『……鬱だ』
自らの語る平和を俺に論破されたジャックは、ポツリと呟く。
とても苛立った声で。
『鬱だ……鬱だ鬱だ鬱だ……鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱する……!』
次の瞬間――天井の肉壁の一部が隆起し、膿を押し出すかのように緑色の肉塊を生成。
その肉塊は気色悪いネバネバとした粘液をまといながら、べチャッと地面に落下した。
『だから鬱なんだ、だから嫌なんだ、だからこの世界はカスなんだ……! どいつもこいつも、僕をバカにしやがって……!』
肉塊が蠢き、中からズルリと人間の上半身が出てくる。
二本の腕、胴体、首、頭――紛れもない人間の身体の半分。
そしてその頭には、あのジャックの顔が付いていた。
これ以上ないってくらい怒りに満ちた表情をした、ゴミ虫の顔が。
「ようやく姿を見せたな、ゴミ虫野郎」
『僕はな、こんな肥溜めみたいな世界を善くしようとしてやってるんだ……! 人間なんて皆死ねばいい! 醜い人間が皆死ねば、世界は平和になる! 〝大いなる神〟は僕にそう教えてくれたんだ……!』
両目から青い血の涙を流し、恨めしそうに俺を見つめる、変わり果てた姿のジャック。
そんな虫ケラを、俺は見下げ果てた目で見つめ返す。
『そうすれば平和な世界の中で僕を生み直して、僕を神様にしてくれるって……! ママと二人っきりにしてくれるって!』
「……」
『〝大いなる神〟は、僕を神の使者として遣わした! 僕は世界の救世主なんだぞ! 分を弁えろッ!!!』
「……言いたいことは、それだけか?」
もう聞いてられん。阿呆くさすぎる。
今際の際、なにを言い出すかと思えば……こんな奴の言葉を聞いてるなんて、面倒を通り越して耳が腐りそうだ。
こんな虫ケラに一瞬でも愛する妻を奪われたなんて、考えるだけで自分すら殺したくなってくる。
だから、さ――
「じゃあ……今度こそ、とっとと死ね」
俺は剣を構える。
ありったけの殺意を込めて。
『死ぬのはお前の方だ、アルバン・オードラン……! お前なんかが、〝大いなる神〟の力に勝てるワケがないッ!!!』
ジャックが怒号を放つ。
直後、奴の肉体は変貌を始めた。
人間の形を保っていた上半身は肉という肉が蠢き隆起して、見る間に形状を変えつつ巨大化していく。
頭足類を思わせる触手の生えた頭部、
怪しく光る二つの真っ赤な目、
尋常ではないほど隆々とした筋肉と鉤爪を備えた巨腕、
そして――背中に生えた巨大な一対の翼。
その上半身は既に俺よりずっと大きく、見上げなければ顔も視界に入らない。
下半身は未だ不定形を保っており足に当たる部分は存在しないが、代わりに無数の触手が生えて蠢いている。
――〝怪物〟。
それは散々〝化物〟呼ばわりされる俺が見ても、ハッキリとそう思える姿をした異形だった。
『見るがいい、この姿を! 〝大いなる神〟たる■■の威光によって、根源的な恐怖を知るがいいッ!』
そんな名状し難い異形の存在を眼に収めると、一瞬精神が揺さぶられるような感覚を覚える。
どうやらそれはレティシアも同じらしく、
「あ――……あぁ……!」
異形へと変貌したジャックの醜い姿を、彼女は自らの視界に収めてしまう。
レティシアは身体を震わせ、両手で頭を掴み――
「うっ――――おえぇッ!」
地面へ吐瀉物をぶちまけた。
そのおぞましい姿に、正気を揺さぶられてしまったとばかりに。
同時に、彼女の身体の浸食がさらに進んでいく。
『ウフフフフフ、そうだ! 怯えろ! 竦め! 神の力の目に焼き付けて――そのちっぽけな〝精神〟を破綻させるがいいッ!』
巨大化したジャックは赤く光る目で俺たちを見下ろし、気色悪い声で笑う。
まるで自分が偉大な存在になったと誇示でもするかのように。
そんなジャックの姿を見た俺は――
「…………ふ~ん、それで?」
退屈さを隠そうともせず、剣を肩の上でポンポンと弄びながら言った。
『……へ?』
「つーか手前、レティシアに醜い姿見せびらかしてんじゃねーぞ。キモいんだよ」
『――な……なんで……?』
つい今しがたまで高らかに笑っていたジャックの巨大な身体が、徐々にカタカタと震え始める。
『そ、そうだ、あの時も……。なんで……どうして……!? 何故お前は、この姿を恐れない!? 何故お前の〝精神〟は影響されない!? どうしてお前の精神は、汚染されないんだ!?』
「なんで、だぁ? そんなの知るか」
バカバカしくなって適当に答えた俺だったが――そのすぐ後、とある言葉を思い出す。
そしてニィッと不敵な笑みを浮かべて見せ、
「ああ……そんじゃお前にいい言葉を教えてやる。〝マトモな神経じゃ恋はできない〟――ってな」
『――!』
「俺はな、レティシア以外に興味ない。レティシアのことしか考えてないし、レティシアとイチャイチャすることしか頭にない。俺の頭の中には、妻さえいればいいんだ」
そう言って、俺は改めて剣の切っ先をジャックへと向ける。
己の瞳から感情を消し去り、心の中を真っ黒に染め上げて。
「だから――お前の言う恐怖なんかが入ってくる隙間なんざ、一ミリもないんだよ」
『ま……まさかお前……最初から〝精神〟が破綻して……!』
「それとついでだ。自称平和の使者のお前に――〝悪役〟の世界の言葉を教えてやる」
俺はタンッと地面を蹴る。
そして――
「〝巨大化は負けフラグ〟ってな」
醜く変貌したジャックの身体に、斬撃を叩き込んだ。
ずっとこれが言いたかった……。
「アルバンは最初からSAN値0である」って(งดี౪ดี)ง
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