「ウフ……ウフフ……」
――既に朽ち果て、廃墟となった〝サタニア教会〟の中を歩く偽ジャック。
その両腕には、意識を失いぐったりとしたレティシアが抱きかかえられている。
レティシアには多少の流血が見られるが、身体に大きな傷や怪我はない。
しかし衣服はボロボロで、個別棟での戦闘が如何に激しかったかを物語っている。
「さあ……着いたよ、ママ……」
偽ジャックは礼拝堂の中へと入り、祭壇の台座の上にレティシアを横たわらせる。
すると――
『――ラーシュ』
礼拝堂の中に、声が響き渡る。
幼い少女の声が。
『ラーシュ・アル=アズィーフ、おかえりなさぁい』
――ラーシュ・アル=アズィーフ。
それが偽ジャックの本名。
その名を呼ぶ声色は甘くねっとりとして、鼓膜にまとわりつくような妖艶さがある。
だがあまり、歓迎している様子ではない。
『レティシア・バロウの肉体、ちゃんと生きたまま持って帰ってこられたのねぇ。うふふ、偉いわぁ』
「や、約束だ……! ぼ、僕をママから生まれ直させてくれ……!」
『あぁん、せっかちねぇ。でもわかってる。こんな人生とはおさらばしたいわよねぇ。もう惨めなまま生きるのは嫌よねぇ。理想的な女性から、理想的な自分を生み直してほしいわよねぇ。――でも』
「――!」
『一つ忘れてなぁい? 私、レティシア・バロウは連れ帰って、アルバン・オードランは殺せって言ったのよ? そのために、せっかくジャック・ムルシエラゴの名前まで与えてあげたのに、あなたは……』
「う、うぅ……!」
『見てたわよ? 〝王〟になる? 学園の王を目指す? 私そんなこと命じたかしら? なぁになぁに、玩具に目を奪われて、持ち主に嫉妬でもしちゃった? 彼に惨めな思いをさせて、ママに振り向いてもらいたかった?』
うふふ、と笑う甘い声。
それに対し偽ジャック――もといラーシュは冷や汗を滲ませる。
『可愛い子ねぇ。グズで臆病で、言われたこともマトモにできない、出来損ないのマザコンちゃん……。あなたは下品なポルノ以下の、見るに堪えない本物のゴミだわぁ、うふふ』
甘い声の主は、嬉々として罵倒の言葉を垂れ流し続ける。
ラーシュは堪えるように、それを聞いていることしかできなかったが――
『でもね、許してあげる……♪ 実は私も興味が湧いたの、アルバン・オードランに』
「――!」
『彼――見えていたわよねぇ。〝■■の落とし子〟が。正気の人間には、決して見えないはずなのに』
「ち、違う! あんなの嘘だ! デタラメだ! で、でなきゃどうして……!」
『どうして彼はあなたと違って、精神を保ったままでいられるのか――そうよね?』
なんとも興味深そうな――いや、楽しそうな甘い声の主。
彼女は『うふふ、うふふ』と笑う。
ラーシュには理解できなかった。
何故アルバンに〝■■の落とし子〟が見えたのか。
学園の中では、他の誰にも見えなかったのに。
〝■■の落とし子〟は――破綻者にしか見えないはずなのに、と。
理解できなかったからこそ、ラーシュはアルバンに恐怖した。
彼に対する殺意、嫉妬、それら感情が一瞬で消し飛ぶほどに戦慄した。
ラーシュにとって、アルバン・オードランは理解の範疇を超えたなにかだったのだ。
『あなたを送り込んだのは間違いだったけれど、ある意味正しかった! いい、いいわぁ、ゾワゾワして……虐めてみたくなっちゃう!』
「お……お前……!」
『もう一度言うわよラーシュ。あの怪物に対して殺す気で……いいえ、死ぬ気で戦いを挑みなさい。私を満足させられたら、あなたの望みを叶えてあげる』
甘い声の主がそう言った直後――ラーシュの頭上に、なにやら黒ずんだ靄のようなモノが現れた。
そしてその中から、一冊の古びた本がズルリと出てくる。
ラーシュには、その本がなんであるかすぐにわかった
それは――〝魔導書〟であると。
『【フュルギエの書】――使いなさい、それで〝■■の落とし子〟は覚醒する』
〝魔導書〟は宙に浮いたまま、ゆっくりとラーシュの手元まで降下してくる。
彼が本を手に取ると、
『私はまだ彼に会うワケにはいかないの。だから、あなたとアルバン・オードランの一体どちらが〝生存者〟になるか……ここから見物させてもらうわよぉ』
「う……ううう鬱だ……鬱だ……ッ!」
「うふふ、うふふ! ほぅら、聞こえる……?悪魔が近付いてくる足音が。一歩、また一歩と、あなたの下へと向かってくる!」
歓喜、好奇心、愉悦。
それらが綯い交ぜになった声は、文字通り無邪気な少女のそれだった。
ラーシュは恐怖する。
頭痛がし、眩暈がし、吐き気を覚える。
ラーシュは死にたかった。
死んで生まれ変わりたかった。
でも死ぬのが怖かった。
死にたいのに死ぬのが怖い、自分を救いようのない臆病者だと理解していた。
自分が精神破綻者だと自覚があった。
だからママに救ってほしかった。
だが今、ラーシュにはハッキリとわかる。
〝死〟が近付いてきている。〝死〟の音が聞こえる。自分の望んだ〝死〟の音が。
けれどこれは救済の福音ではない。
これは――死神の跫音だ。
煮え滾る悪意と怒りが、全てを等しく無価値に溶解して押し流す、どこまでも無情な暴力が具現化した音だ。
嫌だ――
来るな――
来るな――――!
ラーシュが心の中で叫んだ、刹那。
「――ああ……こ こ に い た」
2024年内の投稿は今話で最後となります!
来年の1~2日には投稿予定ですので、2025年にまたお会いしましょう!
それでは皆様、よいお年を~ヽ(゜∇゜ヽ)
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