――ローエンは後悔していた。
コルシカに〝王位決定戦〟の継続を許すべきではなかったと。
なにがなんでも止めさせるべきだったと。
だが後悔の念以上に、心の中で激しい憤怒が煮え滾る。
よくも――。
よくも――コルシカの〝喉〟を、潰してくれたな――!!!
ローエンは我を忘れるほど、怒りに震えていた。
コルシカにとって、喉はなにより大事なモノだった。
歌うことが大好きな彼女にとっては、もしかしたら命よりも大事だったかもしれない。
……〝職業騎士〟が戦いで傷付くのは仕方ない。
それ自体は許容せねばならない。
例え、その果てに死しかなくとも。
ローエンもそれは重々理解できていた。
けれど――コレは違う。
ジャックは明らかに、極めて故意的にコルシカの喉を潰した。
彼女がなにより大事にしていたモノを奪ったのだ。
その上で〝耳障りだ〟と吐き捨てたのだ。
ローエンには、それが許せなかった。
コルシカが大事な後輩だから、というだけではない。
〝職業騎士〟の誉に泥を塗られたからだけでもない。
ローエンも――彼女の歌声を愛していたのだ。
彼は――楽しそうに歌っているコルシカを見るのが好きだったのだ。
よくも――その全てを――!
この畜生だけは生かしておけない。
ローエンは全身全霊で、憤怒と憎悪を込めて戦斧を振り下ろす。
それは一切の容赦なく、ジャックの身体を一刀両断するつもりで放った一撃だった。
――しかし、
「……鬱だ」
戦斧がジャックに当たる寸前――その刃が塞き止められる。
まるでジャックと戦斧の間に、見えない壁でもあるかのように。
「――ッ!?」
一瞬なにが起きたのかローエンには理解できず、激しく戸惑う。
なんだ――?
なにか魔法の類か――?
――いいや、違う。
今、明らかに、〝見えないなにか〟によって受け止められた。
なにかに――戦斧を掴まれた感覚があった。
ローエンの手には、その感触が明瞭に伝わってきた。
盾のような固い物質に弾かれたのではない。
風や空気のように感触がないモノに受け止められたのではない。
掴まれたのである。
ジャックではない何者かによって。
――ジャックだけじゃない。
目の前に――透明な〝なにか〟がいる。
ローエンが直感的にそう判断した刹那――彼の右腕が〝なにか〟に掴まれる。
同時に、戦斧を持つ右腕が〝グシャッ!〟と握り潰された。
「ッ!? ぐああああああああああああああああああああああああッ!!!」
反射的にローエンはジャックから距離を取る。
ローエンの右腕前腕部は呆気なく骨がへし折れ、あり得ない方向へと曲がっていた。
もはや戦斧を持つ握力など出しようもないが、それでも左手でしっかりと戦斧の柄を握って離さなかったのは、彼が真に戦士であり〝職業騎士〟である証左とも言えよう。
「ク、クソ……ッ!」
ジャックと間合いを離したローエンは、ようやく――ようやく気付く。
怒りのあまり見えていなかった、見逃していた光景に。
――ジャックの背後だけ、〝雨〟の落ち方がおかしい。
降り注ぐ雨水が透明ななにかを伝って地面へと落ち、非常にぼんやりとではあるが、物体の輪郭を映し出している。
だがそれでも、その全容や全体像は把握できない。
あまりにも完璧に透明だからだ。
ただ一つわかることは――ソレはジャックの身体などよりも、ずっとずっと大きいということである。
「鬱だ……鬱だよね……〝■■の落とし子〟」
陰鬱な表情のまま、どこか焦点の合わない目をして、ジャックは呟く。
それに合わせるかの如く、ローエンは〝見えないなにか〟に殴り飛ばされる。
「がぁ……ッ!」
凄まじい怪力。
それを諸に胴体に受けたローエンは、口から血反吐を吐いて吹っ飛ぶ。
――攻撃が全く見えない。
雨水で僅かに輪郭が見えたと思ったら、すぐに攻撃が飛んで来る。
それも間合いが読めない。
どれだけの距離を攻撃が飛んでくるのか、予測することすら困難だ。
ローエンは恐怖する。
自分がなにと戦っているのかわからない、という眼前の事態に。
自らの額から流れ落ちる雫が雨なのか冷や汗なのか、もはや彼自身にももはや判断がつかなかった。
「バ……〝化物〟め……!」
負傷した身体で、ヨロヨロとローエンは立ち上がる。
そして残った左手で戦斧を構える。
「鬱鬱する……皆死ねばいいのに……。皆死んで、生まれ変われればいいのに……。僕も……お前も……」
――ザァザァと降りしきる雨の中、宙でなにかが雨を弾く。
〝見えないなにか〟が、雨の中で動く。
攻撃が来る――。
そう思ってローエンが身構えた――その時、
「――なーにやってんだよ、この阿呆」
そんな気の抜けた声と共に、一人の悪役が〝見えないなにか〟を斬り落とした。
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