……あぁ、やっと見つけた。
こんなところにいやがったか。
散々捜させてくれやがって。
――エルザ・ヴァルランド。
愛する妻をこれまで何度も付け狙い、破滅させようとした、我が怨敵。
ずっと、ずっとずっと、ずぅーっと、その首を胴から斬り離して、地面の上で踏み潰す瞬間を夢見てきたよ。
だが――夢に見るだけなのは、今日で終わりだ。
そんな、お前にとっての悪夢を……現実のモノにしてやる。
「ア……アルバン・オードラン……ッ!」
俺の顔を見たエルザは両目を見開き、これでもかというほどに表情を引き攣らせる。
周囲にいる騎士たちも同様に、僅かに身体を逸らして後退りする。
おいおい、失礼な奴らだなぁ……。
まるで怪物でも見るような目で、人様のことを見やがってよ……。
まあでも……今だけは少し、その視線が心地いいかもしれないな。
しばし驚きつつも茫然とするエルザだったが、
「……フ、フフフ……ッ」
徐々に口の両端を吊り上げていき、小さく笑い声を上げる。
「ああ、そうよね。来ると思っていたわ。アンタは本当に、私の邪魔をすることしかしないんだから」
「――ふざけんな」
ベシャッと血だまりを踏み付け、俺はエルザの方へと近付いていく。
「邪魔なのはお前の方だろうが。いつもいつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつも、俺とレティシアの幸せを踏みにじろうとしやがって……」
俺はレティシアと二人で、静かに幸せに過ごせればそれでよかった。
俺の隣でレティシアが笑ってくれれば、それでよかった。
なのに――コイツはいつも、それを邪魔してきた。
お前は何度レティシアを苦しませた?
お前は何度レティシアを悲しませた?
お前は……一体何度、俺の愛する妻を破滅させようとしやがった?
――邪魔だ。
お前は生きていること自体、邪魔だ。
「お前が生きてると、レティシアは安心して眠れないんだ。お前が生きてると、レティシアは心の底から笑えないんだ」
さらに一歩、足を踏み出す。
ベシャッという滑りのある音を響かせて。
「だからさぁ……死んでくれよ。レティシアの幸せのために、お前は――消えなくちゃならないんだよ」
「うるさいッッッ!!!」
俺の言葉を掻き消すように、エルザは叫ぶ。
「〝レティシアの幸せのため〟……? アンタのその気色悪い考えのせいで、私がどれだけ不幸になったと思ってんのッ!?」
「あぁ……?」
「死ぬべきなのはアンタの方よ! ――騎士たち!」
「ハ……ハッ!」
「この逆賊を殺しなさい! 今すぐ!」
周囲にいた蟻共に命令するエルザ。
同時に、ワラワラと虫けらが俺を取り囲んでくる。
えっと、全部で何匹だ?
ひぃ、ふぅ、みぃ……ああ、もういいや。
蟻なんて、踏み潰せば何匹いようと一緒だもんな。
「「「ハアァ――ッ!」」」
蟻が数匹束になって、俺に斬りかかってくる。
――まず、一振り。
俺の振るった一振りで、まず三匹の蟻が薙ぎ払われて駆除される。
続いて二振り。
今度は、二匹の蟻の頭が床へと落ちた。
さらに三振り目――を振るうより先に、背後から一匹の蟻が噛み付こうとしてくる。
なのでクルリと剣を逆手持ちにし、背後に付き込む。
刺さった感触が手に伝わった後はすぐに引き抜いて、振り向き様に縦一閃に剣を振り下ろした。
蟻の身体が、まるで花が咲いたみたいに綺麗に左右にわかれて、倒れる。
――ここまで、たぶん三秒ほどだろうか。
リハビリはもう十分だな。
「ヒ……ヒイィ……ッ!」
残りの蟻共は剣を握る手をガタガタと震わせたまま、襲ってこようとしない。
むしろ逃げるようにジリジリと間合いを離していく。
「な……なにしてるの! 早く殺しなさい!」
見かねたエルザは発破をかけるように叫ぶが、
「い、いいい、嫌だ……死にたくない……!」
「バ、化物だ……正真正銘の化物だぁ……!」
「に、逃げろおおおぉぉぉッ!」
蟻共は剣を捨て、我先にと逃げ出していく。
へぇ、蟻にしちゃ賢明な判断だな。
兵隊蟻が女王蟻を見捨てちゃ、おしまいだけどさ。
もっとも、女王蟻への忠誠なんぞハナからなかったのかもしれんが。
「……残るはお前だけ――……ん?」
てっきり、この場にはエルザと俺しか残らなかったと思ったが――ふと、奴の横に佇むように、一匹だけ蟻が残っていることに気が付く。
甲冑と兜で全身を覆い隠した蟻――……いや、騎士が。
コイツは、違う。
〝蟻〟じゃない。
今逃げ出していった虫けら共とは、全く覇気が違う。
「……流石だね、オードラン男爵」
一言、その騎士が発する。
その言葉を――その聞き馴染みのある声を聞いた瞬間、俺は自分の頭の中がグチャッと揺さぶられる感覚を覚えた。
「腕に覚えのある騎士たちを、まるで虫けらみたいに斬り捨てるその腕前……。本当に尊敬する」
「………………おい、その声……お前まさか……」
「この瞬間を待っていたよ。キミと一対一で決着をつけられる、今この時を」
騎士は頭を覆う兜に手をかけ、おもむろに兜を脱ぎ捨てる。
そして――兜の中に隠されていた顔が、露わとなった。
短い金髪と精悍な顔つき。
一見すると優男のようなのに、その瞳の奥には言い知れぬ闘志が宿る。
そんな、自分を〝騎士〟と呼んで憚らなかった、俺と互角の剣の腕を持つ男――。
――レオニール・ハイラントの顔が。