「”王”……だって?」
俺たちは呆気に取られる。
一瞬、パウラ先生の言っている言葉の意味がわからなかったからだ。
「はい! ”王”を一人だけ決めて、他の九名は卒業まで絶対服従を誓ってください。もし一ヵ月以内に”王”を決めなければ、皆さんは全員もれなく退学処分となります」
「な……なんだと!?」
イヴァンが机を叩いて立ち上がる。
「ふざけるな! そんな話、入学前には聞かなかったぞ!」
「それはそうでしょう。だから新校則だと言ったじゃありませんか」
「――先生、一つ質問」
イヴァンに続き、今度はチャラそうな褐色肌の男が手を上げる。
「はい、マティアス・ウルフくん。質問をどうぞ!」
「その王様ってのはどうやって決めんの? 方法は?」
「あなたたちにお任せします。学力や体力といった学生らしい基準で決めてもいいですし、話し合いでも暴力でもお金でも、手段は一切問いません」
「……つまり全員に”王”だと認めさせりゃ、なんでもいいってことか」
「そういうことです。ただ一つだけ、殺人は控えましょう。学生の本分から外れてしまうので!」
……そういう問題じゃないと思うが。
逆にアンタ、学生の本分から外れなければ殺人を肯定するのかよ……?
パウラ先生は相変わらずニコニコと笑ったまま、黒板に文字を書き始める。
それは、クラスメイト全員の名前だった。
1番席『シャノア・グレイン』
2番席『エステル・アップルバリ』
3番席『イヴァン・スコティッシュ』
4番席『マティアス・ウルフ』
5番席『ラキ・アザレア』
6番席『ローエン・ステラジアン』
7番席『カーラ・レクソン』
8番席『レオニール・ハイラント』
9番席『アルバン・オードラン』
10番席『レティシア・バロウ』
「先生、私はもう”レティシア・オードラン”なのですが」
「あっ、ごめんなさい! 名簿にはこっちの名前で登録されてあったから……」
いそいそとレティシアの名前だけ書き直すパウラ先生。
いや、おっちょこちょいかよ。
それにこの空気の中で指摘できるレティシアも凄いな。
流石は俺の妻。
肝が据わっている。
「もう気付いていると思うけど、キミたちの階級はバラバラ。それどころか頭脳も才能も人生の境遇さえも、何一つとして共通点はありません」
「「「……」」」
「ですので、各々がこれまで培ってきた全てを生かして他者を蹴落としてください。この瞬間から、クラスの”王”が決まるまでは全員敵同士だと思ってね」
――パウラ先生の言葉を受け、シーンとする教室。
敵同士、か。
超エリート育成所って実体は知っていたが、まさかここまでとはな……。
新校則ってのは要するに、各クラスの中に意図的な”序列”を生み出すこと。
支配する者と、される者。
誰が貴族に相応しいのか?
誰が本質的な”支配者”なのか?
おそらく、それを身を以て味わわせるのが目的なのだろう。
なんとまあエグイことをやらせようとするのか。
あの学園長、本当にとんでもないな。
それにしても……こんな展開ファンタジー小説にあっただろうか?
あ、ちょっと思い出してきた。
確かあったな、一応。
クラスで一番偉い生徒を決める話が。
その過程で主人公とアルバン・オードランが決闘し、アルバンが敗北。
あまりにも無様な負け方をしたものだから、アルバンが一方的な恨みを募らせていくんだよな。
とはいえ、その発端はアルバンがクラスのボスとなろうとしたこと。
つまり俺が”王”とやらになろうとしなければ、破滅の第一歩は発生しない……はず。
以前のアルバン・オードランと違って、今の俺は権力に興味ないからな。
何事もなくレティシアと卒業できればそれでいい。
ここは影を潜めていよう。
王様なんて勝手に決めてくれ。
「”王”か……ならば話は早い!」
突然に、6番席に座る赤髪オールバックの男が嬉々として叫ぶ。
コイツはどうやらローエンという名前らしい。
「強き者こそ”王”に相応しい! クラス全員で決闘を行い、最後まで残った者を”王”とすべきだ!」
「あらあら、野蛮ですわー」
2番席に座る金髪縦ロールの女がバッ!と扇子を開き、口元を隠しながら言う。
彼女はエステルだな。
「な、なんだと!?」
「”王”というのはエレガントかつお清楚でなくてはいけなくてよ。腕力しか能のないお猿さんでは、精々”歩兵”しか務まらないのではなくって? オーッホッホッホ!」
「き、き、貴様……!」
「け、喧嘩はやめましょうよぉ……。て、敵同士でもクラスメイトなんですから……」
ローエンとエステルを諫めよう、1番席の気弱そうな女がなだめに入る。
彼女がシャノアか。
「そうだぜ? ここは”王”らしく財力で解決すべきだ」
さらに4番席のマティアスが言う。
まあこの男は如何にも金持ちって雰囲気だもんな。
「全員、大人しく俺の下に付けよ。そしたら卒業後も一生裕福な暮らしをさせてやる」
マティアス・ウルフ侯爵――。
ウルフ侯爵家と言えば、一部の公爵すらも超えるほど莫大な資産を持つことで名高い。
故に、ウルフ侯爵家の人間は”なにをするにも金に物を言わせる”と評判だ。
しかし――
「結局、世の中金だよ金。金で買えない物はねーんだ。だから一番の金持ちが権力を握る、これが世界の道理ってもんだろ?」
「フン、話にならんな」
3番席のイヴァンが、眼鏡を指で上げながら冷笑した。
「金など、それこそ下賤だな。”王”とは権威あってこその”王”なのだ」
「へえ、ならアンタにはその権威があるって?」
「無論だ。僕はスコティッシュ公爵家の跡取りなのだからな」
スコティッシュ公爵家か……。
俺の知る限り、クラスメイトたちの中では最も階級が高い家柄だな。
少なくともベルトーリ公爵家と同じか、それ以上の権威は持っているだろう。
もっとも……バロウ公爵家ほどではないが。
「へっ、権威ねぇ? それなら――アンタより高い権威のある家に生まれたお嬢が、一人いるよなぁ」
チラリと、マティアスが視線を流す。
その先にいるのは――レティシアだ。
「レティシア・バロウ――ああ、今はレティシア・オードラン男爵夫人か。アンタはどう思う?」
「クスクス、その聞き方は嫌味ではなくって? だって彼女はもうバロウ家を追われた身ですわよねぇ」
小馬鹿にしたように笑うエステル。
マティアスもちょっと意図して言ったんだろうな。
コイツら、いつか泣かそう。
いや今泣かすか。
俺は嫁さん馬鹿にされて黙っていられるほど温厚じゃないぞぅ?
――なんて思った時、
「……先生、質問よろしいかしら」
レティシアは目を閉じたまま、パウラ先生へ質疑応答を求める。
「はい、なんでしょうかレティシアさん!」
「その”王”というのは、自分以外を推薦してもいいの?」
「勿論! 手段は問いませんから!」
「であれば、私が言えることは一つね」
彼女はそう言うと、スゥっと息を整え――
「このクラスの”王”に相応しいのは、我が夫アルバン・オードランただ一人です」