「――アルベール第二王子……!」
思わず、俺はその名を呼ぶ。
王座の間に現れた人物――それは〝王家を滅ぼす〟ことを俺に提案してきた、アルベール・ヴァルランド第二王子だった。
しかも、そんな彼の傍にはパウラ先生とバスラさんが佇んでいる。
身なりが多少汚れているのを見るに、今まで城の中で戦闘を繰り広げていたらしい。
この二人はレティシアを城まで警護してくれたって聞いたが……おそらく、途中で彼と合流したのだろう。
突然現れたアルベール第二王子に、エルザは驚きを隠せない。
「ア、アルベール……! アンタ、どうしてここに……! 私の騎士たちは――」
「城の中で暴れてた奴らなら、全員この二人が処分してくれたわ。城下町で暴れてる阿呆共も、今頃はクラオン騎士団長たちが鎮圧してくれてるでしょうね」
やっぱり持つべきモノは有能な部下よねぇ、と不敵に笑うアルベール第二王子。
彼は甲高いハイヒールの音を奏でつつ、エルザへと近寄っていく。
「それにしても……礼を言うわよバカ妹。流石に国王と王妃の首を刎ねたのは予想外――いいえ、期待以上だったと言うべきかしら」
「――――なん……ですって……?」
「あらあら、アンタまだ気付かないの?」
実に楽しそうなアルベール第二王子の口調。
彼は床に転がる騎士たちの死体を見下ろし、
「エルザ・ヴァルランドの反乱は――〝起きた〟のではなく〝起こさせた〟モノだってことに。アタシがアンタを始末し、王位を継ぐ大義名分を手に入れるためにね」
「う……嘘よ……! そんなワケ……!」
「だいたいさぁ、アンタが兵隊集めてたことをアタシが気付かないワケないでしょ? っていうか、レティシアちゃんにすら予測されてたから」
アルベール第二王子は、嬉々とした目でレティシアを流し見る。
「レティシアちゃんはね、アルバンちゃんの死刑が無期延期になった時点で、エルザ・ヴァルランドがいずれ大胆な行動に出る可能性を見抜いてた」
「……」
アルベール第二王子の視線に対し、無言で答えるレティシア。
驚くエルザに対してアルベール第二王子は言葉を続け――。
「だから協力者であるアタシに、〝ワザとエルザを泳がせて証拠を揃えさせ、事が起きる直前に鎮圧してはどうか〟って提案してくれたのよ。ホント賢い子よね」
「ま、まさか……!」
「勿論、アタシはその案を採用。もっとも、内容は〝事が起きた直後〟にアレンジさせてもらったけどねん……♪」
ニヤリと、大きく口の両端を吊り上げる。
全て思惑通り、と言わんばかりに。
「アンタはまんまと反乱を起こしてくれて、あまつさえ国王たちの首まで刎ねた。で、国王の息子であるアタシは敵討ちとして逆賊を討伐。次期国王として国民から盛大に歓迎される……完璧な筋書きだわ」
「……ッ! レティシア・バロウ……お前、私を嵌めて――ッ!」
それを聞かされたエルザは、ギロリとレティシアの方を見る。
自分がレティシアに嵌められたと思ったのだろう。
だがエルザが言い終えるよりも早く、
「……言っとくけどねバカ妹、アンタがレティシアちゃんに言い掛かりをつける筋合いなんてないわよ」
「ハァ」と深いため息を吐き、レティシアを庇うように言う。
「この子の提案も行動も、全ては夫であるアルバンちゃんを救いたいという一心故のモノ……。なんなら、アンタが死罪にならないよう手紙の中で遠回しに気を遣ってたくらいなのよ?」
「なっ……!?」
「レティシア・オードランは正真正銘、高潔な精神を持つ淑女だわ。……それに比べて、アンタはなに?」
アルベール第二王子はあまりにもハッキリと、エルザを見下す。
まるで汚物でも見るような目で。
「なんにも考えず身勝手に振る舞い続けて、挙句の果てには国も愛人もこんなにしちゃってさ」
「う…………あぁ…………ッ!」
「アンタは悪女とすら呼べない、本物のゴミよ。そこに倒れてる愛人だって――アンタが殺したも同然だわ」
容赦なく事実を突き付けるように、アルベール第二王子は言い捨てた。
