「――よし、殺そう。すぐに殺そう。早く殺そう。今すぐ殺そう。いや、殺す」
俺は壁に立て掛けてあった剣をむんずと掴み、個別棟から出て行こうとする。
「絶対に殺す。でも普通には殺さん。生きたまま皮を剥いで、舌と目を抉り抜いてから殺してやる。殺した後は炭になるまで燃やして、それから犬の餌にしてやる」
俺、ただいま絶賛ブチ切れ中。
なんでかって?
ハハハ、そんなの決まってるだろ?
聞きました。
我が最愛の妻が、一年坊に殺されそうになったって。
しかも言葉にするのも憚られるような、気色悪いセクハラをされたって。
俺たち夫婦の間に隠し事はナシ。
なので、レティシアは若干言葉を濁しながらも話してくれた。
ちゃんと話してくれて、俺は嬉しい。
が――最悪だ。こんな気分になったのは久しぶりだ。
腸が煮えくり返るって感覚を、しばらくぶりに味わってる。
腹の奥がキリキリとするレベルで、激しくムカついている。
殺そう。
殺さないと気が済まない。
いや、殺したって気が済まないかもしれない。
気が済まなかったら、腹いせに世界でも滅ぼしてやろうかな、ワハハ。
なんて、俺が憤怒に身を焦がしていると――
「……アルバン、少し落ち着いて頂戴」
椅子に腰かけたレティシアが、頭を抱えながら言う。
「取り乱さずに聞いてって、先に言っておいたでしょう?」
「これが取り乱さずにいられるか。俺にとって世界で一番、なによりも大事な人が穢されそうになったんだぞ?」
俺、マジ、怒髪天。
怒りのボルテージは最高潮だ。
目の前に置かれた最上級ステーキに蜂蜜をぶっかけられたとしても、ここまで怒れないかもしれない。
妻の身体が淫らに触られ、挙句殺されそうになったと聞いて、怒らない夫がどこにいる?
いないよなぁ?
ここで激怒して目一杯報復してこそ、夫の甲斐性ってモンだよなぁ?
今回ばかりは、レティシアが収めようとしても収まらんぞ。
俺の愛する妻に手を出したらどうなるか、目にもの見せてやる。
レティシアは「ハァ……」と口からため息を漏らし、
「……ねえアルバン。もし仮に、あの時私が〝穢された女〟にされてしまっていたとしたら……あなたは私を捨てる?」
「は? 捨てるワケないが? むしろより一層大事にするが? 一生涯かけて溺愛して永遠に離さないで墓まで一緒に入るが?」
わかり切ったこと聞くな。
穢されたからなんじゃい。
それでレティシアの価値が一ミリでも下がると思ったら大間違いやぞ。
俺にとってレティシアはかけがえのない唯一無二のお姫様や。
なにがなんでも捨てたりなんてせーへんぞ!
なにがなんでもじゃ!
なんて、レティシアに言っても仕方ないので言わないが。
もう頭に血が上り過ぎて、口調すらおかしくなってきた気がする。
やっぱり殺さないと収まらない。
我が怨敵、許すまじ――。
レティシアが受けた恐怖を五千兆倍にして返してやる――。
などと思いながら、俺はギリギリと歯軋りを鳴らす。
しかし、
「クスッ――それを聞けたら、私は満足よ」
そんな俺とは対照的に、レティシアはいきなり朗らかに笑って見せた。
「え……レ、レティシア……?」
「ほらアルバン、座って?」
「い、いや、でも……」
「いいから、座って頂戴。ね?」
むぐぐ……。
むぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……っ!
