「――ッ!?」
――なんだ、今の力は?
押し負けた?
この俺が?
「クソッ……!」
俺はすぐさま体勢を立て直し、再びレオニールへ向かって斬撃を放つ。
一撃、二撃、三撃、四撃――。
息つく暇さえ与えない連続の攻撃を、怒涛の勢いで浴びせかける。
刃と刃が幾度も噛み合い、火花を散らしながら甲高い金属音をかき鳴らし合う。
「ハアアアァァァ――ッ!!!」
押し潰す。
押し潰す押し潰す押し潰す、圧し潰す。
連撃の速度をどんどん上げ、ひたすらレオニールを圧倒していく。
もはや点への攻撃ではなく、面への圧迫。
さながら部屋の中に閉じ込めた相手を、釣り天井を下げて押し潰すような――そんなイメージで圧力をかけていく。
もし相手がさっきみたいな虫けらだったら、今頃ぺしゃんこになっていただろう。
しかし――。
「……流石だ。やはりあなたの剣は強く、恐ろしい。でも、ね――」
「ッ!」
「その剣は――オレには通用しないんだ」
レオニールが、ほんの僅かに手首を返す。
次の瞬間――刃が、俺の胴体を斬り裂いた。
「が…………ぁ…………ッ!」
俺の身体から、俺自身の血が噴き出る。
すぐにレオニールから間合いを離し、反射的に左手で傷口を抑える。
……どうやら刃は内臓まで至っていない。
幸い、傷はそこまで深くないらしい。
だが――――見切られた。
完全に、俺の攻撃が。
俺の挙動が。
見切った上で、斬撃を放ってきやがった。
今までのレオニールなら、そんなこと不可能だったのに――。
本能が警鐘を鳴らす。
死がすぐそこまで迫っていると、頭の奥底でがなり立ててくる。
〝違う〟。
このレオニールは、あのレオニールじゃない。
俺の知っているレオニールとは、もはや別人だ。
コイツは――俺が〝最も恐れていた力〟を手に入れたのだ。
「い……いいわよレオニール! そんな奴、さっさと殺しちゃって!」
俺が血を流す光景を見て、観戦していたエルザがレオニールへ向けてムカつくエールを送る。
そんなクソ女に対し、俺は威嚇するような視線をギロリと向ける。
俺たちの真剣勝負に、水を差すんじゃねーよ――と。
「ヒッ……!」
俺と目が合うや、怖気づいたように後退りするエルザ。
俺はすぐにレオニールへ視線を戻し、グッと剣を握り直す。
「ク……ククク……ッ」
思わず、口から笑みがこぼれる。
なんとしても――なんとしてもレオニールを仕留めなければ。
でなければ――俺は、殺される。
わかっている。
そうわかっているのに、笑いが止まらない。
笑みが抑えられない。
今、明確に命の危機に瀕しているという自覚があるのに、口の両端が勝手に吊り上がる。
愉快さなんて微塵もないのに、ゾクゾクする感覚が抑え切れない。
「な……なによ……アイツ……? なんでこんな状況で笑ってるの……!?」
笑みを浮かべる俺を見て、エルザの血相が真っ青になる。
まるで、文字通りの化物でも見るような顔だ。
「レオニールゥ……それがお前の、本当の力か……」
「ああ。守るべきモノを得た、オレの力さ」
「面白い……。ならもう遠慮はいらないよなぁ……!」
俺は左手に魔力を集中させ、
「――〔ダークネス・フレイム〕ッ!」
練られるだけ魔力を練り込んだ、特大威力の〝混合魔法〟を発動。
赤黒い火炎球が手の平の上に出現し、収束する魔力が周囲の空間すらも歪ませる。
――贅沢を言えば、剣だけでレオニールを倒してやりたかった。
だがもう悠長なことは言っていられない。
奴は〝覚醒〟したのだ。
それに……お前だって腹の中では、こう思ってるんだろ?
