「二年生ねぇ……。なんか、あんま実感ねぇな~」
朝のホームルームを終えた俺は、廊下の中を歩きながらそんなことをボヤく。
そんな俺の隣にはレティシア――とイヴァンの姿が。
「フッ、我が〝王〟は相変わらず呑気なことだ」
微笑しつつも呆れた様子でイヴァンは言う。
お前なにちゃっかり俺とレティシアの幸せ空間に割り込んどんねん。
俺たち夫婦の二人きりの時間を奪うとか、死罪だぞ死罪。
首跳ね飛ばしたろか。
……なんて言ったらレティシア怒るから、言わないけど。
それに一応イヴァンなりに気を遣っているのか、コイツは俺の右隣を歩いている。
今の俺は、右半分の視界がない。
右目を眼帯で覆っているからな。
だから実際、今俺はイヴァンの姿が見えてはいない。
気配だの音だので、具体的に今どこにいてどんな動作をしてるのかは、手に取るようにわかるけど。
――右目の視力を失って以降、俺は常にレティシアの右側を歩くように心掛けている。
残った左目の視界で、常にレティシアの姿を捉えられるようにと。
いつ如何なる時も、彼女の身をすぐに守るために。
すぐ傍にいながら、妻が死角にいたせいで助けられませんでした――なんてことになれば、夫の名折れだからな。
レティシアもそれを察してくれたのか、いつの間にか自然と俺の左側を歩いてくれるようになった。
流石は俺の妻。
出来る女だよ、うんうん。
……でも同時に、死角である俺の右側はクラスメイト共の定位置みたいになりつつあるんだけど。
一応アイツらなりに気を遣ってくれてるんだとは思うが、時々「見えない場所からいきなり話しかけてくるのマジやめろ」と思ったりもする。
俺は小さくため息を漏らし、
「呑気で悪いかよ。どうせ二年に上がったって、やることは変わらんだろーが」
あくび混じりに答える。
進級したって、別にやることは去年と変わらん。
他のクラスぶちのめして、ポイントを稼いではい終了ってな。
どうせ一年の時と同じことを繰り返すだけになるんだ。
呑気にもなるわ。
それにエルザがいなくなった今、学園の中でレティシアの命を狙ってくる阿呆もいない。
せっかく平和になったんだから、静かな時間を怠惰に過ごしたいもんだ。
なんて思ったのだが、
「……あまり油断していると、足元に火が付くかもしれないぞ」
真面目な声色で、イヴァンが言った。
続けてレティシアも「そうね」とイヴァンに同意し、
「アルバン……私たちは今や二年生を制した最優秀クラスであり、あなたはその頂点に立つ二年生全ての〝王〟なのよ?」
「ん、わかってるけど……」
「ならば、私たちと同じように最優秀クラスの座を奪い合い、その頂点に立った一年生が最後に挑んでくるのは――あなたになるわ」
どこか警戒したような様子で、レティシアは言った。
……確かに、まあそうなるのか。
ファウスト学園長が定めた新校則ってのは、文字通りの〝支配者〟を決める行為。
一年生全ての〝王〟が決まれば、二年と一年で学年が違うとはいえ、この学園に二人の〝王〟がいることになる。
――〝王〟は二人もいらない。
ファウスト学園長は必ず争わせようとしてくるだろう。
より優れた者はどちらなのか、見極めるために。
あのジジイの考えそうなことだ。
くだらんな、全く。
くだらないし、面倒くさい。
俺はレティシアと静かに過ごしたいだけなのによ。
イヴァンは短く息を吐き、
「…………今年入学してくる一年は、優秀で野心に溢れる者たちが揃っているらしい。去年のキミの武勇伝を聞いているのだから、尚更に目をギラつかせていることだろう」
どことなく――憂いを帯びた言い回しで、そんなことを言ってくる。
イヴァンは続けて、
「……それで、どうするんだオードラン男爵?」
「あぁ?」
「一年の頂点に立った者が、もしキミに〝学園の王〟の座を賭けて勝負を挑んでくるとしたら……キミはどうする?」
「どうもこうもあるか。そんなの決まってんだろーが」
そう答え――カチャリ、と腰の剣に触れる。
降りかかる火の粉は、全て薙ぎ払う。
それが俺のやり方でありモットーだ。
相手が誰であろうと、容赦などしない。
もっとも、レティシアの身に危険が及ばないなら適当に処理して終わるけど。
面倒くさいし。
そんな俺の答えを聞いたイヴァンは、
「そうかい……。ならばいいんだ」
フッと笑い、短く言葉を終わらせた。
……なんだ?
な~んかさっきから、イヴァンの言い回しに含みがあるような……?
あんま声に元気がないような気も……。
レティシアもそれに気付いたらしく、
「イヴァン……あなた――」
「レティシア嬢、スコティッシュ家のことなら気にするな。キミたちはキミたち自身のことを心配すべき、そうだろう?」
……スコティッシュ家?
なんで今、唐突にスコティッシュ公爵家の話が出てくるんだ?
――などと思っていると、
「……ん?」
ふと気付く。
廊下の先――俺たちの進行方向上に、一人の男が立っていることに。
――細身の美男子。
それも、とんでもない美形だ。
顔立ちは少々中性的かつ童顔。
青みがかった黒髪を長めに伸ばし、前髪を右側に流して顔の右半分を覆い隠している。
そのため、幼さの残る可愛らしい顔立ちなのに、どことなくミステリアスな雰囲気も持ち合わせている。
背丈は俺よりも少し低いくらい。
細身故に、パッと見では華奢な印象を受けるだろう。
しかし貴族衣装に身を包んだその肉体は体幹に優れ、よく鍛えられてあると、俺の隻眼には映った。
そしてなによりも――全身にまとう、嫌味なほどの高貴さ。
自分が貴族であり、貴族らしく振る舞おうとしているのがヒシヒシと伝わってくる。
それは威圧感となり、同時に近寄り難さにもなっている。
可愛い顔のくせに威圧感があるとか、まるでハリネズミかなにかだな。
おそらく――というか間違いなく、今年入学してきた一年生だろう。
そんな一年らしき美男子は、コツコツと足音を奏でながら――こっちに近付いてきた。
「……お久しぶりですね、イヴァンお兄様」
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