「イヴァン……お兄様ぁ……?」
俺は思わず左目を点にし、反射的にイヴァンの顔を見る。
すると――イヴァンの表情は険しく、真っ直ぐ美男子の方を見つめていた。
「……ユーリ」
ポツリ、と呟くように名前を呼ぶイヴァン。
その名を聞いたレティシアは、何故かハッとしたような表情を見せる。
「! ユーリ、って……それじゃ、彼がユーリ・スコティッシュ!?」
「ああ……僕の〝弟〟であり、スコティッシュ公爵家の現跡取りだ」
驚くレティシアにイヴァンは答え、数歩前へと歩み出る。
「久しぶりだな、ユーリ。変わりないようでなによりだ」
「ええ……お兄様の方は、すっかり変わられてしまったようですが」
――まるで突き放すかのような、冷たい声。
いや、声だけでなくイヴァンを見る目つきも、凍り付くほどに冷たい。
どうやら、兄との再会を喜んでいるってワケじゃなさそうだ。
にしても――イヴァンの弟、か。
兄弟って割りには、あんま似てないな。
髪の色こそ同じだが、顔立ちは全然違う。
もしかするとイヴァンは父親似で、このユーリって弟は母親似なのかもしれない。
だが……雰囲気というか、その身にまとう覇気はそっくり。
もっとも、弟の方が些か刺々しい感じもあるが。
イヴァンは短い沈黙の後、
「お前が王立学園に入学することは知っていた。だが、お前の方から僕に会いに来るとは思わなかったぞ」
「……今や私の方が、スコティッシュ公爵家の中での立場が上だから――ですか?」
「……」
ユーリの言葉に沈黙で答えるイヴァン。
ユーリは続けて、
「私は……正直、ずっと信じていませんでした。私が尊敬し、愛してやまなかった誇り高いお兄様が、オードラン男爵などという遥か格下の者に懾伏したなんて……なにかの間違いだと」
チラリ、と俺の方を流し見てくるユーリ。
お、なんだぁ? やるか~?
喧嘩売ってるなら買うぞ、コラ。
俺は腰の剣に手を伸ばしかけるが、すぐ隣にいるレティシアが「アルバン」と小声で言い、俺の左袖をキュッと引っ張る。
どうやら「喧嘩はダメ」ってことらしい。
う~む、レティシアがそう言うなら大人しくしていよう……。
イヴァンはスッと眼鏡を動かし、
「口を慎み給えユーリ。アルバン・オードラン男爵は、今やヴァルランド王国の英雄と呼び称されているのだぞ」
「それもです。本来なら、〝救国の英雄〟と称賛されるのはお兄様でなければいけなかった」
「……!」
「お兄様……学園に入られる前のあなたは、さながらスコティッシュ公爵家の生き字引のような方でした。気品があり、誇り高く、まるで夜空に輝く一等星のように眩しくて……覇気に満ちたあなたの姿は、時に近寄れないほど恐ろしいと、そう感じる時すらあった」
そう語るユーリの声に――段々と、失意が混じっていく。
「ですが……今のお兄様からは、あの頃の輝きを感じられません」
「ユーリ……」
「何故オードラン男爵の隣を歩いているのです? 何故オードラン男爵を背に歩こうとしないのです? お兄様は――〝最優であって当たり前〟という、スコティッシュ公爵家の家訓を忘れてしまわれたのですか?」
失意と――怒り。
いや、憎悪と言った方がいいか。
ユーリの言葉とイヴァンを見つめる目は、これ以上ないほどの侮蔑で満ちていた。
「私は、スコティッシュ公爵家を継ぐお兄様のためなら、この命捨てても惜しくないと心から思っていました。けれど……私の愛したお兄様は、もういないのですね」
そう言って、ユーリはクルリと俺たちに背を向ける。
「私は必ず一年を制し、〝王〟となります。そしてアルバン・オードラン男爵を倒して、学園の王座を我が物とする――。今日はその宣言をしに来ました」
「……そういう形で僕に引導を渡すのが、自分の役目だとでもいうのか? ユーリ・スコティッシュよ」
「はい。これはスコティッシュ公爵家の指示ではなく――あくまで私の意志です」
そう言い残し――ユーリは俺たちの前から去っていった。
俺は「チッ」と舌打ちし、
「小生意気なクソガキめ。な~にが学園の王座を我が物とする、だよ」
ペッと吐き捨てるように言う。
気に食わないね、あの露骨に人を舐め腐った態度。
喋り方が如何にも鼻に付く感じが、最初に会った頃のイヴァンにそっくりだ。
そもそも王座に挑むっていうなら、イヴァンじゃなくて俺に挨拶するのが筋では?
完全に俺のこと見下してるな?
もしあの態度でレティシアのことまでバカにしてたら、俺はすかさずグーが出てたわ。
だってムカつくから。
レティシアも頭を抱え、
「イヴァン……弟さんには、なんだか随分と倒錯した想いを抱えられてしまったようね」
「フッ、そうでもない。予想はしていたことさ」
悩ましそうにするレティシアに対し、苦笑しつつもクールぶって言葉を返すイヴァン。
イヴァンはユーリが去って行った方向を見つめて、
「……心配するな。いずれユーリにもわかるだろう。オードラン男爵――いいや、キミたち夫婦がどれだけ凄いか、ということが」
そんな風に語るイヴァンの表情は――少しばかり、物悲しそうに見えた。
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