がむしゃらに本気を出したアルバン・オードランを、捻じ伏せてみたい――ってな。
なら……試してやるよ……!
「さあ、行くぞレオニールッ! 抗ってみせろ! 〝主人公〟らしくッ!!!」
ありったけの魔力をぶち込んだ赤黒い火炎球を――レオニールに向かって投擲する。
極限まで収束していた魔力は、俺の手を離れた瞬間にグワッと膨張を始め、瞬く間に巨大な魔力の塊へと変貌。
さながら黒宙渦の如く周囲のなにもかもを消滅させながら、炎のように怪しく揺らめいてレオニールへと迫っていく。
――絶対に避けられない。
この魔法は、確実に奴を飲み込む。
あぁ……お前の負けだよ、レオニール。
俺は勝利を確信した。
宿敵が目の前で消滅する光景を夢想した。
だが――その刹那――。
「――見切った」
俺の放った巨大な〔ダークネス・フレイム〕が――ズリッと斜めにズレる。
斜めから左右に分断されたかのように、左側が下へ、右側が上へとズレていく。
そして――バガッと、完全に左右に分かたれた。
「……は?」
一瞬、なにが起きたかわからなかった。
頭が真っ白になり、思考がストップした。
だがすぐに気付く。
いや、気付かされる。
――斬られたのだと。
俺が持つありったけの魔力を込めた〝混合魔法〟が、真っ二つに両断されたのだと。
剣で――斬られたのだ――と。
あり得ない。
そんなことできるワケがない。
なのに――そのあり得ないことが、目の前で起こった。
「……もう一度言おう」
左右に分かたれ、消滅していく〔ダークネス・フレイム〕の間から、閃光のような速さでレオニールが飛び込んでくる。
その速度と信じられない光景に、俺は完全に反応が遅れ――。
「これが――オレの力だ」
――斬撃が放たれる。
俺の〝顔〟目掛けて。
空気の上を滑り、淀みなく流れる水のように振るわれたその一太刀は――撫でるように、俺の〝右目〟を断ち斬った。
「あ…………うあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
顔から血が噴き出る。
視界の半分がハッキリと失われ、抉られるような痛みが顔の右半分を襲う。
思わず俺は顔を押さえ、大きく後退りし――その時初めて、地面に膝を突いた。
王座の間に響き渡る俺の絶叫。
それは明確に、歴然に、俺とレオニールの力の差を証明するモノだった。
「……アハ、アハハハハハ! やった、やったわ! 流石私のレオニール!!!」
歓喜に震える声で、エルザは叫ぶ。
「ざまぁみなさいよ、この悪役風情が! どう!? レオニールの剣は痛い!? その痛みを味わって、私の幸せを邪魔したことをせいぜい後悔なさいな!」
嬉しくて嬉しくて、もう気がおかしくなりそう――。
そんな様子で喜びに打ち震えながら、俺を見下して満面の笑みを浮かべて見せるエルザ・ヴァルランド。
続けて奴はレオニールを見て、
「さあレオニール! 早くそいつの首を刎ねて頂戴! それでなにもかも報われるわ!」
アルバン・オードランの首を刎ねろと命令。
レオニールもその命を受け、剣を右手に持ったまま静かに歩み寄ってくる。
「…………」
「レオニール……!」
無表情で俺を見下ろすレオニール。
そんなレオニールを、歯を噛み締めながら睨み返す俺。
……レオニールはゆっくりと、剣を掲げる。
そして俺の首目掛けて、刃が振り下ろされそうになった――まさにその時。
タッタッタッタッ――というヒールを履いた軽い足音が、遠くから近付いてくる。
その足音に僅かに混ざって聞こえる、足が長い布を擦る音。
これは……ドレスが擦れる音……?
それにこの足音、聞き覚えがあるような――。
そう思った直後――俺の目の前で〝長く綺麗な白銀の髪〟を持った女性が立ち止まり、バッと両腕を広げた。