《レティシア・バロウ視点》
「……アルバンたちは大丈夫かしら」
個別棟の中で椅子に座り、私は呟く。
するとシャノアが、膝の上に置いた私の手をそっと触れてくれる。
「だ、大丈夫ですよレティシア夫人! オードラン男爵が行ってくださるなら、喧嘩なんてすぐに収まるはずです!」
作ったような笑顔を見せ、励ますように言ってくれるシャノア。
彼女はアルバンから「俺が帰ってくるまで妻の傍にいろ」と言われてしまったので、こうして一緒に個別棟の中に留まってくれている。
――コルシカさんとジャックの私闘が行われ、その場へ向かったローエン……。
彼らを止めるためにアルバンが個別棟を発ってから、だいたい二十分程度が経過したかしら。
未だ外では、雨がザァザァと音を立てて降りしきっている。
この感じだと、帰ってくる頃にはアルバンはずぶ濡れになっているでしょう。
彼が風邪でもひかないように、温めたタオルでも用意しておかなくちゃ。
……。
…………。
コルシカさんは、無事かしら。
いいえ、それ以上にローエンやアルバンが早まった真似をしないか心配。
ローエンにとってコルシカさんは大事な後輩だし、アルバンにとってジャックは不俱戴天の仇だもの。
シャノアからの話を聞いた限り、どうやら先生たちも既に向かっているというから、最悪の事態にはならない……と思うのだけれど……。
……これ以上、人が死ぬのなんて見たくないもの。
ましてや、王立学園の中で。
なんて私が思っていると、
――〝コン、コン〟
と個別棟の玄関ドアが外からノックされる。
「あ、オードラン男爵が戻ってこられたのでしょうか? はーい、今開けますー!」
私の代わりに、シャノアがドアの方まで向かってくれる。
そしてガチャリとドアを開けると――そこにあったのは、アルバンの姿ではなかった。
「失礼します。レティシア・オードラン様宛てにお手紙が届いております」
ドアの向こうに立っていたのは、いつも王立学園の生徒に荷物を届けてくれる使用人の男性だった。
彼はチラッと視線を動かし、室内に私がいるのを確認すると、防水処理が施された鞄の中から一通の手紙を取り出す。
それをシャノアに渡して「レティシア様へお渡しください」と言い、足早に去って行った。
手紙を受け取った彼女は私の下へ戻ってくると、
「レティシア夫人にお手紙らしいです。え、えっと……送り主は――ムルシエラゴ家当主、ドンカーヴォルケ・ムルシエラゴ様と」
「――! ありがとう、すぐに見せて」
手紙を受け取ってくれたシャノアに軽く礼を言った私は、すかさず宛名を確認。
手紙が納められた封筒には封蝋で閉じられており、その印璽は確かにムルシエラゴ家のモノ。
そして差出人のサインとして、〝ドンカーヴォルケ・ムルシエラゴ〟の名もあった。
――ドンカーヴォルケ・ムルシエラゴ辺境伯は、私がジャックのことについて手紙で尋ねた人物。
ジャックの精神は不安定なのに、どうして一人で学園に送ったのかと。
しかし手紙を送って以降、中々返事がなかったのだが……ようやく返ってきたようだ。
私は封を破り、中から折りたたまれた手紙を取り出す。
そして広げて全文を読むと――
「――――な……なんですって……!?」
そこには驚くべきことが記されていた。
信じ難いことが書かれてあった。
驚愕を禁じ得ない私を見て、シャノアが不思議そうに小首を傾げる。
「レティシア夫人……? あ、あの、一体なにが書かれてあったんですか? 差し障りなければお聞きしても――」
「…………〝ジャック・ムルシエラゴの死体が見つかった〟……って」
「――え?」
「私からの手紙を受けて、ドンカーヴォルケ辺境伯は王都に使者を送ったそうなのだけど……その使者が行方不明になって……。それでムルシエラゴ家の兵士たちが、改めてジャック・ムルシエラゴが王都へ向かうために使った道中を捜索した結果――隠すように遺棄された〝死体〟が見つかったって」
