《レティシア・バロウ視点》
「いや~どうもどうも、お初にお目にかかります。私めは東区の区長を務めております、グレッグ・ドブソン男爵と申します!」
――学園の応接室で私たち夫婦を待っていたのは、とても丸々とした体型の中高年の貴族だった。
年齢はおそらく五十~六十の間くらい。
頭髪は少し薄くなってきていて、顔にはほんのりと脂汗が滲んでいる。
――グレッグ・ドブソン区長。
王都東区の治世を任された、男爵位の貴族。
セラが孤児の話の下りで言っていたけれど、彼女はグレッグ区長のことを信用していない様子だった。
初めから子供のことを救う気なんてないんだと。
私は、グレッグ区長の人となりをよく知らない。
ただ……私が東区でセラたちのついでに聞き込みをした限りでは、あまり評判のいい人物ではない感じだった。
とはいえ実際どんな人物なのか、孤児をどう思っているのか、本人に聞いてみなければわからない。
故に今回尋ねてきてくれたのは、渡りに船かもしれないわ。
もしかしたら、彼女たちの保護の話もできるかもしれないし……。
なんて、私は期待と不安を胸に抱える。
「突然お伺いして申し訳ない。ですが〝救国の英雄〟にお会いできて光栄でございます!」
「はぁ、そっすか」
明らかに遜った様子で手を伸ばしてくるグレッグ区長。
そんな彼の手を、全く興味のなさそうに握り返すアルバン。
グレッグ区長とアルバンの爵位は、一応同じ〝男爵〟。
年齢差や王都区長という立場を考えれば、普通ならグレッグ区長の側が気を遣う必要などない。
むしろ逆にアルバンが敬意を払って接しなければならないくらいのはず。
しかし――今の夫はエルザ・ヴァルランドの反乱を鎮めた〝救国の英雄〟。
王位を継いだアルベール国王とも直に関係を持つ存在でもある。
ともすれば、もう爵位なんて関係ない。
グレッグ区長がアルバンに尊大な態度で接することなど許されない。
それにアルベール国王もまだ口には出していないけれど、アルバンの爵位を上げることも考えていると思う。
グレッグ区長もそれがわかっているから、腰を低くして接しているのでしょう。
でもアルバンはアルバンで、そういう名声とか爵位にはほとほと関心がないから……。
おべっかを使われても、文字通り「はぁ、そっすか」って返答しか出ないのでしょうね。
我が夫ながら、無欲な人。
――なんて思っていると、グレッグ区長は今度は私の方へと顔を向ける。
「奥方様も、お目にかかれて光栄の至りでございます」
「ええ、こちらこそお会いできて光栄ですわグレッグ区長」
「いやはや、まさかバロウ公爵家のご令嬢様がこれほどお美しい方とは……!」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、僅かに瞳を動かして全身を舐めるように見つめてくるグレッグ区長。
……貴族の社交の場では、こんな視線を向けられること自体は特段珍しくもない。
場合によっては、夫が妻を自慢するためにわざとそういう目で見させる――なんてこともあったりするくらい。
勿論、気分はよくない。
けれどこんなことで目くじらを立てていては、貴族の妻は務まらない。
それに、相手に悪気がないこともあったりするから……。
「ぜひぜひ、今後ともよしなに……!」
スッと手を差し出してくるグレッグ区長。
若干不快に感じつつも、その手を取ろうとする私だったが――
「――触るな」
アルバンが、彼の腕を抑えるように掴む。
「俺の妻に、触るな」
「え……あ、あの……!?」
「それと次、もしまた下卑た目を妻に向けてみろ。その両目、抉り出すぞ」
隻眼でグレッグ区長を睨み付け、脅すような口調で言うアルバン。
その言葉を受けたグレッグ区長は慌てて腕を引き、
「こ……これは申し訳ない! い、いやいや、決してそんなつもりではなかったのですが……ハハハ……!」
「で、なんか用件があって来たんだろ? 俺たちになんの用なんだ?」
さっさと本題に入ってくれよ――とばかりに、テーブルを挟んで対面するソファの片方にドカッと座るアルバン。
そんな彼の態度を諫めようか、一瞬だけ悩んだ私だったけれど――敢えてなにも言わないことにした。
見逃さずに庇ってくれたのが……ちょっと嬉しかったから。