「ねぇアルバン、聞いてる?」
「ん~? 聞いてるぞ、勿論」
俺がレティシアの話を聞かないワケない。
だって妻の言葉を聞かないなら、耳が付いてる意味がないからな。
俺の耳はレティシアの声を聞くためにあるようなモンだ。
だから個別棟のソファで横になってダラダラとしていても、耳はちゃんとレティシアの方を向いてる。
NO、妻の話に耳を傾けない夫。
「一年共の〝王位決定戦〟が続けられることになったんだろ? やらせときゃいいさ、そんなモン」
「そういうワケにはいかないわよ。ビクトールが殺害されて、ユーリやコルシカちゃんだって狙われる危険性があるんだから……」
不安気な表情をしてレティシアは言う。
彼女は一年の〝王位決定戦〟が継続して行われるのに反対なのだ。
相変わらず優しいなぁ。
キミのそういうところは、本当に心から愛おしい。
でも――優しいレティシアと違って、俺は一年たちの安否に関心などない。
俺が関心あるのは、レティシアの安全だけだ。
「イヴァンもローエンも、わざわざ後輩共に注意しに行ったんだろ? それでもやるって言うんだから、止める義理はない」
「でも……!」
「それより――俺が気になるのは、ビクトーマスだかビックリマンだかを殺した犯人が、まだ捕まってないことだ」
俺はそう言って、ソファの上で身体を起こす。
……ビクなんちゃらを殺した殺人犯は、未だに捕まっていない。
それどころか、証拠となる手掛かりすら見つかっていない状態だという。
つまり犯人は、学園の中で完全に雲隠れしたってコトだ。
そんなのあり得るのかと思うが――あのパウラ先生が言ってるんだから、事実なんだろう。
ただ唯一ハッキリと判明しているのは、事件の後に姿を晦ました生徒や学園関係者は一人もいない、ってコト。
これが、なにを意味するか?
要するに――その殺人犯は、まだ学園の中にいる可能性が極めて高い。
もっと言えば、犯人は学生である確率が高いのだ。
犯行現場が学園の屋上ってコトも考えると、部外者って線はほぼないもんな。
……俺たちは、殺人犯と同じ敷地の中で生活している。
だから万が一にも、俺たちに被害が及ばないとは言い切れない。
まあ、俺はいいさ。
別に誰が襲ってこようと負けないし。
っていうか、俺もエルザの反乱の時に何人もぶっ殺したから、同じ人殺しみたいなモンだし。
俺にとっちゃレティシア以外の命なんて、ゴミ以下だから。
でも、レティシアの身に危険が及ぶ可能性があるのは、看過できん。
「レティシア――聡明なキミのことだし、犯人の目星はなんとなく付いてるんじゃないか?」
「そんな、私は探偵じゃないんだから……容疑者なんてわからないわよ」
「いーや、俺はキミのことをよくわかってる。確証はなくとも、推測はできてるはずだ。そうだろ?」
「……」
微妙に気まずそうに目を背けるレティシア。
うーん、可愛い。
彼女は「ハァ」とため息を吐くと、
「証拠もないのに、人を殺人犯だと決めつけるような発言はしたくないのだけれど……」
「それもわかってる。キミは気遣い屋さんだもんな」
レティシアが軽率な発言をしたがらないのも理解している。
彼女は聡明で優しいから、下手に他者に対してレッテルを貼ったりなどしない。
自分がうっかり口を滑らせて、噂など流布しようものなら――と考えてしまうのだろう。
これは別に、俺を信用していないとかそういう話じゃない。
彼女はそれだけ周囲を気遣っている、ということなのだ。
そういう優しさも、俺が妻を心から好きな理由の一つ。
なんたって、俺が持ち合わせていないモノを持ってくれているワケだからな。
俺は周囲の人間なんざ知ったことか、と思っちゃうし。
でも今回は事情が事情。
レティシアが判断する危険人物が誰なのか、目星くらいは俺も付けておきたい。
万が一の時、レティシアを守りやすくなるように。
レティシアは観念した様子で、
「……言っておきますけれど、私が怪しいと思っているからって、下手なことをしてはダメよ?」
「わかってるわかってる。いくら俺がおバカだからって、いきなり捕まえに行ったり斬りかかりに行ったりなんてしないって、ハハハ!」
「それじゃあ言うけれど……私が怪しいと思っているのは、一年Eクラスのジャック・ムルシエラゴね」
「――ごめん前言撤回。やっぱ今すぐぶっ殺しに行こう」
殺そう。
そうだ、それがいい。
レティシアの安全という世界平和のために。
〝ジャック・ムルシエラゴ〟って単語は、この世に存在しちゃいけない響きだ。
思い出すだけで胸糞悪い。
レティシアの身体にクソ汚らしい手で触っておいて? 挙句、人を殺してレティシアを怖がらせましたぁ?
