《エルザ・ヴァルランド視点》
「……一体どういうつもりだ、エルザよ」
お父様――ディートフリート・ヴァルランドが、ギロリと私を睨み付ける。
もっともその視線は、いつものように王座から見下ろされるモノではない。
逆に王座から引きずり降ろされ、床に這いつくばって私を見上げている有り様だ。
――今、私は大勢の騎士と共に王座の間を占拠している。
この騎士たちは王国に反旗を翻した者たちであり、私の言うことならなんでも聞く忠実なる私兵。
そんな騎士たちに捕らえられたお父様とお母様は床へ膝を突き、その首筋には剣があてがわれている。
いつでも、老いぼれた首を落とせるようにと。
「どういうつもり? 見ておわかりにならなくて?」
怒る父を、私はフフッとせせら笑う。
「この国を滅茶苦茶にしているのよ。全て滅茶苦茶に破壊して、その後に新しい王国を作るの。私のためだけの王国をね」
「バカな真似を……! 気でもおかしくなったか……!」
「――おかしいのは、この世界の方よ」
……ええ、そう。
この世界は、おかしくなってしまった。
こんなはずじゃなかったのに。
全部――あの忌々しい夫婦のせいだ。
「こんな……なにもかも思い通りにならない世界なんて、滅びてしまえばいい」
「エルザよ、思い直せ……! ワシが国の平和に心を砕いてきたのは、全て子供であるお前たちを思ってのことなのだぞ……!」
「黙れ」
まるで説教でもするかのようなディートフリートの言葉に対し、私は冷たく言い返す。
「私は、お前らを親などと思ったことはないわ」
「エルザ……!」
「――騎士よ」
「ハッ」
「ディートフリートの首を、跳ねなさい」
剣を手にする騎士へと、命じる。
直後、ディートフリートの首筋へとあてがわれていた剣は大きく振り被られ――躊躇なく、首を斬り落とした。
飛び散る血飛沫。
ゴロンッ、と床の上を転がる頭部。
それを見た王妃メルセデスは、
「き…………きゃあああああああああああああああああああああッ!!!」
王座の間に響き渡るような、耳障りな悲鳴を上げた。
「エ、エエエエルザ……! あなた、なんてことを……ッ!」
「うるさいわね。次はアンタの番よ」
目配せすると、メルセデスの首筋に剣をあてがっていた騎士が剣を振り被る。
「やめッ――!」
次の瞬間、剣は振り下ろされた。
二つ目の頭部が、ボトッと床へ落ちる。
その光景を見て、私は胸がすく思いだった。
「フン……幾らか清々したわ。ところで、第一王子と第二王子はまだ見つからないの!?」
「ハッ……城内をくまなく捜索しているのですが、未だ捕らえられず……!」
そんな騎士の返答を聞いて、私は思わず「チッ」と舌打ちする。
「なにしてるのよ! さっさと見つけ出しなさい! でないとアンタらも――!」
胴と首を斬り離してやるわよ、と言おうとした――まさにその時だった。
ズ――――ン……ッ!
……という地鳴りのような音と揺れが、私の言葉を遮る。
「な……なに……?」
王城全体が揺さぶられているかのような感覚。
足元から鈍い揺れが伝わり、天井からはパラパラと埃が落ちてくる。
その後も立て続けに地鳴りのような音と揺れが発生し――その感覚は徐々に短く、そして大きくなっていく。
――なにかが、近付いてきている。
これは……〝破壊〟の音だ。
王城の中で、なにかが暴れている。
そして――。
「エ……エルザ様……! ご報告申し上げます……!」
私がいる王座の間の前に、全身傷だらけの騎士が一人辿り着く。
「て、敵襲です……! あ……あの男が……〝アルバン・オードラン男爵〟が、城の中に――ッ!」
満身創痍の騎士は叫ぼうとした。
だが――言い終えるよりも早く、騎士の身体は八つ裂きになる。
目にも止まらぬ連続の斬撃が全身を襲い、バラバラに斬り刻まれたのだ。
おびただしい量の鮮血がぶちまけられ、無数の肉片と化した人体が床にへばりつく。
その光景はさながら真っ赤な水風船が床に叩き付けられ、破裂したかのようだった。
「…………見つけたぞ」
コツ、コツ……という足音が聞こえ――男の姿が、ゆっくりと現れる。
返り血で全身を真っ赤に染め上げ、右手に持った剣の切っ先からはポタポタと血を垂らす、そんな悪魔にも似た男の姿が。
「これまで、よくも散々レティシアを苦しめてくれやがったな……。今、ここで、お前を――地獄に叩き落としてやる」