「あれ、エステルじゃん。お前なんでこんなとこにいんの?」
「なっ、なんだ貴様!? オードラン男爵の仲間か!?」
突然現れたエステルに驚きを隠せないグレッグ区長。
しかしそれも束の間、続け様に他の分岐水路でも半魚人共が吹っ飛ばされ始める。
そして――見覚えのある顔が次々と現れ始めた。
「よー、オードラン男爵! 久しぶりだな!」
「フン……こんな薄汚い場所で、一体なにをやっているのかと思えば……」
――長柄槍を携えたチャラそうな男、マティアス・ウルフ。
――片手剣を持った眼鏡の男、イヴァン・スコティッシュ。
「水臭いではないか! 戦とあらば、まずはこのローエンを呼ぶべきであろうに!」
「ハロハロ~アルくん♥ ウチらが助けに来たよん♪」
――戦斧を担ぐ赤髪の男、ローエン・ステラジアン。
――クロスボウを構える猫撫で声の女、ラキ・アザレア。
「ま、間に合ったみたいですね……よかったぁ……!」
「うん……これも、シャノアちゃんの招集が早かったお陰……」
――大きな鞄を重そうに持つ女、シャノア・グレイン。
――苦無を手にマスクで口元を覆った女、カーラ・レクソン。
そんな――七名のFクラスメンバーたちが、この地下水道に一堂に会する。
さらによく見ると、シャノアの足元に隠れるベンの姿も。
ああ、なるほど――
アイツが、Fクラスの皆を呼んでくれたのか――
突然に現れたFクラスメンバーたちの姿を見て、グレッグ区長は激しく狼狽する。
「な、何故だ、どうやってここに来た……!? 地下水道の中は、〝眷属たち〟で一杯だったはずなのに……!」
「貴様の言う〝眷属たち〟なら、既に僕らが片付けた。なんの苦もなかったよ」
イヴァンがヒュンッと片手剣を振るって、つまらなそうに言う。
「残っているのは――貴様を含めて、ここに群がっている虫けらだけだ」
「こ、こ、小癪な……! 〝眷属たち〟!」
『『『ウウぅ~~~ッ!』』』
「皆殺しだ! コイツらを皆殺しにしろ!」
グレッグ区長に命令されるや否や、半魚人共はFクラスメンバーに一斉に襲い掛かる。
だが――それは無駄な足掻きだった。
エステルやイヴァンたちはすぐさま応戦。
そして驚くほど手際よく半魚人共を駆逐していく。
二百匹はいたであろう生臭の大群が瞬く間に数を減らしていく光景は、見ていてなんとも爽快だった。
勿論、グレッグ区長も〝魔導書〟でどんどん半魚人共を追加召喚。
だが明らかに、Fクラスメンバーが敵を死滅させていく速度の方が速い。
幾ら無限に召喚できたとしても、所詮雑魚は雑魚――。
今や王立学園二年生の中で最強のクラスとなったFクラスにとっては、赤子の手を捻るようなモノ。
まさに無双状態。
鎧袖一触だ。
「お、お、おのれぇ……!」
形勢が逆転したと悟ったらしいグレッグ区長は、標的を再び俺や子供たちへと戻す。
「〝眷属たち〟よ! 先にアイツらを――!」
「――〔アイシクル・スピア〕」
グレッグ区長が命令しようとした直前――今度は半魚人共の一部が、降り注ぐ氷の槍で一斉に串刺しになる。
この魔法は――
「そう易々と……大事な夫と子供たちをやらせるとお思い?」
「! レティシア……!」
氷属性の魔法を放ち、水路の一つから姿を現した女性。
それは我が最愛の妻、レティシア・オードランだった。
これで――Fクラスが全員集まったことになる。
「ふぅ……どうやらベンのお使いも間に合ってくれたみたいね」
ドレスを泥だらけにしながら、安堵の表情を浮かべるレティシア。
そしてチラッと俺の方を見ると、パチッとウインクしてくれる。
可愛い。
最強に可愛い。
泥だらけになった姿まで可愛いとか無敵過ぎる。
その上カッコいい。
やっぱ俺の妻って無敵では……!?