届いた手紙には、そんなことが書かれてあった。
そしてこの手紙が私に届くのと同じくして、ファウスト学園長へも隠密に情報が届くはずだと。
同時に、ジャックの死を隠蔽しようとする何者か――いや〝組織〟があるはず、という旨も記されてあった。
おそらくこの手紙は、ドンカーヴォルケ辺境伯の直筆なのだろう。
書かれた文字と文章から、言い様のない怒りと悲しみが汲み取れる。
そして間違いなく、ムルシエラゴ家が大混乱に陥っているであろうことも。
でも――これでハッキリした。
「あ、あの……し、しし死体が見つかったって……だってジャック・ムルシエラゴは、この学園に――ッ!」
困惑し、怯えたような表情を見せるシャノア。
そんな彼女に対し、
「〝偽物〟――ということよ」
私は、確信を持って言い切った。
「この学園に入学してきたのは……いいえ、コルシカさんを痛めつけ、ローエンとアルバンが向かった先にいるのは――本物のジャック・ムルシエラゴではないわ」
合点がいった。
ようやく納得できた。
私に接触してきたあのジャックは、ジャック・ムルシエラゴ本人ではない。
ジャックを殺し、その名を名乗る何者かが入れ替わった姿。
――つまり、〝偽物〟だ。
だからあれほどまでに情緒不安定だったのだ。
……私は本物のジャック・ムルシエラゴの顔を知らない。
辺境伯というのは他国との国境沿いを守っているという立場上、基本的に領地から出ない。
言ってしまえば彼らは王都からずっと離れた地域の〝地方軍閥の長〟であり、〝前線総指揮官〟でもあるから。
だから王都住まいの貴族たちとは、親密な関係とはなり難い。
それが領主ではなく令息ともなれば、尚更に。
それ故に〝名前は知っているけど顔は知らない〟という事態が往々にして発生する。
私はジャックの顔を知らなかった。
いいや、私だけではなく、きっとこの学園に属する者は誰一人知らなかったのだ。
きっと本物のジャック・ムルシエラゴは、あまり自分の領地から出ない性分だったのだと思う。
だから学園内に知り合いがおらず、親であるドンカーヴォルケにも情報が行き渡らなかった。
〝偽物〟が入れ替わるのには、あまりに都合がいい相手だったのだろう。
そして、もう一つわかったことがある。
偽物のジャックを陰で支援する、なんらかの〝組織〟があるということ。
……これは私の直感に過ぎない。
けれど、もしその勘が正しいのなら――偽ジャックの背後にいるのは〝薔薇教団〟だ。
グレッグ区長の時と同じく、彼らが裏で糸を引いている。
……彼らの真の狙いがなんなのかは、まだわからない。
けれど私の直感が囁いてくる。
――危険だと。
「……こうしてはいられないわ。アルバンやローエンに、このことを伝えなくちゃ」
「そ、そうですね……! それじゃあすぐに、オードラン男爵たちの下へ――」
――〝コン〟
シャノアが言いかけた、その時だった。
私の斜め後ろ――私の背後で、なにかが窓ガラスに当たったような小さな音が鳴る。
その音は確かに私の耳に入ってはきたが、最初はただの物音だと思って気にも留めなかった。
けれど――シャノアの言葉が途切れ――彼女の視線が、ゆっくりと私の背後へと流れていく。
そしてすぐに、シャノアの表情が引き攣り始めた。
「あ……ああ……!」
「シャ、シャノア?」
「ま、窓……窓に……!」
シャノアの顔が恐怖に染まる。
――釣られるように、私もゆっくりと背後へと振り向く。
すると――私の目に映ったモノは――
「……僕を生み直してよ、ママ」
やっちゃいなよ!そんな偽物なんか!ƪ(˘⌣˘)┐
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