《レティシア・バロウ視点》
「〝串刺し公〟……あなた……」
既に事切れ、動かなくなった〝串刺し公〟を見て――私は茫然と立ち尽くす。
今際の際に打ち明けた、彼の本心。
エルザ第三王女への忠誠心を超えた感情。
それは文字通り、命を賭したモノだった。
……私とアルバンは、ずっとこの男に策謀に苦しめられてきた。
私たち夫婦を幾度となく引き裂こうとした、怨敵にして仇敵。
いつか必ず報いを受けさせてあげましょう――そう思っていたのに。
でもまさか、その怨めしい相手の最期がこんな形だなんて……。
私は自分の気持ちを整理し切れず、ただ彼の亡骸を見つめることしかできなかった。
そんな私とは対照的に、パウラ先生はスタスタと〝串刺し公〟へ歩み寄っていく。
そして指先で彼の首筋に触れ、
「……脈拍なし、死亡確認。ま、こういう手合いの死に方としては上等な方でしょうか。面倒な手間を省かせてくれたことには、感謝しなくちゃいけませんね」
慣れた様子で生死の確認を取ると、あっけらかんとした様子で言った。
そんな彼女の言い草に、私はなんだかモヤッとした感情を覚える。
「パ、パウラ先生、死者に対してそんな言い方は……!」
「事実ですよ。それにこの子はここで死ななければ、もっと酷い最期が待っていたんですから」
「え……?」
「今回の事件の失敗により、エルザ第三王女の失脚はもはや確定事項となりました。となれば、実行犯であるこの子は政治犯かつテロリストとして扱われ、惨い尋問を受けたことでしょう。最期は獄中で気が触れて死ぬか、それとも断頭台にでも送られるか……」
淡々とパウラ先生は語る。
まるで、実際にそういう人々を見てきたかのように。
「いずれにせよ、碌な末路を迎えられなかったのは間違いありません。誇り高い自死を選んだのは、正しい判断なんです」
「……」
それがせめてもの情けだった――そう言わんばかりの彼女の口調に、私は言葉もなかった。
……こうして人の死を間近で見たのは、ライモンドの時から二度目。
何度見ても……慣れないわね。
「……レティシア嬢、大丈夫か?」
そんな私を気遣ってか、ローエンが背後から声をかけてくれる。
「……ええ。あなたこそ平気?」
「俺は〝職業騎士〟だからな。生い立ち柄、人の死には比較的慣れている」
ローエンはそう言って〝串刺し公〟の方を見やると、
「コイツと我らとは因縁浅からぬ仲だが……死者まで愚弄することはあるまい。せめて安らかな眠りを祈ろう」
黙祷するように目を瞑る。
そして、しばしの後に目を開けると――。
「……それにしても、解せんな」
「え?」
「コイツがレオニールの格好をしていたのは、本当にただ俺たちを驚かせるためだったのか……? そもそも、当のレオニールは何処に――」
そうローエンが言いかけた――その時。
「――――み、皆ぁ! 大変だッ!!!」
遠くから、学園の男性教師らしき人物が一人走ってくる。
たぶん洞窟の入り口からずっとここへ向かってきたのだろう。
額から汗を流し、なんだか焦り切った表情をしている。
パウラ先生もその男性教師に気付き、
「おや? どうされました?」
「ああパウラ先生! 今すぐ生徒たちを連れて避難を!! 今、城下町の方で――ッ!」
男性教師が言いかけた、その矢先――。
ズンッ……! と、突然洞窟全体が大きく揺れる。
地震……?
いや違う、そういう感じじゃない。
まるで――遠くで大きな爆発でも起きたかのような――。
男性教師は顔を真っ青にし、
「は……反乱だ! 武装した兵士や民衆が、王都で大規模な暴動を起こしてる! 今、城下町のあちこちで――火の手が上がってるんだ!!!」
そんなことを、私たちに告げた。
▲ ▲ ▲
――ドーン!
――――ズズーン!
――わああああああああ!
――――きゃああああああああああ!!!
「…………ふぁ~あ、うるせぇなぁ……」
――俺は寝心地の悪い粗末なベッドの上であくびを鳴らし、ゴロンと寝返りを打つ。
どこからか爆発音が鳴り響き、それに混じって薄っすらと聞こえてくる人の悲鳴。
俺がいる牢屋は窓などが一切ないため、外界の音はかなりくぐもった感じにしか聞こえてこない。
逆を言えば、それでも聞こえてくるということは監獄の外で――城下町の方で、なにかマズいことが起きているという証左でもある。
「あ~あ、面倒くせぇ……。面倒くせぇけど――そろそろレティシアが迎えに来てくれるかもだし、シャンとしておかなきゃな」