――遠くで聞こえる爆発音と共に、地鳴りがビリビリと部屋を揺らす。
最初の爆発を感じたのは、何分くらい前だったか?
面倒くさくて数えてもいないが、とにかくそんなに時間は経ってない。
そして爆発に続いて聞こえてきた、大勢の人間の悲鳴。
明らかに――外で異変が起こっている。
それもかなりマズい異変が。
「つっても……ここに監禁されてる内は、なんもできないけどな~」
俺は頭の後ろで手を組み、ベッドの上でゴロゴロしながら呟く。
いやまあ、脱獄しようと思えばできるのかもしれん。
でもレティシアが助けに来てくれるまで待つって決めたし?
それに……なんとなく、わかるんだよな。
もうすぐレティシアに会える気がする――って。
確証なんてない。
あくまでただの直感だ。
ただ、これでも妻に関しての勘は当たるって自負がある。
それくらいに思ってなきゃ、夫なんて務まらないしさ。
だから、座して待つ。
それに具体的に外でなにが起きてるのかわからん内は、下手に動くのもねぇ……。
若干悩ましく思いつつも、とりあえず静観しようとしていたのだが――丁度その時、牢屋に続く通路のドアが、向こう側から開けられる。
誰だ――?
そう思ったのも束の間、姿を見せたのは――。
「……しばらくぶりだな、オードラン男爵」
軽装甲冑に身を包み、王家を守る者の証である金鷲勲章を胸元に備えた――俺をこの牢屋にぶち込んだ男、ホラントだった。
ちなみに、その手にはなにやら布に包まれた細長い物体を携えている。
「ちぇ、なーんだ。レティシアじゃないのか」
マジで、レティシアだったらよかったのに。
いや、足音やら甲冑の金属音やらで彼女でないことはすぐ察しがついたけども。
あーあ、つまんねーの。
一気に興味を失った俺はベッドの上で寝返りを打ち、ホラントに対して背を向ける。
「愛妻でなくて申し訳ないな。……というか貴殿、これだけ外が騒がしいというのに、少しは気にならないのか?」
「気にはなるさ。でもレティシアに会えないならどーでもいい」
俺がそう答えてやると、ホラントは「フゥ……」と小さくため息を吐く。
「…………ならば今の状況に、嫌でも興味を持てるようにしてやろう」
「あぁ?」
「エルザ・ヴァルランド第三王女が――ヴァルランド王国に対して、反乱を起こした」
「――!? なんだと……!?」
思わず反射的に、俺はベッドから起き上がる。
悔しいが、ホラントの口から出た言葉は、確かに嫌でも興味を持たざるを得ない内容だった。
「今城下町で派手に暴れているのは、エルザ第三王女に金で雇われた傭兵やゴロツキ……それと彼女の派閥に付き、決起した騎士たちだ。お陰で王国の兵士たちは敵味方がわからず、後手に回っている」
「おい待て、それじゃエルザ第三王女は本気でこの国を……!」
「潰す気、らしいな」
――ズンッ! と牢屋が揺れる。
こうして話している最中にも、城下町のどこかでまた爆発が起きたのだろう。
……こう何度も爆発音が聞こえるってことは、おそらく城下町は既にかなり火の手が回っている。
これまで何度も俺たちを陥れようとした、あの性悪なエルザ第三王女ことだ。
きっとこの日のために、隠密かつ用意周到に準備をしてきたに違いない。
城下町――つまりヴァルランド王国の最も内側で暴動を起こしたのがいい証拠だ。
焼きが回ったかなんなのか知らんが、本気で国家転覆を目論んでいるのは間違いないだろうな。
……アルベール第二王子は、エルザ第三王女の企みに気付かなかったのか?
これじゃアンタがヴァルランド王国をぶっ潰す前に、妹が国を乗っ取っちまいそうだが?
まあ……別にいいけど。
俺にとっては、ヴァルランド王国をぶっ潰すかエルザ第三王女をぶっ潰すかの違いしかないし。
しばし無言になってそんなことを考える俺だったが――改めて目の前の人間に対して意識を戻す。
敵か味方かもわからない、ホラントに対して。
「……ちなみにアンタは、王国とエルザ第三王女――どっちの味方なんだ?」
「…………ああ、先輩に尋ねられた時から、ずっと考えていたよ。どちらに付くべきか、どうするべきか、とな……」
ホラントはそう言い、腰にぶら下げたキーリングを手に取る。
そして鍵を掴むと――俺の目の前で、牢屋の鉄格子を固定していた南京錠をガチャリと取り外した。
「ここからキミを出すのが細君でなくて申し訳ないが……これが、僕の答えだ」
「……へぇ、エルザ第三王女じゃなくて俺に付くってのか?」
「勘違いをするな。僕あくまでヴァルランド王国――もっと言えば〝アルベール第二王子〟に付くと決めただけだ」
フン、とホラントは鼻を鳴らしつつ、手にしていた長方形の物体を布から出していく。
すると――布に包まれていたのは、なんとも見覚えのある剣だった。
「貴殿の剣だ。コレを持ち、王城へ向かえ。エルザ第三王女もそこにいる」
俺は剣を受け取る。
持ち慣れた柄の感触――。
最近剣の鍛錬すらできていなかったから、懐かしいとすら感じるな。
欲を言えば、この剣を届けてくれるのもレティシアがよかったんだけど。
「……一つ、いいか?」
「レティシア嬢のことか?」
「まだなんも言ってないだろうが。……いやまあ、レティシアのことなんだけど。妻は無事か?」
「案ずるな。先輩――パウラ教員が彼女に付いてる。それと、学園で行われた試験ではレティシア嬢がキミのクラスを率いて、相手クラスに完勝したそうだぞ」
「そりゃ嬉しい報告だね。流石は俺のレティシアだ」
そうかそうか、レティシアが……。
吉報を聞けてよかったよ。
なら……夫の俺も、彼女に吉報を届けないと、な。
「――今、ケリを付けに行ってやるよ。エルザ・ヴァルランド」
ククク、と笑みを口元に浮かべて、俺は牢屋から出る。
さあ――悪役の、出陣だ。