なんて思ったのも束の間――レティシアに続いて、水路の中からもう一人女性が現れる。
「あらあら……可愛い妹に呼び出されて駆け付けてみれば、こんなに面白い光景が見られるなんてね」
コツ、コツ――と奏でられるハイヒールの足音。
レティシアにそっくりな白銀の髪と青い瞳。
そのすぐ傍には〝氷の精霊〟が揺蕩っている。
そんなレティシア似の女性を見たグレッグ区長はさっきまでとは一転、ギョッとしたような表情になる。
「お、お、お前は……オリヴィア・バロウ公爵令嬢……!」
「控えなさい、グレッグ・ドブソン。一体誰に向かって口を利いていると思っているの?」
レティシアと共に現れた、レティシア似の女性。
それは言うまでもなく、レティシアの姉であるオリヴィア・バロウさんだった。
――どうやらレティシアは地下水道から脱出した後、ベンにはFクラスの皆を集めさせ、自らはオリヴィアさんを呼びに向かったらしい。
確かにこの状況にあっては、彼女より心強い人材はいないかもしれない。
オリヴィアさんは魔法省に勤める役人であり、言わば魔法の専門家。
〝魔導書〟なんていうよくわからんモノの処理を任せるにはピッタリだ。
そしてなにより、彼女はバロウ公爵家の公爵令嬢。
俺と同じ男爵のグレッグ区長とは、地位も階級も月とスッポンほども差がある。
……自分で言ってて、少し悲しくもなるが。
なのでとてもじゃないが逆らえないし、この状況では言い訳もできまい。
そういうのが全部わかった上で、レティシアも義姉さんを呼んだのだろう。
まったく、本当に出来る妻だよ。
オリヴィアさんは見下すような冷たい眼差しをグレッグ区長へと向け、
「どうやら妹が随分お世話になったらしいですわね。それと――その本、〝魔導書〟なんだとか?」
「む、むぐぐ……!」
「実に興味深い……。魔法省に勤める身としては、それが本物なのかどうか調べないワケには参りませんわ」
「だっ、誰が貴様らなんぞに〝魔導書〟をくれてやるか! この本は私の――!」
グレッグ区長は右手で〝魔導書〟を掴んで大きく掲げ、再度半魚人共を呼び出そうとする。
だが――
「――やらせるかって」
タンッ――と地面を蹴り、俺は跳躍。
こちらへの注意が逸れた隙を見計らって、一瞬でグレッグ区長に間合いを詰める。
そして――横一閃、剣を振り抜いた。
「…………あ……?」
――〝魔導書〟を掴んだままのグレッグ区長の右手が、ボトリと地面に落ちる。
直後、彼の右腕から大量の血が噴き出した。
「う――うおおおおおおおおおおああああああああああああああッッッ!!!」
痛みのあまり地面に膝を突き、絶叫するグレッグ区長。
俺はその首に、剣をあてがう。
「終わりだ」
「ク……ク……クソがぁ……!」
ボタボタと血を垂らす右腕を必死に抑えながら、グレッグ区長は苦悶と憎悪の表情でこちらを見てくる。
どうやら、まだ諦めてはいないようだが――
『……ふーん、ここまでかしらねぇ』
――その時だった。
どこからともなく、女の声が響く。
『憐れで醜い小豚さん……もうちょっとくらい興奮させてくれると思っていたのに、ガッカリ』
「……! こ、この声……貴様、どこにいる!? は、早く私を助けろ!」
その声に覚えがあるのか、助けを求めようとするグレッグ区長。
しかし――次の瞬間、彼の右手ごと地面に落ちていた〝魔導書〟が、突如ボウッと燃え上がる。
「! 〝魔導書〟が……!」
突然青い炎に包まれ、一瞬の内に灰すら残さず消えてなくなる〝魔導書〟。
直後――まだイヴァンたちと戦っていた残りの半魚人共の様子が、一変する。
『……ウぅ』
『うぅウ~』
『ウうぅウ~』
半魚人共は唐突に戦いを止めたかと思うと、クルリと身体の向きを変え――グレッグ区長の方へと近付いてくる。
それも、全ての個体が。
『ねぇ、ご存知? 動物は他の動物に捕食される時、もの凄い絶頂を覚えるの』
「な……なに……?」
『生きたまま食べられるのって、逝っちゃうほど気持ちいいんですってぇ。あなたも――感じてみたいでしょう?』
――言葉の中に込められた、濁り切った蜜のような殺意。
それを感じ取った俺はすぐにグレッグ区長の傍から離れ、セラたちの元へと戻る。
そうして――グレッグ区長は、完全に半魚人共に取り囲まれ――
「や……やめろ……来るな……来るなああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
一斉に、半魚人共はグレッグ区長へと襲い掛かる。
文字通り、大きな餌に群がる魚群のように。
……グレッグ区長は生きたまま骨から肉を刮ぎ取られ、臓物を食い荒らされていく。
断末魔。
肉が裂ける音。
半魚人共の咀嚼音。
丸々と太った身体が貪り食われていく、筆舌に尽くしがたい光景。
俺は反射的に、傍にいたセラの目を手で覆った。
「……セラ、見るな」
後ろにいる子供たちも、恐怖のあまりグッと目を瞑る。
そしてものの数分としない内に……半魚人共は食事を終えた。
『うゥ~』
『ウぅぅ~』
どこか満足気に唸るような鳴き声を奏でた半魚人共は、壁の中や地面の中、あるいはなにもない空間の中へと姿を消していく。
まるで、元いた場所へと帰っていくように。
最後の一匹が消え、その場所に残ったのは――グレッグ区長だったモノだけだった。
『――アルバン・オードラン。それからレティシア・オードラン』
再び、ねっとりとした女の声がする。
けれど姿は見えない。
『夫婦の愛……素敵だわぁ。愛さえあれば、人は生きられる。愛さえあれば、どんなに激しい拷問も極上の快楽へと変わる……そうよねぇ?』
「……」
『愛は美しい。けれど愛が一番美しく輝くのは……二人の仲が穢され引き裂かれ――そして壊れる瞬間』
「――おい」
俺はそこまで聞いて――女の声を遮る。
「お前がどこの誰か知らんが……レティシアになにかするなら、殺すぞ」
『うふふ、怖い怖い。怖い人って大嫌いで、大好き! 興奮しちゃうんだもの!』
煽るような、嘲るような笑い声。
しかしすぐに笑いは止み、
『でも、今日はご挨拶だけ。いずれ私から会いに伺うわ。ええ、そう……〝薔薇色の黄昏時〟に――またお会いしましょう』
そう言い残して――濁った蜜のような気配は、完全に消え失せたのだった。
ちなみに僕は捕食フェチとか丸吞みフェチではありません(꒪ཫ꒪; )
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