げましょう。
さあ――今日は存分に暴れましょうか。
私は再びヒソヒソ声でラキに話しかけ、
「……ラキ、あなたはここでじっとしていて。私がガスコーニュをやっつけてあげる」
「へ……? な、なに言ってんのレティシアちゃん! 相手は凄腕の狩人なんだよ!?♦ 頭出した瞬間に――!♠」
「大丈夫」
ラキを落ち着かせるように、私は彼女の手をそっと触れる。
「私は負けないわ。それに、あなたをこんなところで死なせたりしない。だから任せて頂戴」
「レティシアちゃん……」
「ただ、あなたにも頼みたいことがあって――」
ラキの耳元に手を近付け、とても小さな声で作戦を伝える。
それを伝え終えた私は、私はグッと足に力を込めて立ち上がり――歩き出す。
そして堂々と、岩陰から出ていった。
……コツ、コツと洞窟の中に響く靴の音。
ラキとローエンに陽動を任せたこのルートは、洞窟の中でも比較的広々とした空間となっている。
しかし反面、人間よりも大きな岩がそこかしこにあるため見通しが利かず、加えて薄暗がりであるために余計に視界が制限される。
人が隠れられる場所など無数に存在し、息を殺して獲物を狙う狩人にとっては、まさしく絶好の狩場と言えるだろう。
私はそんな場所を、胸を張って、堂々と進んでいく。
私からは、相変わらずガスコーニュがどこにいるのかなど全くわからない。
逆に、既にこちらの位置を把握しているであろうガスコーニュにとっては、絶好のチャンスのはずだ。
いつだって私の額に弓矢を突き立てられるはずだ。
なのに――彼は、弓矢を放ってこない。
そんな場所の、やや開けた地点で立ち止まった私は――。
「……あら、射ってこないのね。せっかく狙いやすい場所まで来てあげたのに」
『……』
挑発に対し、沈黙で答えるガスコーニュ。
……ああ、やっぱり。
口先でどう言おうと、Aクラスは私を強く警戒しているのね。
彼らだってFクラスのこれまでの試験結果や、私が〝どういう人間か〟というのをよく知っているはずだもの。
ガスコーニュ……あなたは今、頭の中でこう考えているのでしょう?
――何故、自ら姿を曝け出した?
姿の見えない狩人の前に進み出るなど、単なる自殺行為だ。
あの小賢しいレティシア・バロウが、そんな愚かな真似をするワケがない。
……罠か?
それとも焼きが回ったのか?
――そんな自問自答を繰り返しているはずよね。
あなたほど経験豊富な狩人であれば、必ず〝獲物の心理状況〟を読もうとしてしまうでしょうから。
これで確認は取れた。
あとはいつでも――。
そう思っていた矢先、遠く離れた岩の影でほんの僅かに黒い影が動く。
直後、ビュンッ! と弓矢が放たれた。
――きた。
弓矢が放たれたと認識した私は、瞬時に体内で練っていた魔力を解き放ち――。
「――〔ウィンド・ウォール〕」
魔法を発動。
すると――私目掛けて飛翔していた弓矢が、脳天に突き刺さる直前にビュオッと逸れた。
まるで真横から突風に煽られ、強制的に軌道を変えさせられたかのように。
『――!!』
「この魔法を誰かの前で使うのは初めてだわ。矢避けの傘には最適だと思わなくって?」
――〔ウィンド・ウォール〕は対象の周囲に〝風の壁〟を作る防衛魔法。
〝壁〟としての防御力はそれなりだけれど、発動までの時間が極めて早く、空気がある場所でならどこでも使用可能。
さらに視界を一切遮らない、移動を阻害しない、それでいて全周囲を守れるという利便性も兼ね備えている。
これらの特徴から、〝矢避けの魔法〟としてよく使われる魔法なのよね。
弓使いであるガスコーニュにとっては、厄介この上ない魔法でしょう。
猛者揃いのAクラスのことだから、私が魔法の心得があることくらいは周知していたはず。
でも――今の私がどれだけの魔法を会得しているのか、までは調べが足りていなかったようね。
……イヴァンやマティアスたちだけじゃないのよ?
強くなっているのは――!
『クソ……ッ!』
自慢の弓矢が届かないと悟ったガスコーニュは、バッと岩陰から動く。
そして岩陰から岩陰へカバーリングしつつ、弓矢を放って牽制をしながら素早く接近してくる。
自分とレティシア・バロウとの相性が最悪だと気付いて、戦術を変えたのだろう。
気配を消して一撃必中を狙っていた戦い方から、アクティブに動いて間合いを詰める戦い方へ――。
基本的に、魔法使いは接近戦に弱い。
特に私のような防衛魔法や遠隔魔法を得意とするタイプは、間合いを詰められると一気に対抗策を失う。
状況を判断し、魔力を練って、適切な魔法を発動する――という手順が間に合わなくなってしまうから。
敵ながら賢明な判断ね。
思い切って身を曝け出したのも流石だわ。
でも、そう易々と近寄らせるとお思い?
私はニィッと微笑を浮べ――改めて魔力を練る。
それも、できるだけ大きな魔力を。
そして――。
「――〔ブリザード・サンクチュアリ〕」
ガスコーニュに接近されるよりも早く――Sランクの魔法を発動した。