「「「はぐはぐ、はぐはぐはぐ……!」」」
……無我夢中で、たっぷりの肉と野菜が詰まった栄養満点のケバブサンドにかぶりつく子供たち。
よほど腹を空かせていたらしく、口の周りがソースでベタベタになっても気にする素振りも見せない。
お世辞にも綺麗な食べ方ではないが、逆にここまで豪快だとむしろ見ていて気持ちいいまである。
「ほら、落ち着いて食べなさい。喉に詰まらせたりしたら大変なんだから」
子供の一人の口元を、ハンカチで優しく拭いてあげるレティシア。
あっ、ズルいぞ。
飯を奢ってもらった上に、可愛いレティシアにそんなことまでしてもらえるなんて。
俺だって食事中そこまでイチャイチャすることは少ないのに。
などと、微妙にジェラる俺。
――子供たちが飢餓のせいで窃盗を働き、盗んだ金で食べ物にあり付こうとしていたことを、レティシアはいち早く見抜いた。
逆を言えば、食べ物にあり付けるなら窃盗なんてする必要がないことも。
なので露店で飯を買って子供たちに振る舞い、事態の収拾を図った次第。
ちなみに栄養価が高い上に手っ取り早く食べられるケバブサンドをチョイスしたのも、彼女だったりする。
そこまで気を回すなんて……。
やだ、俺の妻優し過ぎ……。
と言っても、実際に奢ったのは俺だけど。
いやだって妻の財布の紐を解かせるワケにはいかんし。
これも夫の甲斐性だと思って、うんうん。
そんなこんなで、人通りの少ない路地の適当な段差に子供たちを腰掛けさせ、食事を喉に詰まらせないよう見守って――今に至る。
レティシアは赤髪の年長少女がケバブサンドを食べ終えたのを見ると、
「さてと……そろそろお話を聞かせてもらいましょうか」
「う……」
「まずはお名前を教えて頂ける? 年長者のあなたから」
「……セラ。セラ・イシュトヴァーン」
「セラ、ね。綺麗な名前だわ」
「ふん……」
「それじゃあセラ、お友達の皆を紹介して頂戴な?」
「一番ちっこい奴がベン、逆に背の高い女の子がヒメナ、おさげを二つに結ったのがジェリー、腕に大きな痣があるのがアンドレ、髪がモジャモジャなのがパコ」
「ベン、ヒメナ、ジェリー、アンドレ、パコね。皆、ご飯は美味しかった?」
「「「美味しかった!」」」
五人揃って笑顔で答える子供たち。
そんな五人を見て、なんとも複雑そうに頭を抱えるセラ。
子供好きなレティシアにとっちゃ、彼らを手懐けるのはお手の物なんだろうな。
「あなたたち、普段この辺りで窃盗を働いている子じゃないわよね。中央区の中で、子供だけで活動している窃盗団なんて珍しいもの」
「だ、だったらなんだ! 答えてやる義理なんてない!」
「あら、義理ならあるでしょう? たった今ケバブサンドをお腹にしまい込んだじゃない」
「う、うぐ……!」
狼狽える赤髪の少女。
そりゃもう綺麗にペロリと平らげたんだもんな。
これで一飯の恩義がないとは、流石に本人も言い難いだろう。
そうとわかってやんわりと圧をかける辺り、レティシアはやはり強かだ。
そういう所がホント好き……。
と思いつつも、俺は明後日の方向を見てため息を漏らす。
「聞くまでもないだろ~レティシア。どうせ他の区で色々やらかして、もう縄張りじゃ窃盗ができなくなったから中央区に流れて来た――そんなトコだろ」
「うっ……!」
ギクッと肩を揺らすセラ。
やっぱ図星か。
レティシアは腕組みをし、
「安心して。あなたたちを牢屋へ送るつもりはないから。ただ純粋に不思議なのよ」
なんとも腑に落ちないといった表情で言う。
「エルザ・ヴァルランドの反乱以降、アルベール国王は被災者の支援――特に孤児の保護に力を入れている。城下町を見回る兵士に一声かければ、すぐに施設へ入れてくれるはずだわ。そこなら衣食住も保証されるのに、どうして――」
「そんなの嘘っぱちだッ!!!」
――突然に、赤髪が怒声を放つ。
「保護してもらえるのは、親が市民権を持ってた奴だけだ! それに東区の孤児は、施設に入ったって碌に飯すら与えられない!」
「――! それじゃ、あなたたち……!」
驚くレティシア。
対して俺は「ああ、なるほど」と納得した。
