《レティシア・バロウ視点》
「――!?」
目の前で突然倒れた人影に、私は一瞬ビクッと肩を震わせる。
そして地面に横たわる人物へと、両目の焦点を合わせたのだが――。
「これ、は……スヴェン!?」
私の眼に映ったのは、剣を手にした栗色の髪の男子――Aクラスメンバーの一人〝魔剣士〟スヴェンだった。
全身傷だらけだが深手は負っていないようで、どうやら気絶しているだけらしい。
そんなスヴェンの状態を把握した直後、
「――おお、いいタイミングで会ったなぁレティシア嬢よ」
聞き馴染みのある声が話しかけてくる。
同時に、暗がりの中から戦斧を構えた赤髪が現れた。
そう――ローエンが。
「ローエン! あなた無事だったのね……!」
「応とも。不意打ちを食らってラキと逸れ、今の今までこの〝魔剣士〟に足止めを食わされていたが――たった今、方を付けたところよ」
戦斧を肩に担ぎ、ローエンはニカッと笑って見せる。
ローエンも身体の至る所に斬り傷があり血が滲んでいるが、それでも酷い怪我は負っていなさそう。
おそらく、彼も途中で死傷避けの魔法陣の効果がなくなったことに気付いたのでしょう。
だから時間をかけて、どうにかスヴェンを殺さないまま気絶させた――ってところかしら?
流石、これまでアルバンやレオニールたちと一緒に特訓してきただけのことはあるわね。
Aクラスの〝魔剣士〟相手にそんな立ち回りができるなんて。
「ところでレティシア嬢よ、貴女がこんなところにいるということは……」
「ええ、プランAは失敗。作戦をプランBに切り替えて、Aクラスの本陣に向かっているところだったわ」
「ハッハッハ! まさか本当に一人で敵陣へ突っ込もうとするとはな! その豪胆っぷり、まさしくあのオードラン男爵の細君よ」
「あら、お褒め頂き光栄だわ」
「うむうむ。ちなみにだが、ラキやエステルはどうした?」
「ラキなら無事。エステルは……心配いらないでしょう。彼女が負けるとは思えない。むしろ、フィグの腕をへし折っていないか不安なくらいね」
「フッ、それを聞いて安心した。であれば、俺もスヴァンを下した甲斐があったというものだ」
愉快そうにカラカラと笑い声を上げ、ローエンは私が向かっていた方角と同じ方向へ顔を向ける。
「スヴェンはしばらく起きまい。俺では扈従に力不足かもしれんが、それでもよければお供しよう」
「とんでもない。ぜひ護衛をお願いするわ」
付き添いを名乗り出てくれたローエンに対し、私もフッとはにかんで答える。
そうして護衛を引き連れた私は、改めてAクラスの本陣へと足を向ける。
薄暗い洞窟の中をコツコツと足音を立てながら進み――――やがて、その場所へと辿り着いた。
「……」
私は無言で、辺りを見回す。
Aクラスの本陣と言っても、陣幕や松明のような仰々しい備えがあるワケじゃない。
なにもない、だだっ広い空間がそこにあるだけ。
だから人が一人でも立っていれば、すぐに見つけられるはず。
けれど――そこに人影はない。
「妙だな……? 時間からして、まだ〝王〟は陣地の中にいるはずなのだが……」
ローエンは人気のない本陣を不思議に思ったのか、私と同じようにキョロキョロと周囲を見渡す。
だが、その時――。
「――ッ! レティシア嬢、危ないッ!」
彼は上空から落下してきたなにかに気付き、私を庇うように戦斧でそれを跳ね除ける。
それと同時に洞窟の中に響き渡る、金属と金属が噛み合う甲高い音。
弾かれたなにかはクルリと宙で身を翻し――離れた場所へと着地する。
その姿を目の当たりした私は――。
「ッ!! レオニール……!」
驚きを隠せなかった。
現れる、とわかっていても。
上空から私の命を狙い、ローエンによって防がれた刺客の正体――。
見慣れた短い金髪、見慣れた白色の服装、そして右手に剣を握る――まさにレオニール・ハイラントの姿が、そこにはあった。
「…………」
ゆっくりと、レオニールは顔を上げる。
しかしそこには、彼の顔はなかった。
変わりにあったモノは――不気味に笑った、道化師の仮面。
……あれ?
あの仮面、どこかで見たような……?
「レオ……ニール……? あなた、その仮面は――」
「違うな」
私の言葉に被せるように、ローエンが言い放った。
「俺にはわかるぞ。貴様……レオニールではないな?」
「……」
看破するように言うローエン。
対して、レオニールの格好をした仮面の男は無言で返す。
そんなローエンの発言に私は困惑し、
「レ、レオニールじゃないって……どういうこと……!?」
「身なりを同じにしても、太刀筋までは真似できないということよ。レティシア嬢を狙った今の一撃、明らかにキレがない。レオニールの剣は、まるで雷撃のように鋭く重いはずだ」
ローエンはそう言って、仮面の男へと戦斧の先端を向ける。
「俺は長らくレオニールと修練を共にした。だから俺には子供騙しなど効かん。本物のアイツはどうした?」
「…………ク、ククク……。これはこれは、せっかく小生が用意したサプライズも形無し、というワケですか」
仮面の男はそんなことを言い、笑い声と共に道化師の仮面を脱ぎ捨てた。