俺たちのことを待っていた人物。
それは女性と見紛うほどの美貌を持った紫髪の男性、アルベール・ヴァルランド第二王子だった。
ああいや、今はもう〝アルベール国王〟か。
正直、個人的にはあんましっくりこない呼び方だけど。
だって国王になっても一ミリもキャラがブレないっていうか、全く臆することなく女装子を続けてるんだもん。
凄いよなぁ。
そんな美人男子なアルベール国王に対し、レティシアはスカートの端を掴んでしゃなりとお辞儀。
「アルベール・ヴァルランド国王様、本日は私たち夫婦をお招き頂き恐悦至極……」
「あら、やだわレティシアちゃんってば。そんなに畏まらないで頂戴な~、アタシたちの仲じゃなぁい♥」
「そうだぞレティシア。この人のことは、裏路地にひっそりと店を構える寂れたスナックの性別不詳ママとでも思っておけばいいんだ」
「……アルバンちゃんは、もう少しアタシに畏まってもいいかもしれないわねぇ~」
などと、くだらないやり取りを交えながら挨拶を交わす俺たち。
エルザの反乱があってからというもの、俺たち夫婦とアルベール国王はすっかり顔見知り状態だ。
アルベール国王は「立ち話もなんでしょう」と俺たちを大きなソファに腰掛けさせ、自身も反対側のソファにドカッと座る。
「さぁて……二人共、急に呼び出したりして悪かったわねぇん」
「そうですよホント。俺とレティシアの怠惰で甘美なイチャイチャ時間を奪うなんて、幾ら国王でも痛たたたたレティヒアひたい」
「どうかお気になさらず。私も夫も、進級前休みで暇を持て余しておりましたので」
レティシアはホホホと微笑を浮べつつ、俺のほっぺたを掴んで横からむいっと引っ張る。
これ以上失礼なこと言わないで、とばかりに。
うぅ、ちょっとだけ嫁さんが怖い……。
レティシアの返答を聞いて、「ああ、そういえばそんな時期だったかしら」と返すアルベール国王。
――そう、俺たちは今〝二年生〟への進級を控え、約半月の長期休暇を貰っている最中。
要するに春休みを満喫中ってワケで。
当然授業は休みだし、生徒によっては故郷に里帰りしたりもしている。
俺も欲を言えばオードラン領に帰ってレティシアとのんびり過ごしたいが、流石に半月しか休みがないと遠く離れた田舎に帰るのは怠くて。
移動だけで何日もかかっちまうし。
だから学園に留まり、個別棟の中で怠惰な時間を過ごしている。
いやまあ、ぐだぐだと怠惰に過ごしているのは俺だけで、レティシアは勉強だの手紙のやり取りだの、常にせっせとなにかをこなしているのだが。
俺の妻ってば働き者だよ。
あと一応、Fクラスのメンバーも王都から出てはいないらしい。
シャノアやカーラは実家で過ごしているが、それ以外は寮の中に留まっているようだ。
それぞれ事情はあるだろうが、ぶっちゃけ故郷まで一々戻るのが面倒くさいのだろう。
半月くらいだと、流石に時間的余裕がないもんな。
そんなメンバーを気遣ってか、レティシアは週に一回皆をシャノアの喫茶店に集めてクラス会を開いている。
俺としては夫婦二人きりの時間が奪われるのでモヤモヤするが、レティシアがそうしたいのならそれでいいだろう。
俺の妻ってば本当に優しい……。
そんな感じで、春休みで時間を持て余している最中、俺たち夫婦はアルベール国王に呼び出しを受けたワケだが――
「それでアルベール国王、今日はなんでまた俺たちを呼び出したんです?」
さっそくとばかりに切り出す。
アルベール国王も僅かに頷き、
「ええ、まずは改めて二人にお礼を言おうと思ってね」
相変わらず朗らかというか不敵な笑みを浮かべたまま、話を始める。
「アタシが国王の座に着いてから、あなたたちとはちゃんとお話できていなかったから。やっぱり〝救国の英雄〟は労っておかないとねぇ?」
「そりゃどうも。でも――それが本題じゃないでしょ?」
「……あら」
「アンタほどの切れ者が、社交辞令だけで急に俺たちを呼び出すとは思えない。つまり急ぎで俺たちを呼び出さなきゃいけない――俺たちに伝えなきゃいけないことができた。……違います?」
「ちょっとアルバン……!」
「いいのよレティシアちゃん。アタシ、アルバンちゃんのそういう臆面もないトコって好きだから♥」
クスクスと妖しく笑うアルベール国王。
――今回、俺とレティシアはかなり唐突に王城へと招待された。
俺の知る限り、普通国王と会うには時間を調整してそれなりに待たねばならない。
仮に招待される側だとしてもな。
基本的に、それだけ国王というのは多忙なのだ。
しかも国王になったばかりで、かつ王都の復興作業だけでも仕事が山積みなアルベール国王ともなれば、とにかく時間が惜しいはず。
アルベール国王くらいの切れ者なら、王務を部下に丸投げするなんてこともしないだろうし。
にもかかわらず、あたかも余裕たっぷりに振る舞って俺たちを接待してくれている。
そんな不自然な様子を見ると――なんか不味いことでもあったんじゃないかと、勘ぐっちまうんだよな。
「ほ~んと、アルバンちゃんってば無駄に鋭いトコあるわよねぇん。隻眼になってもその慧眼衰えず、って感じ? むしろ研ぎ澄まされたくらいかしら?」
「……」
「ま、いいわぁん♥ それじゃお嫁さんとの時間を大事にしたいアルバンちゃんのために、さっさと本題に入りましょうか」
ヘラヘラと笑って言うアルベール国王。
だが――その直後、彼の口元から笑みが消えた。
「……ねえアルバンちゃん、レティシアちゃん。あなたたち――『薔薇色の黄昏』って名前に聞き覚えはある?」
アルベールには新宿二丁目の路地裏辺りで小さな女装子バーを開いていてほしい(๑ ́ᄇ`๑)