「ハァ……ハァ……!」
レオニールは息を荒げ、剣を握る手を震わせる。
同時に身体を硬直させ、滴る汗が地面へと落ちる。
「勝負あり! レオニール・ハイラントくん――死亡です!」
パウラ先生が決闘の終了を宣言した。
つい数秒前、俺の放った斬撃が彼の身体に命中したのだ。
「さ、流石だな、オードラン男爵……。手も足も出なかったよ……」
「……ああ」
俺はレオニールを見下ろすように立ち尽くし、その姿を見つめていた。
――どれくらい斬り合っていただろうか?
少なくともイヴァンたちよりもずっと長い時間、彼と斬り結んでいたように感じる。
……手も足も出なかった、だって?
冗談じゃない。
俺は、途中からほとんど本気だった。
油断すれば負けるかもしれない、そんな恐怖が心の片隅に芽生えていた。
――やはり断るべきだった。
この決闘を。
だがどうしても、心の中に疑念が湧いたのだ。
”今の俺と主人公ならどちらが強いのか?”
三対一で勝利し、慢心したからか?
それとも手に剣を握っていたからか?
ともかく俺は、レオニール・ハイラントの挑戦を受けてしまった。
結果は――勝利。
だが俺の心の内は、まるで穏やかではなかった。
……レオニールは剣の天才だ。
紛れもなく。
俺がセーバスの下であれほど努力を積んできたにも関わらず、実力差はほんの僅か。
もしレオニールがあと少しでも強くなれば――。
決闘が終了し、レオニールの拘束が解放。
動けるようになった彼は剣を鞘にしまい、手を差し出してくる。
「でも、戦えてよかった。正直剣には自信があったんだけど、自分の実力ってのがよくわかったよ」
「……いや、レオは十分強かった。俺もまだまだ努力が足りないと思い知ったさ」
俺は彼の手を握り、握手する。
心の内を読まれないよう、顔に微笑を浮かべながら。
……やはり危険かもしれない。
レオニール・ハイラントは、いずれ俺を超えてくるかもしれない。
そしていずれ、ファンタジー小説と同じ結末を辿らせてくるかもしれない。
俺は、コイツを野放しにしておいていいのだろうか――?
ドス黒い感情が胸中を渦巻き始める。
しかし、
「……うん、よし、決めたよ」
レオニールはなにやら決心した様子を見せると、俺から手を離した。
「……? 決めたって、なにを――」
「オレは――あなたの”騎士”になる」
「はい?」
彼はそう言うと、クラスメイトたちの方へと振り向く。
そして――
「皆、聞いてくれ! オレは今より、アルバン・オードラン男爵の”騎士”となる! オレも――彼をクラスの”王”に推薦する!」
▲ ▲ ▲
「……面倒なことになってしまった」
――放課後。
がっくりと項垂れた俺は、レティシアと一緒に城下町へと赴いていた。
王立学園は放課後の外出が認可されており、門限さえ守れば自由に城下町と行き来できる。
そこで王都出身である彼女が、ぜひ町中を案内したいと言ってくれたのだ。
決闘を頑張ってくれたご褒美、という意味合いもあるのだろう。
レティシアは俺の隣を歩きながら不思議そうな顔をし、
「さっきからどうしたの? レオに推薦されてから、ずっと様子が変よ?」
「いやまあ、色々思うところがあって……」
「彼の剣術は、あなたも認めるほどなのでしょう? クラス内に味方もできたし、喜ぶべきだと思うわ」
うん、わかってる。
普通に考えればそうだよな。
でも残念なことに、アルバン・オードランにとって最も警戒しなきゃいけない危険人物なんだよね、アイツは。
いつ俺を破滅させるかわからないんだよ、マジで。
なのにどうして、俺をクラスの”王”に推薦させるなんて言い出したのか……。
わからん。
も~わからん。
それに人懐っこいレオニールのことだ。
性格上、これからも俺に絡みまくってくるかもしれない。
下手をすると、距離を置きたくても置けなくなってしまうかも。
俺にとっちゃ、まるで爆弾を抱えて日常生活を過ごすようなもんなんだが?
敵対関係にならなかったのはありがたいけど、まさかこんな展開になるとは……。
これはもう先が読めなくなった。
明確に言えるのは、この世界はファンタジー小説とは異なるルートを辿り始めたということ。
やれやれ、これから一体どうなってしまうのやら……。
「そもそもレティシア、どうして俺をクラスの”王”になんて推薦したんだよ」
「私はただ事実を述べたまでよ。あのクラスに、あなたよりも相応しい人物なんていないもの」
「俺はそんな面倒な立場に興味ないぞ」
「なら、皆仲良く退学する? あの様子じゃ絶対に”王”なんて決まらないわよ」
「……それは勘弁だな」
言えてる。
あれだけ我の強い連中が一つのクラスに集められたのだ。
たった一ヵ月で王様なんて決まるワケない。
やれやれ、とんでもないクラスに編入されてしまったもんだ……。
「それよりアルバン、城下町はどう? あまり来たことがないのよね?」
「ん? ああ……かなり小さい頃に一度来たきりだけど……」
もう記憶も定かではない。
まだ両親が生きてた頃、たぶん五歳とか六歳とか、本当に幼い時だったからな。
だから記憶補正もなにもあったもんじゃないが――
「オードラン領と比べてずっと賑やかだし、人や物の多さも比べ物にならない。街並みも鮮やかで圧倒されるよ」
「楽しい?」
「勿論」
「フフ……ならよかったわ」
なんとも嬉しそうに、朗らかな笑顔を見せてくれるレティシア。
彼女は普段あまり笑ってくれないが、時折見せてくれる笑顔は格別に可愛らしい。
「王都は私の故郷だから。アルバンに気に入ってもらえて嬉しい」
「……バロウ家が恋しくならないか?」
レティシアの実家であるバロウ公爵家。
その屋敷は王都の中にある。
行こうとさえ思えば、行けてしまうのだ。
誰だって、自分の家が恋しくなる時はあるだろう。
だから俺としては、気遣いのつもりで聞いたのだが――
「全然。だって私の戻るべき家は、もうオードラン領にあるのだもの」
さも当然のように、彼女は言い切る。
「それに……私にとっても最も恋しい場所は、アルバンの隣よ」
「……俺もだよ。キミの隣にいられるのが、一番嬉しい」
互いに手を取り合い、微笑を浮かべる俺とレティシア。
すると、
「ヒソヒソ……ねぇアレ見て、こんな道端で愛を囁き合ってるわ……!」
「ヒソヒソ……王立学園のカップルよね……?」
「ヒソヒソ……昼間から堂々と見せつけてくれちゃって……!」
いつの間にか、周囲から熱視線を浴びていた。
しまった、完全に二人きりの世界に入り込んでしまっていたな……。
「ン、ン゛ン゛っ! レティシア、ちょっと離れて歩こうか」
「そ、そうね。人並みなパーソナルスペースを維持しましょう」
めっちゃ恥ずかしくなって、俺たちは顔を赤くしたままその場を去る。
しかし、初の城下町デートはまだ始まったばかり。
俺たち二人はほんの少し距離を開けつつ、足並みを揃えて町の中を進んでいった。