「――ぐあッ!」
バチィッ! という音と共に木剣が弾き飛ばされ、男が地面に尻餅を突く。
「くっ……ま、参りました……」
「次。今度は二人まとめて来い」
俺が言うと、「「お願いします!」」と威勢よく二人の若い男が挨拶し、木剣を持って前へ出る。
薄手のシャツにズボンという動きやすい出で立ちをした、二人の男。
顔つきは精悍で体つきも逞しく、風貌といい雰囲気といい実に騎士らしい。
――が、猛者と呼ぶには覇気に欠けるな。
「行きます!」
片方の男が大きく踏み込み、木剣で斬りかかってくる。
勢いやよし。
剣に迷いもない。
だがそんな大振りじゃ、当たるモノも当たらん。
俺がその初撃をヒョイッと避けてやると、
「ハアァッ!!」
すかさず二人目の男が斬り込んでくる。
一人目の男の大振りは陽動。
二人目の攻撃で仕留める算段ってか。
なるほど、悪くない連携だ。
でもまあ、普通過ぎるな。
あと遅いってか、鈍い。
「よっと」
俺は苦もなく二人目の男の攻撃も回避し、フワリと跳躍。
そして宙で身を翻し、ほぼ同時に男たちの頭部に木剣の斬撃――ならぬ打撃を叩き込んだ。
「ぐあッ!?」
「痛ッ……!?」
「はい、終了」
なんの面白味もない勝利宣言をしてやると、男たち二人は「「あ、ありがとうございました……」」と頭を抑えながら下がっていく。
凄い痛そうだ。
いやまあ痛くしたんだけど。
だって「手加減無用でお願いします」って言われてるし。
なんて思いつつ、木剣を肩に乗せてポンポンと弄んでいると――
「流石、見事であるなオードラン男爵」
パチパチパチ、と小さく拍手する真っ白な髭を持つ老練な人物。
ユーグ・ド・クラオン閣下だ。
「隻眼になったというのに、全く視野が狭まった様子が感じられん。全身に目があるのではと思うほどだ」
「いやぁ、慣れただけですよ。それに片目がなくても案外なんとかなるのは、クラオン閣下もご存知でしょ?」
俺が眼帯で覆われた右目の辺りを指先でトントンと叩くと、クラオン閣下は「そうかもしれぬな」と苦笑い。
――俺は今、王国騎士団の訓練場にお邪魔し、騎士たちと手合わせしている。
休みで暇を持て余していた所に、クラオン閣下から「ぜひ騎士たちに稽古をつけてやってほしい」と提案&お願いされたからだ。
俺としては部屋の中で怠惰にゴロゴロしていたかったが、あんまりゴロゴロしてばかりだと以前のぽっちゃり体型に戻ってしまいかねないからな。
あとクラオン閣下のお誘いとあれば、断るのも気が引けるし。
そんなワケで招待を受け、駐屯地の中で軽く身体を動かしていた次第。
クラオン閣下が休憩の指示を出すと、周囲にいた大勢の騎士たちはワラワラと散っていく。
「どうであるかな? ここの騎士たちの実力は」
「いやぁ、いいんじゃないですかね~。うんうん、皆やる気もありますし」
「建前はよい。本音は?」
「お話にならないっす。やろうと思えば、二分で皆殺しにできます」
今この訓練場にいるのは、延べ三十人くらいか?
ぶっちゃけここにいる全員の強さを加味しても、レオニール一人の強さに遠く及ばないだろう。
アイツと本気の刃を交え、死線を潜り抜けた俺からすれば……〝退屈なレベル〟と言わざるを得ん。
そんな俺の返答を聞いたクラオン閣下は、難しいような複雑なような顔をする。
「いやはや……これでも武勇で知られた部隊の、屈強な兵たちなのだが……。誠、お主の強さは人智を超えておるよ」
彼は鋭い隻眼でチラリと俺を見ると、
「それに……エルザ・ヴァルランドの反乱を経て、お主の覇気は益々強まった気がする。我がオードラン領で初めて会った頃とは、まるで別人のようだ」
「そうですか? そう言って貰えると照れますね」
「うむ、一皮剝けたのは間違いない。あの頃のお主が猛獣の類だとすれば、今のお主は邪神かなにかであるな」
ホッホッホと豪快に笑うクラオン閣下。
ん~?
それって褒めてるのか~?