その言葉を受け――エルザの目は焦点が合わなくなり、瞳から徐々に生気が消えていく。
完全に、心が壊れてしまったのだろう。
おそらく……もう再起できまい。
コイツは今後、自分の行いを後悔し、自分で自分を呪い続けていくはずだ。
文字通り、死ぬまで
因果応報――だな。
「さて、と……。アルバンちゃん、レティシアちゃん」
クルリ、とアルベール第二王子は俺たちの方へと向き直る。
「こんな時、あなたたちになんて言葉を送ってあげたらいいのか、正直悩んじゃうんだけどぉ――とにかく、お疲れ様」
直前までとは打って変わって、彼は穏やかな声で俺たちを労ってくれる。
そして俺の方を見て、
「特にアルバンちゃん、約束通りヴァルランド王家をぶっ潰してくれたわね。流石だわ」
「……結果的に、ですけどね。それになんか、結局は体よく利用されただけのような気もしますけど」
「いやん、そんなことないわぁん♥ あなたは立派な〝救国の英雄〟よぉん♪」
「ハァ……面倒なんで、別にどっちでもいいです。でも――褒めるなら妻を褒めてあげてください」
俺は、寄り添ってくれるレティシアの身体をさらにグッと抱き寄せる。
「……もしもレティシアが来てくれなかったら、俺は今頃レオニールに……。俺を救ってくれた彼女こそ――真の英雄ですよ」
「ア、アルバン……!」
少し照れ臭そうに頬を赤らめるレティシア。
やっぱり、レティシアは可愛いなぁ。
本当に――自慢の妻だよ。
抱き合う俺たち夫婦を見て、アルベール第二王子はしばし沈黙した後――フッと目を閉じる。
「…………ホント、私みたいなのには眩し過ぎるわねぇ。あなたたち夫婦は……」
何故か、しみじみとした様子で彼は呟いた。
その直後、
「アルベール第二王子、それにアルバンくんたちも、積もる話はまた後で……にした方がよろしいかと!」
パウラ先生がいつものハキハキとした声で言ってくる。
「あぁ、そうね。それじゃとにかく、このバカ妹を連れて――」
アルベール第二王子はパウラ先生とバスラさんに命じ、エルザを連行させようとする。
しかし、
――――ズシャアッ!!!
という轟音と共に、天井の一部が崩落してくる。
どうやら、さっきの戦いで天井を支える柱が折れ、王座の間全体が崩壊を始めているらしい。
「おっと。レティシア、危ない」
「きゃあ……!?」
振って来た瓦礫から妻を守るべく、俺はレティシアをヒョイッと抱きかかえる。
正直、体力の限界だし、傷は痛いし、なんなら片目も見えないが――俺は彼女の夫だからな。
どれだけ身体が限界を迎えていようと、守るべき妻を抱えるくらい造作もない。
パウラ先生は「おやおや」と言って身体の向きを変え、
「どうやらすぐに逃げた方がよさそうですね! さあ走りますよ、皆さん!」
アルベール第二王子やバスラさんと共に、脱兎の如く逃げ始める。
残念だが、放心状態のエルザを連行していけるほどの余裕はない。
アイツは――ここで瓦礫の下敷きになるだろう。
俺も羽根のように軽いレティシアを抱えながら、崩壊していく王座の間を後にしようとする。
しかし――走っている最中に、気付いた。
床に横たわっていたレオニールの死体が、忽然となくなっていることに。
「レオ――」
ふと、気配を感じて背後へと振り向く。
すると、巨大な瓦礫に視界を阻まれる直前――見えた気がした。
エルザの傍らに寄り添う――レオニールの姿が。
だが結局、それもほんの一瞬。
どんどんと崩落してくる瓦礫ですぐになにも見えなくなり、現か幻かを判別する暇すら俺にはなかった。
「アルバン……?」
「……いや、なんでもない。行こう、レティシア」
俺は愛する妻を連れ、その場を脱出。
この後――王座の間は跡形もなく崩壊。
王城自体も半壊状態となり――叛逆者エルザ・ヴァルランドは、公的には〝死亡〟ということになった。
アルベール第二王子はアルバンとレティシアの味方です。
善人ではないけれど(*´ω`*)
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