王都に存在する行政区分、中央区・東区・西区・南区・北区――この中でも東区と呼ばれる地域は、王都の中でも貧しい者たちが集まる半スラムという側面を持っている。
そのため全地区で最も治安が悪く、不法滞在している者も少なからずおり、区画整理が遅れている場所でもあった。
……エルザの反乱で東区の60%の建物が焼失し、最も多くの被害を出したのも、そういう理由による。
コイツらはそんな東区に住む孤児であり、尚且つ市民権を持たない訳ありな子供たちだったってことだ。
――――おそらく、セラを除いては。
「東区の区長は、初めから子供を救う気なんてないんだ! アタシたちは区長なんて……貴族なんて信じないぞ!」
「ふーん……だから仕方なく窃盗を働いて、コソコソ生き長らえてるワケか」
俺はカチャリと剣の柄尻に手を置き、
「別に、お前がどこでなにをしようが知ったこっちゃない。けどよ……腰の剣が泣いてるぞ?」
「――な、に……?」
「お前のその短剣、王国軍の騎士や兵士が護身用として使ってるヤツだろ。それにさっき咄嗟に見せた剣の扱い……明らかに誰かから教練を受けたモノだ」
「――――ッ!」
俺が看破すると、セラの表情が大きく引き攣る。
――片手剣や両手剣、あるいは槍など比べて、〝短剣〟というのは扱いこなせる者が少ない。
何故なら、短剣は原則として護身用の武器であり、積極的に戦いで用いる代物ではないからだ。
片手剣より短く軽いので嵩張らず、それでいてナイフより刃渡りが長いので、戦場でもそれなりの殺傷力を発揮できる――それが短剣。
しかしこれは裏を返せば、片手剣より攻撃範囲が狭く、ナイフより大きいので隠し持つのにも適さない、ということになる。
良くも悪くも武器としては中途半端な性能であるため、基本的には護身用と割り切ったり、あるいは戦場で傷付いた味方を安楽死させるなどの用途で用いられることが多い。
例外的に、防御用として双剣の片割れとして持ったり、甲冑を着た相手と取っ組み合いになった際に装甲の隙間へ突き刺す――といった使われ方をする場合もあるにはある。
が、いずれにしても多用はされない。
そんな特性を持つため、進んで〝短剣術〟を身に付ける人間は珍しいのだ。
加えてただでさえ間合いが狭い武器なので、習熟も難しいと聞く。
そんな武器を好んで持ち歩き、僅か十二歳そこらで扱いを習得しているこのガキ――
どう考えったって、日常的に短剣術を学ぶ環境に身を置いていたとしか思えない。
それ即ち、ある程度格のある武道家系の生まれ――穿った言い方をしてしまえば、軍属家系の生まれであることを意味するのだ。
なれば当然、市民権を持っていることだって意味する。
「イシュトヴァーンって姓も、ヴァルランド王国じゃそこそこ見かける。察するにお前……ちゃんとした国籍を持つ騎士だか兵士だかの家柄の娘だろ」
「…………うるさい」
「事情は知らないが、悪いことは言わん。国に保護してもらえ」
……コイツが区や国に保護を求めないのは、同様の保護を受けられない仲間の子供たちを見捨てられないから、ってトコだろう。
ぶっちゃけ、窃盗団のクソガキ共がどうなろうと個人的には興味ない。
ただでさえ俺の財布奪おうとした奴らだし。
だが俺とて一介の剣士。
珍しい短剣術の使い手が、こんな風に落ちぶれるのを見るのは……些か忍びない気もする。
それに子供好きなレティシアのことだ。
このまま放っておくつもりもないだろう。
なら妻のためにも、ちょっとくらい寛容に振る舞うのも悪くない。
「お前の身分を証明できれば、連れの奴らだって一緒に受け入れてくれる場所はあるはずだ。東区の施設が嫌だってんなら、他の区に取り合ってやっても――」
「うるさいうるさいッ!!!」
セラは怒声を放ち、俺の言葉を遮る。
「貴族なんて信用できるもんか! それに東区はアタシたちの生まれた場所だ! あそこから離れるつもりなんてない!」
「お前……」
「行こう皆! こんな偽善者に関わってちゃダメだ!」
セラは他の子供たちを立ち上がらせると、皆を連れてすぐに走り去って行ってしまう。
レティシアは「ちょっと、セラ……!」と引き留めようとしたが――その声が届くことはなかった。
ケバブ、美味しいよね(ˊᗜˋ*)