《イヴァン・スコティッシュ視点》
――コルシカとフランの二名が、『決闘場』にて激突した翌日。
「昨日の戦い、ありゃー見ものだったぜ? お前も見にくればよかったのによ」
……僕の隣を歩きつつ、ニヤニヤと笑いながらマティアスが言ってくる。
僕たち二人は、中庭へと続く外廊下の中を肩を並べて歩いていた。
小さくため息を吐きながら僕は眼鏡を動かし、
「僕には僕でやることがあるからな。そんな暇はない」
「へえ、〝興味ない〟とは言わないんだな」
どこか揚げ足を取るように言ってくるマティアス。
その言い草に僕は多少の苛立ちを覚えたが、軽く聞き流すことにした。
マティアスの軽口になど、もう慣れたモノだ。一々付き合っていられない。
……が、それでもマティアスは微笑を浮べたまま、こちらをジーッと見続けてくる。
「……なんだ、そのなにか言いたげな目は」
「いんや、別に。ただ、ね――」
マティアスは微妙に「釈然としない」とでも言いたそうな顔して、首をコキッと鳴らした。
「なぁイヴァン。お前がこっそり影に隠れて、一体なにをしてるのか――少なくとも俺やレティシア嬢は気付いてるぜ」
「……だったら、どうしたと言うんだ」
「お前が努力してるのは知ってる。でもよ、なんだって俺たちに隠れてコソコソするような真似してんだよ?」
「努力とは他人に見せないモノだ。少なくとも僕はそう思っている」
「あっそ、お前らしいわ」
毅然とした口調で答えた僕に対し、マティアスは「やれやれ」と頭を掻く。
「お前のその努力も――全部弟のためってか?」
「……」
「昨日の決闘に勝ったコルシカって嬢ちゃんも、一番の好敵手はユーリだって認めてるらしいじゃねーか。あんなに強ぇのに……どうしてユーリを名指しするのかねぇ?」
声のトーンを抑えて、マティアスは言う。
彼は数秒ほど無言になり、間を置いた後――
「……お前にゃー悪いと思ったが、ユーリのことは少し調べさせてもらったよ。学園側の評価じゃ武芸・智力・精神性、全てにおいて貴族として申し分なし……〝極めて優秀な人材〟だとさ。近頃スコティッシュ公爵家が喧伝し始めた話と一致するな」
「フン、スコティッシュ公爵家の人間であるならば当然だ」
「だったらよ――そんな優秀な人間が、どうしてこれまで表に出てこなかった?」
――確信を突くような口調のマティアス。
そんな彼の言葉に対し――僕は一瞬、返す言葉を見つけられなかった。
「不思議なことに、俺はこれまでユーリ・スコティッシュに関する噂や評判ってのを碌に聞いたことがない。お前に関する話は、結構な割合で聞いてた気がするのにな」
「…………」
「スコティッシュ公爵家ってのは、とにかくプライドの高い家柄だ。次男であるユーリより、長男であり跡取りだったお前の有能さをアピールしたがったのは理解できる。だけど――それは次男の評判がない理由にはならないよな。別に〝兄弟共に優秀〟って言えばいいだけなんだからよ」
淡々と、けれど僕の心の内に踏み込むように重く語るマティアス。
ああ……そうか。
どうやら彼は、勘付いてしまったらしい。
「評価や評判――人や物の価値性ってのは、群集の話題にどれだけ上がれるかで決まる。いい意味でも悪い意味でもな。〝悪名は無名に勝る〟なんて言われちまう所以がコレだ」
「……つまり話題に上がらないモノは、無価値だとでも?」
「より正確に言うなら〝価値がわからない〟だな。話題に上がらないモノは知りようがない、知りようがないモノには価値を付けようがない――。目立つってのは、時には手段と目的を逆転させるに足るくらいには重要なのさ」
もっとも、ただ目立てばいいってモンでもないが――とマティアスは言うと、僕の方へと視線を流してくる。
「けどよ、そんなのはスコティッシュ公爵家もよくわかってんだろ? 貴族の世界の中で目立つ重要性ってヤツを。なのに、ユーリを目立たせようとはしなかった……」
「……」
「こっから先は〝推測〟の話だけどよ……考えられる理由は、主に二つだ」
マティアスは右手の人差し指と中指を伸ばし、〝二つ〟のジェスチャーをして見せる。
「まず一つ、ユーリがお前よりも優秀だった――優秀過ぎたって可能性。お前は間違いなく優秀な人材だが……ユーリにはあってお前にはない〝なにか〟があったんじゃねーか? だからスコティッシュ公爵家は徹底してユーリの評判をなくし、比べさせる余地をなくそうとした」
「……マティアス」
「もっとも、これだけじゃ弱い。だから、そうせざるを得なかった理由があるはずだ。これが二つ目の推測だが……もしかするとよ、ユーリの奴は――」
「マティアスッ!!!」
僕は張り裂けんばかりの大声で、マティアスの言葉を遮る。
同時に歩みを止め、外廊下の真ん中で立ち尽くした。
「……それ以上は言うな。もしそれ以上言うなら――僕はキミの友人ではいられなくなる」
「イヴァン……」
「この話はもうおしまいだ。さあ、行こう。もうすぐ授業が始まる」
無理矢理に会話を終わらせ、僕は再び歩み出す。
そしてマティアスの肩を通り過ぎた――その時だった。
――――〝グシャッ〟
そんな音が、突然僕の耳に入ってきた。
なんだか、とても水っぽいような音が。
なんだ――?
そう思って、音がした方へと顔を向ける。
すると――僕の目に映ったのは、地面に横たわる〝人〟だった。
貴族衣装を着た男性。身体つきは細身で、華奢な印象を受ける。
髪の色は――僕に似た青みがかった黒色。
そんな男は、手足がおかしな方向へ折れ曲がっていた。
身体からは血が流れ出し、彼は瞬く間に血溜まりへと沈んでいく。
たぶん、いや間違いなく、校舎の屋上から落下したのだ。
その衣服、
その体格、
その髪の色――
両の目に映った情報が、その光景が、ようやく頭の中で統合された瞬間――僕は自分の瞳孔が開くのを感じた。
「ユ――――ユーリッッッ!!!」
僕は反射的に駆け出す。
全速力で。
取り乱すのを隠そうともしないで。
そして地面に横たわる身体を、すぐに抱きかかえた。
今から幻想を言います。
僕も兄貴(男兄弟)が欲しかった……(´;︵;`)
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