《レティシア・バロウ視点》
――オリヴィア姉さんから、〝魔導書〟にまつわる話を聞かされた翌日。
私は学園の図書館へと足を運んでいた。
図書館に来た理由は勿論、〝魔導書〟に関するさらなる情報を得るため。
〝薔薇教団〟や〝魔導書〟の件は任せてと姉さんは言ってくれたけど……私はやっぱり居ても立ってもいられなかったのだ。
それに王立学園の図書館ともなれば、貯蔵されている本の数も膨大。
魔法に関係した専門書だって、かなりの数が置いてある。
だからなにか少しでも情報を得られれば――と思って、かれこれ三時間ほど本を読み漁っているのだけれど……。
「ハァ……やっぱり、そんな簡単に〝魔導書〟の情報なんて見つからないわよね……」
私は手にしている分厚い本を、パタンと閉じる。
……残念だが、収穫はほぼゼロ。
どうにか〝魔導書〟の記述がある本を見つけても、記述されてある内容は簡潔な概要程度のモノばかり。
昨日オリヴィア姉さんに教えてもらった話の方が、ずっと情報の密度がある。
とはいえ、魔法省に勤める姉さんですら〝魔導書〟の情報は断片的にしか入手できていなかったのだから、身近な学園で都合よく見つかってくれるはずもない。
あまり期待をしていたワケではないけれど……流石になにも見つからないとなると少し凹むわね……。
……。
…………。
………………。
……いいえ、やっぱりどうにかして〝魔導書〟の情報をもっと集めたい。
〝薔薇教団〟が私たちを狙っているなら、これからも絶対に〝魔導書〟は私たちオードラン夫婦に関わってくる。
アルバンは気にしていないみたいだけれど、なにも知らないままでは、またいつどんな危機が訪れるか……。
アルバンは私との夫婦生活を必死に守ろうとしてくれているのだもの。
妻として、私は私にできることをしなきゃ。
グッと自分に喝を入れ直して、私は再び本探しに入ろうとする。
しかし、その時――
「…………鬱だ」
「え?」
突然聞こえた人の声に、私は思わずビクッと肩を震わせる。
そして声の聞こえた方へ振り向くと――
「鬱だ……鬱鬱する……死にたい……生まれる前に戻りたい……」
そこには、とても陰鬱そうな表情をした男子の姿が。
ボサボサの黒髪を長く伸ばし、目の下に大きなクマを作った、色白の男子。
顔立ちは比較的端正。けれど血色が悪く、そんな顔を隠すように前髪を伸ばしている。
背丈はあまり高くなく、私より僅かに低いくらい。
おまけに猫背になっているものだから、余計に背が低く見えてしまう。
常にブツブツとなにかを呟いていることも相まって、なんだか……第一印象はあまりよくない。
――たぶん、新しく入学してきた一年生かしら?
見覚えのない子だもの。
それにしても、いつの間に図書館に入ってきたんだろう……?
つい今しがたまで、図書館の中には私しかいなかったと思うのだけれど――。
「え、えっと……あなた、誰……?」
「僕……? あれ、僕って誰だっけ……。思い出せないや……」
虚ろな瞳で虚空を見つめ、ぼんやりとした表情で答える男子。
だがすぐにコクッと首を傾げ、
「あぁ、そうだそうだ……。僕はジャック・ムルシエラゴっていうんだった……。でも、名前なんてどうでもいい……」
名前を教えてくれる。
だが相変わらず意識がハッキリしていないのか、どこか上の空だ。
「ちょ、ちょっと……あなた大丈夫……?」
流石に不安になってくる私。
ムルシエラゴ――という姓には聞き覚えがある。
確かヴァルランド王国の北方国境を守る辺境伯の家名だ。
辺境伯は貴族の中でも重要視される地位だし、その令息が王立学園に新入生として入学してきたというのは、なんら不自然はない。
ただ自分の名前すら思い出せないというのは……正直かなり精神状態に問題のある人物だと思うのだけれど……。
それに表情を見ても、明らかに具合が悪そうだし……。
なんだか心配になってくるわ……。
私は不安と困惑で、しばし言葉を失う。
すると、
「……お姉さんは、レティシア・バロウっていうんだよね……?」
唐突に、彼は訪ねてくる。
どうやら――私のことを知っているらしい。
「…………ええ。もっとも、今は姓が変わってレティシア・オードランというけれど」
「オードラン……オードラン……。あぁ、そうだ、アルバン・オードラン……」
ジャックは思い出したようにアルバンの名を呟くと、
「彼は……この学園の〝王〟なんだよね……?」
「ええ、そうよ」
「それじゃあ……アルバン・オードランを倒せば……僕はこの学園の〝王〟になれるかな……?」
ニヤリと不気味な笑みを口元に浮かべ、そんなことを言った。
その一言を受け――私の彼に対する心配は消え去る。
「――無理よ」
「へぇ……?」
「アルバンは――私の夫は、誰にも負けないわ。勿論、あなたにもね」
私は毅然とした口調で言い放つ。
どうやらジャックは、一年の〝王〟となってアルバンに挑むつもりらしい。
ユーリと同じように。
でも、アルバンが負けることなどないわ。
だって――彼は最凶なのだもの。
「……うぅ~ん……そっかぁ……無理かぁ……。鬱だなぁ……」
突然、ジャックはまるで眩暈でも起こしたかのようにふらつき始める。
そしてヨロヨロとこちらに近付いてきて、倒れるように私に身体を預けてきた。
「きゃっ……! あ、あなた、やっぱり具合が悪いの……!? すぐに医療棟へ――!」
仕方なくジャックを支える私。
最初は、貧血にでもなってしまったのかと思ったのだが……すぐに違和感に気付く。
ジャックは私の胸元に顔を埋め――頬擦りする。
まるで、胸の感触と体温を味わっているみたいに。
直後、ジャックは恍惚とした表情を浮かべて――
「お姉さんの身体……温かいなぁ……。お姉さんみたいな人から、生まれ直したいなぁ……」
流し見るように私の顔を見上げ――そんな言葉を呟いた。
「――ッ!!!」
――全身に鳥肌が立つ。
反射的に、突き放すようにジャックから離れる。
そして間髪入れず――私は右手で、彼の頬を引っ叩いた。
待ってくれ、ワシは大変な変態が書きたかっただけなんじゃ。
__[騎]
( ) (‘A`)
( )Vノ )
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