――コルシカとジャックは、人気の少ない校舎裏までやって来ていた。
一口に校舎裏と言っても、王立学園にはそう呼んで差し支えない場所が複数ある。
中には生徒たちの憩いの場になっていたり、内緒話をする場になっていたり等、比較的人が訪れるような所もあるが――コルシカたちがやって来たのは、生徒たちも滅多に近付かないような場所だった。
薄暗く、静かで、お世辞にも広い空間とは言えない。
さらに空がどんよりと曇り、ポツポツと小雨が降り始めてきたことで、薄暗さに拍車がかかっている。
見る人が見れば、どこか不気味ささえ感じさせるような空間。
だがコルシカの目には、そんな周囲の雰囲気など映ってはいなかった。
彼女の瞳に映るのは――自らの正面に佇むジャックの姿のみ。
「お覚悟はいいですか、ジャックさん! 私の勇猛果敢なアイドルっぷり、とくとその目に焼き付かせて差し上げましょうッ!」
コルシカはジャックへ向け、得物である斧槍の切っ先を突き付ける。
「私が勝った暁には、ライブの最前列で思う存分魔力発光棒を振って頂きますからねッ!」
「……鬱だ」
ジャックは俯いたままポツリと呟き、右手に得物を持つ。
しかし彼の手に握られた武器は、コルシカと比べてあまりにも小さい。
柄は両手で握れないほど短く、その先端に付いている刃は僅か3~4センチ程度の長さしかない。
分類上はナイフになるのであろうが、どちらかと言えば〝医療用刃物〟に近い代物だった。
少なくともコルシカにとって、それは戦闘で有効そうな武器には見えない。
しかし彼女は「油断は禁物!」とすぐに意識を切り替える。
相手に対して敬意を払わず、舐めてかかるような真似をするのは、アイドルとしてのプライドに反するからだ。
そう……一対一で戦うからには、誠意が必要。侮蔑の眼差しを向けるなど、以ての外。
コルシカはそう思っていた。
だが――そう思っていても、彼女はジャックという人物が、どこか不気味で仕方なかった。
この戦いは、速攻で終わらせるに限る――。
そう判断したコルシカは、
「行きますよ! それでは聞いてくださいッ! 『KISHIDAN午前六時――ッ!」
スゥッと息を吸い、歌い始めようとする。
同時に〔魔声帯〕である彼女の喉が魔力を帯び、無制限の魔力生成を始めようとしたが――
「……〝■■の落とし子〟」
ジャックが、なにかを呼ぶ。
けれどその発音は、コルシカの耳では聞き取れなかった。
「……アイツの喉を……潰せ」
ジャックは命じる。
その刹那――〝目に見えないなにか〟が、彼女の喉を殴り潰した。
▲ ▲ ▲
「――退け!退けッ!!!」
ローエンは生徒たちをかき分け、学園内の廊下を全速力で駆け抜ける。
顔に憤怒と焦燥の色を浮かべながら。
――〝コルシカとジャックが、校舎裏で戦っている〟。
その情報がローエン――及びFクラスメンバーの一部に届けられたのは、コルシカたちの決闘が始まってから約三十分が過ぎた頃。
既に空模様は、パラパラとした小雨が本降りへと変わっていた。
本当に偶然のことだった。
たまたまコルシカたちのいた校舎裏の近くを通った生徒の一人が、彼女たちの戦いを目撃したのである。
普段は滅多に人が近付かない場所なのだが、その日はたった一人だけ、傘を差しながら通りがかったのだ。
一応、学園内では生徒間による私闘は禁止とされている。
もしやるとなれば、学園の許可を取って教員立ち会いの下『決闘場』などで行われるのが常。
だからコルシカとジャックの行いは、ちょっとした校則違反になるのだが――二人の戦いを見た生徒にとって、そんなのはどうでもよかった。
その悲惨さを目の当たりにした生徒は、大慌てでローエンを呼びに行った。
ローエンがコルシカと同じ〝職業騎士〟の出身であり、彼女と仲のいい先輩後輩の関係であるというのは、学園内では既によく知られていたから。
報せを受けたローエンは、それが焦眉の急を要する事態であるとすぐに察知。
そうして戦斧を手に走り――ようやく、彼はコルシカとジャックのいるであろう校舎裏まで辿り着く。
「コルシカッ! 無事――ッ!」
曲がり角を曲がり、校舎裏に飛び込んだローエンの目に飛び込んできた光景。
それは――血まみれになって地面に倒れる、コルシカの姿だった。
全身痣だらけで、見るからに骨折している箇所も複数ある。
さらには小さな刃物で何度も何度も何度も斬り付けられたらしく、小さな切創が全身に無数に見受けられる。
だが一番酷い怪我を負っていたのは――〝喉〟。
明らかに喉仏が潰れており、口から真っ赤な血を吐き出し続けている。
全身の傷口からの出血も酷く、それが雨水によって流され、彼女の周囲一帯の地面を薄っすらと朱色に染めていた。
そして――そんなコルシカのすぐ傍に佇む、ジャックの姿。
それは誰の目から見てもハッキリとわかるほど、一方的な蹂躙が行われた後の光景であった。
「コ……コルシカッ!!!」
慌ててローエンはコルシカに駆け寄り、彼女を抱き寄せる。
当然、近くにいたジャックのことなど無視して。
「コルシカッ! しっかりしろ、コルシカッ!」
「……」
返事はない。
抱きかかえられてもぐったりとしたままで、まるで屍のよう。
けれど――僅かに呼吸している。
胸部がほんの少しだけ上下し、血のあぶくを吐き続けながら、懸命に空気を体内に送り込もうとしている。
意識はないようだが、まだ死んではいない――。
それがわかった瞬間、ローエンは胸を撫でおろす。
しかし――それも束の間だった。
「……鬱だ」
ローエンの背後で、ポツリとジャックが呟く。
「なにも面白くない……なんの達成感もない……。ああ……神様……早く僕を生まれ変わらせてください……」
「――おい、貴様」
ローエンは静かにコルシカの身体を地面へ下ろし、自分が来ていた上着を脱いで、彼女の身体にかける。
そして戦斧を手に、ゆっくりと立ち上がる。
「何故――コルシカをこんな目に遭わせた?」
ローエンにはハッキリとわかっていた。
ここで行われたのは決闘などではない、と。
彼女は文字通り、ただ痛めつけられたのだ、と。
リンチなどという言葉が可愛く思えるほど、一方的に、残虐に、執拗なまでに。
きっとある瞬間から、抵抗すらできなくなっていたであろう。
それでも――執拗に嬲られ続けたのだ。
コルシカの身体中の傷を見れば、よくわかる。
わかるからこそ――ローエンには堪え難かった。
「何故……? あれ、なんでだっけ……もう思い出せないや……。ああでも……一つだけ思い出せた……」
ジャックは虚ろな瞳のまま、コルシカを見下ろす。
「僕……そいつの歌……嫌いなんだよね……。耳障りだから……」
――その答えを聞いた瞬間、ローエンは戦斧の柄を目一杯握り締める。
そして猛然と、ジャックへ斬りかかった。
コルシカ、脱落(´-ω-`)
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