レティシアがパチンッと指を鳴らすと、氷漬けになった魚介類共が粉々に砕ける。
バリーン! という爽快な音を奏でて。
強い。
強いし美しい。
もう立ち振る舞いが戦乙女か戦いの女神のソレである。
最高かよ。いや最高以上だろ。
ヤバい、改めて惚れ直しちゃいそう……。
――エルザの反乱があってから半年、レティシアはかなり強くなった。
時間の許す限りオリヴィアさんの下で魔法の修業を積み、扱える魔法の種類も大幅に増加。
俺の目から見ても、彼女はもう十二分に強力な魔法使いだ。
無論、近接戦闘に関しては俺の方に分があるが……魔法対決となったら、油断できないレベルかもしれない。
凄いぞレティシア。
流石は俺の自慢の妻。
あ、でもこのままだと俺の夫としての立場がなくなっちゃいそう……?
俺も魔法の修業をやり直そっかな……。
「――……ほう、中々やるではないか。若造の分際で」
俺が内心で妻を褒めちぎっていると――通路の奥の暗闇から声がする。
コツ、コツという革靴の足音が徐々に近付いてきて――見覚えのある姿が現れた。
「私の可愛い〝眷属たち〟を、こうも容易くあしらうとはな」
「あれ、阿呆のグレッグじゃん」
俺たちの前に現れた、丸々とした体型の中高年。
東区の区長、グレッグ・ドブソン区長だ。
そんな区長の右腕には――大きな古びた本が抱えられている。
「お前さっきまで広場で演説してたくせに、なんでここにいるワケ?」
「演説などとっくに終わらせたわい。そもそもアレ自体が、貴様らを誘き出す催しに過ぎなかったのだからな」
「――なんだと?」
「この地下水道を潰すと喧伝すれば、お前らは必ずここへやって来る……その時に殺してしまえばいいと、あの女が教えてくれたのだよ」
――あの女?
そりゃ誰のことだ――と俺が聞くよりも前に、グレッグ区長はニイッと歪な笑みを浮かべて見せる。
「それだけではないぞ? あの女は事業に必要な金まで貢いでくれた。後は貴様らさえ死ねば、なにもかも私の思うがままだ」
「ふーん……」
貴様ら、ね。
そりゃつまり、俺やガキ共だけに留まらずレティシアも含まれる……と?
――面白い。
「そんなこと……本気でできると思ってんのか?」
「ク、クク……できるとも。この〝魔導書〟さえあれば!」
そう言って――抱えていた古びた本をバッと掲げて見せるグレッグ区長。
直後、レティシアは驚いて目を見開く。
「〝魔導書〟――ですって……!?」
「貴様ら全員、この地下水道の中で死ぬのだ! 私をコケにした罪でなぁ!」
グレッグ区長の両目が血走る。
そして古びた本を開き――
「出でよ〝眷属たち〟ッ! 奴らの肉という肉を、骨から削ぎ落せッ!!!」
――叫喚。
刹那、本が魔力を帯び――
『……ウぅ~』
『うゥ~ウぅ~』
『ウウぅ~……!』
なにもない空間から、下水の中から、壁の中から――呻き声と悪臭と共に、半魚人が這い出てくる。
何匹も、何匹も何匹も――。
その数はさっきの比ではない。
十五、二十、二十五、いやもっと――もっともっと増えていく。
瞬く間に大量の半魚人が通路の中を埋め尽くし――俺たちへと襲い掛かってきた。
『『『ウうウゥぅ~~~ッ!!!』』』
「ちっ」
面倒くせぇなぁ……と思いながら、俺はユラリと剣を構える。
両手で柄を握り、足で地面を踏み締め――薙ぎ払った。
五匹。
まず先頭にいた五匹が、上半身と下半身を二分して青い血をぶちまける。
続けて刃を振るい、後続の半魚人共を文字通り捌くかのように掃除していく。
所詮は数だけの雑魚。
こんなの蟻と変わらない。
踏み潰すのなんて造作もないが――
「ヒ、ヒヒヒ……! どうしたどうした!? 〝眷属たち〟はまだまだいるぞぉ!」
グレッグ区長は続け様に、どんどん半魚人を呼び出していく。
それも絶え間なく。
まるで無限に召喚できるかのように。
クソッタレめ、キリがないな。
さっさと親玉を殺して、ダルい戦いにケリをつけたいところだけど――
『ウぅ~ッ!』
「「「!? きゃああ!」」」
――半魚人がレティシアや子供たちに襲い掛かる。
彼女たちのすぐ傍に、一体の半魚人が召喚されたのだ。
「! ――〔コールド・ホルン〕!」
反射的にレティシアが魔法を発動し、カッと靴底で地面を蹴る。
直後に石畳の地面を突き破り、巨大な氷の角が隆起。
半魚人の胴体を貫き、その巨体をレティシアたちから突き放すように宙へと浮かせる。
当然、半魚人は即座に絶命した。
レティシアの可憐な魔法捌きに子供たちも思わず見惚れ、
「「「お、お姉ちゃん凄い……!」」」
「まだよ、油断しないで! モンスターはどこから出てくるか――」
『――うゥゥ~!』
彼女が注意喚起しようとした矢先、さっそくとばかりに下水の中から半魚人が飛び出してくる。
レティシアへ襲い掛かろうとするその魚介類に対し、俺はすかさず踵を返して間合いを詰めようとしたが――
「――ハァッ!」
『うヴッ!?』
俺が斬り殺すよりも早く、短剣の刃が半魚人の喉元を斬り裂いた。
――セラだ。
彼女がレティシアを守り、敵を蹴散らしてくれたのである。
「……! セラ、あなた……!」
「ここにいちゃダメだ! あっという間に囲まれる! とにかく逃げよう!」
セラは叫ぶ。
まだ短剣を握る手が震えているはずだろうに。
だが、言ってることは正しい。
こんな狭い通路に陣取ってちゃ、遅かれ早かれ包囲されておしまいだ。
ぶっちゃけ俺一人だったなら、適度に半魚人共を死滅させてグレッグの首を刎ねるのは、そう難しくないだろう。
だが実際には、お守をしなきゃならないガキが五人。
レティシアやセラは自衛できるとしても、全く戦えないあのガキ共を守りながら無限とも思える数の敵を相手取るのは、かなり骨が折れる。
しかも半魚人共は、何処からでも湧いて出てくるというオマケ付きだ。
……ここはセラの言う通り、逃げるのが賢明か。
「……レティシア、ここは――」
「……ええ。セラの言う通り――」
「逃げよう」「逃げましょう」
息を合わせたかのように、ピタリと意見が一致する我ら夫婦。
そして俺たちは――全員揃って、脱兎の如くその場から逃げ出した。
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