数秒間、激しく己の中で葛藤した俺は――スゴスゴとレティシアの前まで歩き、彼女の前の空き椅子に座った。
……なんだか負けた気がする。
いや、別に勝ち負けの問題じゃないけど。
椅子に座った俺に対し、彼女は細く綺麗な手を伸ばす。
そして、そっと頬に触れてくれた。
「ありがとう、アルバン。私のために怒ってくれて嬉しいわ」
「……夫が妻のために怒るなんて当然だ」
「なら、妻が夫のために我慢するのも当然よね」
レティシアはまるで俺を落ち着かせるように、穏やかな声で言い聞かせるように言う。
「ジャックは辺境伯であるムルシエラゴ家の令息よ。下手に刃傷沙汰なんて起こしたら、オードラン家やバロウ家を巻き込んだ紛争になりかねないわ」
「俺は望むところだが。つーか、先に狙ってきたのは向こうの方だろ」
俺は不貞腐れ気味にテーブルの上で頬杖を突き、
「そのエスカルゴとかいう辺境伯は、ハナから俺たちとやり合う気なんじゃないか? なんの恨みがあるのか知らないけどよ……」
「そこなのよ」
「え?」
「バロウ家とムルシエラゴ家が揉めたなんて聞いていないし、そんな過去もないはず……。それにあの様子だと、ただ〝王〟の座を狙っていただけにも思えなくて……」
レティシアは口元に指を当て、考えを巡らせるように言う。
同時に、腑に落ちない――といった表情をしながら。
「あの時の、彼の目……。完全に正気を失っていたわ。ムルシエラゴ家はどうしてあんな精神状態の子を入学させたのか……」
「別に精神がどうのって話じゃなくて、ただのどうしようもない超ド級の変態だったってだけじゃないのか~? まあレティシアが魅力的だと思う点だけは同意してやるが」
「……いえ、アレは――」
レティシアは「うん」と一人で頷きつつ、
「少し、ムルシエラゴ家にコンタクトを取ってみようと思うの。答えが返ってくるまで、ジャックのことは様子を見ましょう」
「……」
「アルバン、お返事は?」
「……ふぁい」
「よろしい」
まるで母親のようにピシャリと言うレティシア。
いや、俺ほぼ母親の記憶ないから知らんけど。
うぅ……妻に手玉に取られている気がする……。
それはそれで別に構わないんだけど……。
しかし――俺も俺で、夫の尊厳というモノがある。
「でもなレティシア……キミがそう言うなら、俺からも条件があるぞ」
「あら、なあに?」
「ジャックのことが色々わかるまで――っていうか一年の〝王位決定戦〟が終わるまで、絶対に俺と一緒に行動してくれ。キミのことは俺が守るから。いいな?」
「フフ、わかったわ。ありがとう」
そう答え、優しく微笑みかけてくれる我が妻。
可愛い。
めっちゃ可愛い。
俺の妻最高。
この笑顔を見るために生きてる。
レティシアが笑ってくれるだけで、人生が幸福だと思えるよ……。
……この幸福を穢そうとした奴がいると思うだけで、ドス黒い殺意が沸き上がってくるけど。
殺したい。あゝ殺したい、殺したい。
思わず一句詠むほどに殺したい。
でもレティシアのためだ……。
ここはグッッッッッと堪えて、我慢しよう……。
「……と、ところで、アルバン……?」
「ん? なんだ?」
「え、えっと、その……」
何故か、急にモジモジし始めるレティシア。
ついでに、頬を若干赤らめている。
どうしたんだろう……? と、俺が思っていると――
「い、色々言ったけれど……ほ、本当はね……今日、すっごく怖かったの……。身体を触られて、気持ち悪くって……」
レティシアは、自らの胸に手を置く。
その姿は――なんだか凄く、艶っぽい。
「まだ、あの感触が残っていて……それがとっても嫌で……。あなたに、上書きしてほしいなって……」
恥ずかしそうに、少しだけ顔を背けながら、さながら誘うように――流し目を俺へと送ってくる。
そんな妻の姿を見た瞬間――俺のハートに、見えない弓矢がトスッと刺さった。
「だから、その、今夜は……ね?」
この後、二人はなにをしたかって?
言わせんな、恥ずかしい( ˘⊖˘)
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