はい死刑。生きる価値なし。
よく言うよなぁ? 疑わしきは滅せよってさぁ。
つまりはそういうコトで。
いかん、色々思い出したらまた腸が煮えくり返ってきた。
怨敵めが……生きたまま心臓を抉り出して、それから貴様がやったのと同じように学園の屋上から叩き落としてやる……。
「……アルバン、ちょっとアルバン」
「ん? なんだレティシア? さあ殺しに行こう。キミが言うんだから、もうそいつが犯人でいいよな! 殺そう!」
「疑惑にかこつけて恨みを晴らそうとしないの。下手なことをしないでって言ったでしょう?」
レティシアは呆れた様子で頭を抱える。
しかし話を続け、
「一年Eクラスは〝王〟が中々決まらないでいたし、なによりビクトールはその有力な候補と目されていたわ。私の調べた限り、ジャックも〝王〟の座をかけてビクトールと争っていたらしいの」
「じゃあやっぱり決まりじゃん。絶対ジャックのクソ野郎が犯人だって」
「……動機があるのは間違いない。けれど証拠がないもの。それになにより、ビクトールの殺され方が不自然で……」
口元に指先を当て、う~んと考える仕草を見せるレティシア。
そんな彼女を見て、俺は小首を傾げる。
「不自然って?」
「ビクトールは胸部に強い衝撃を受けて殺されていたらしいわ。つまり強大な力で殴り付けられた、ということになるけれど――ジャックは見るからに非力で、そんな怪力があるようには見えなかった」
「じゃあ、魔法を使ったって線は?」
「肉体強化系や攻撃系の魔法を使ったのなら、魔力の残滓が残る確率が高いはず。でもそれは発見されなかったって、パウラ先生も言っていた……」
レティシアは、どうにも腑に落ちない様子。
「それにビクトールには、犯人へ反撃した様子もなくて――死亡時の表情は、恐怖に歪んでいたと聞くわ。死の間際、彼は一体なにを見たのかしら……?」
「ああ、そりゃアレじゃないか?」
「? アレって?」
「――〝化物〟」
なんの気なしに俺は答える。
それを聞いて、一瞬レティシアの表情が固まった。
「ば、化物って……怖いこと言わないで頂戴」
「いやぁ、冗談だよ冗談。でもさ、なんかわかるような気がして」
俺はクスッと笑い、
「これまで俺に刃を向けてきた奴らは――どいつもこいつも、最後にはそんな顔をしてたから」
思い出す。これまでのことを。
俺を見る、あの目。
恐怖に歪んだ、あの顔。
俺と対峙した奴らのほとんどが、最後には酷く震え上がって、まるで俺のことを化物でも見るような目で見てきた。
中には、明確に俺のことを化物呼ばわりしてきた奴もいた。
最後まで俺のことをそういう目で見なかったのは、レオニールくらいかな。
ホント、失礼だよなぁ。
まあ、だからなにって話でもないけど。
レティシア以外にどんな目で見られようが、別に嬉しくも悲しくもないし。
ただ思うのは――「ああ、人間ってこういう時にこういう顔するんだな」ってコトくらい。
「だからさ、そのビクなんちゃらも――俺みたいな化物でも見たんじゃないかな?」
「…………アルバン、冗談でも笑えないわよ」
少し怒った様子でレティシアは言う。
え、あれ? なんで?
怒らせるつもりなんて微塵もなかったんだが……?
ちょっとした小粋なジョークのつもりだったんだが……?
「レ、レティシア、俺なんか怒らせるようなこと言った……?」
「別に怒ってません。でも、私の前で二度とそういうことは言わないで。私は――大事な夫を、化物だなんて思っていないもの」
ムスッと頬を膨らませるレティシア。
可愛い。
怒った顔まで可愛いなんて最高過ぎる。
なんだよ、天使か?
ああいや、天使以上かもな。天使だって怒ったら怖いかもしれないもんな。
つまり怒っても可愛いレティシアは天使より上の上位存在。
レティシア・イズ・ゴッド。
証明終了。Q.E.D.。
なんてやり取りを、俺たち夫婦がしていた時――
――ドンドン、ドンドン!
突如、個別棟の玄関ドアが外側から叩かれる。
『レ、レティシア夫人! オードラン男爵! い、いらっしゃいますか!?』
ドアの向こう側から聞こえてきたのは、シャノアの声だった。
どうやら彼女がドアを叩いたらしい。
なんだか、焦った様子だ。
『た、大変です! ローエンさんと――コ、コルシカちゃんが!』
俺が化物……?
違う、俺は悪魔だぁ……!
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