悪い意味で人外扱いされてる気がしないでもないが……。
いやまあ、別にいいけども。
レベルUPしてると認めてくれてるのは、間違いないっぽいし。
クラオン閣下は白い髭を撫でながら、改めて騎士たちを見回す。
「今のお主が相手とあっては、我が自慢の騎士たちも形無しだ。騎士団長としては不甲斐ない限りよ」
「そんなことありませんよ。少なくとも、全員からやる気を感じるのは本当です。それに一人一人が、ちゃんと戦士の目をしてる」
――今、この場にいる騎士たちの目には〝闘志〟が宿っている。
強くなりたい、強くならなければという向上心と飢餓感が、全員からこれでもかと感じ取れる。
自分たちの立場に甘んじて努力をしない、形だけの騎士団とはワケが違う。
それだけでも見上げたモノだ。
「先の一件で、王都も決して安全ではないと再確認できたからな。それに仲間や身内を亡くした者もいる故……士気は高くて当然であろうよ」
ああ、なるほど――とクラオン閣下の言葉に納得する俺。
エルザの反乱は割と短期間で鎮圧されたものの、その被害は決して小さくはなかった。
なにせ大都市のど真ん中で突然革命を起こしたワケだからな。
市民は勿論のこと、後手に回って迎撃に当たった騎士たちも相応の流血があったのは、想像に難くない。
ましてやエルザ側に寝返った騎士も一定数いたために、騎士同士が血を流し合う事態になったのだ。
残った者たちの結束は、より強まっていることだろう。
そりゃ士気も高くなる。
……丁度いいタイミングだから、今の内に聞いとくか。
実は、レティシアから頼まれてあるんだよな。
今日この機会に、クラオン閣下にあの小娘に関することを聞いてみてほしい――って。
「……クラオン閣下、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが……」
「ん? なにかな?」
「閣下の知る騎士、あるいは兵士の中に、〝イシュトヴァーン〟って姓を持つ者はいますか?」
俺が聞くと、クラオン閣下は「イシュトヴァーン……」と思い出すように呟きながら顎を撫でる。
「うーむ、思い当たるだけで数名はおるが……」
「短剣――特にダガーの扱いに精通した者なんですが」
俺が追加で言うと、彼は「ああ!」とようやく思い出した様子で手を打つ。
「それならば知っておる、アルノルト・イシュトヴァーンだ。イシュトヴァーン姓で短剣の使い手となれば、あの者を置いて他におるまい」
「そのアルノルトってのは……もしかして、エルザの反乱で命を落としてたりします?」
尋ねると――クラオン閣下は少しの間を置いた後、深いため息を口から漏らしながら「うむ」と答えた。
「……彼奴は〝貧しい者のために自分は剣を振るう〟と言って憚らない、高潔な精神の持ち主であったよ」
「……」
「アルノルトの生まれたイシュトヴァーン家は、低階級の〝職業騎士〟の家系でな。代々珍しい短剣術を継承しておったから、階級に比して多少は名の知れた家柄だったのだ」
語り始めるクラオン閣下。
その言葉に、俺は耳を傾ける。
「心技体、どれを取ってもアルノルトは騎士に相応しい人材であった。故に、我は何度か従卒に取り立ててやろうと試みたのだが……」
「その度に、高階級の者から反発を受けた――そんなトコですか」
俺が言うと、彼はコクリと頷く。
よくある話だ。
位の高い者が、自分より実力のある位の低い者を妬むなんてのは。
それで出世を邪魔されて、いつまでも才能に見合わないポストに押し込められる……なんてのは、この階級社会じゃ珍しくもない。
セラが貴族を警戒し、嫌っている風だったのも頷ける。
大方、親父の出世が不条理に邪魔される様を見続けてきたのだろう。
アイツにとっちゃ、高階級出身者――特に貴族ってのは、親父を虐めていた悪者に他ならないってコトだ。
そりゃ保護されるのも嫌がる。
クラオン閣下は少し目を伏せ、
「アルノルトは乱戦の中、最期まで市民を守ろうとしていたそうだ……。彼奴は立派な騎士であった」
「……らしいですね」
「だが、どうしてアルノルトの話を?」
「いえ――ちょっと忘れ形見に会ったモンで」
ちなみに今回登場した騎士の方々は、それなりに精鋭な人たちです( ノД`)
※書籍版第一巻がKindle Unlimitedで読み放題になりました!
ご登録されてる方は是非~(*´ω`*)