俺は虫ケラ共を踏み潰しながら進む。
前へ。とにかく前へ。
今回は地下水道の時と違って、守るべき子供たちもいない。
だから思う存分、自由に動ける。
楽なモンだ。
斬る。斬って進む。斬って殺す。斬り殺して駆逐する。
一匹残らず。文字通り、虫ケラを根絶やしにする勢いで。
もう何匹踏み潰しただろうか?
五十? 百? いや二百くらい?
襲い掛かってくる奴を全部ぶっ殺してるだけで、数なんて数えてないから、適当にしかわからん。
振り返って死骸の数を確認するなんて、そんな面倒なことしてられん。
ああ――でもレティシアの居場所は、聞き出せるなら聞き出しておきたいな。
そう思った俺は、死にかけて虫の息になっている一匹の生臭の頭を掴み上げると、
「おい、レティシアはどこだ?」
『ウ……ヴぅ~……』
「なんだ、人の言葉喋れないのか。じゃあ死ね」
喋れない虫ケラなんてただの虫ケラ。もう用済み。
俺は死にかけだった生臭にトドメを刺すと、スタスタと先へと進んでいく。
――右手に持つ剣から青い血が滴り落ち、全身が返り血で真っ青に染まる。
酷い悪臭だ。酷く不快だ。
こんな身なりで愛する妻に会わなきゃいけないなんて、最低最悪の極みだ。
だが今は、そんなこと気にしていられない。
レティシア――今行くからな――。
▲ ▲ ▲
《レティシア・バロウ視点》
――なにかが、私の中に入ってくる。
得体の知れないなにかが、体内に染み込んでくる感覚。
それは温かいようで冷たく、小さなようで大きく、笑うように泣いている。
――お腹。
お腹の奥で、なにかが蠢く。
そしてそれは――私の身体を突き破り、体外へと表出した。
「…………う……ん……」
――目が覚める。
重い瞼が、ゆっくりと開く。
……〝夢〟を見ていた。
なんだかとても不気味で、怖い夢。
かなりおぼろげで断片的にしか覚えていないけれど、悪夢の類だったのは間違いない。
……寝汗が酷い。
それに、気持ち悪い。吐き気がする。
熱でもあるのか、全身が怠くて僅かに視界が回っている感覚もある。
「ここは……? アルバン……」
彼は……夫はどこ……?
私は彼の名を呼ぶ。
けれど返事はなく、傍にアルバンがいないことはすぐにわかった。
次第に意識がハッキリとし、記憶が蘇ってくる。
ジャック・ムルシエラゴ――いや、〝偽物のジャック〟が個別棟を襲撃し、シャノアとの応戦も虚しく気絶させられてしまったことを。
どうやら私は、どこかへと連れ去られてしまったらしい。
私は右手を上げ、額の汗を拭う。
だが――その時、私の目に映ったモノは、
「――ッ!」
――緑色に変色した手と、浮き出た青色の血管。
辛うじて五本の指と人間の手の形は残ってはいるが、もしこれが自分の腕にくっ付いていなければ、絶対に人外のモノとしか思えなかっただろう。
それも右手だけじゃない。
左手も同様に変色しており、青い血が流れているのがわかる。
自分の身体が――人間ではなくなっていっている。
私の身体が――別のなにかに作り変えられている。
突き付けられたその有り様が、今理解できる唯一の現実だった。
「ア……アルバン……!」
言い様のない恐怖に駆られ、私は反射的に身体を起こす。
そして、どこにいるとも知れない夫の下へと走り出そうとした。
――その時、
『…………ママ』
何者かの声が、私を呼び止めた。
聞き覚えのある、男の声が。
『ママ……どこへ行くの……?』
「! この声……ジャック……?」
すぐに気付く。
この声はジャック・ムルシエラゴのモノであると。
――いや、正確には〝偽物のジャック〟の声だと。
周囲を見渡すが、どこにも彼の姿はない。
代わりに目に映るモノは、ヌルヌルと光沢のある植物の根のような物体が張り巡らされた、気持ちの悪い壁や天井だけ。
私は言葉を続け、
「……いいえ、ジャック・ムルシエラゴではないわね。本物の彼は死んで、あなたはその名を偽っただけ。あなた……本当は何者なの?」
『……ラーシュ。ラーシュ・アル=アズィーフ。それが僕の名前……』
彼の声は二重に重なるように反響しながら、本当の名を名乗る。
――その反響する声は鼓膜を通して脳の奥を揺さぶり、聞いているだけでより一層気分が悪くなる。
「ラーシュ……あなた、私になにをしたの……? 今すぐ私を解放なさい!」
『ダメだよ……ママには僕を生み直してもらうんだから……』
「……生み……直す……?」
――なに?
なにを言っているの?
僕を生み直してもらうって――どういうこと?
ラーシュの言っている言葉の意味がわからず、私はゾッと背筋に寒気が走る。
……いえ、ダメよ。彼の言葉に惑わされては。
ここで冷静さを失えば、それこそ命取りになる。
これでも伊達に、何度も死線を潜ってきてはいないもの。
落ち着いて……冷静になるのよ、レティシア・オードラン……。
私は、夫の下へ帰らなきゃいけないのだから。
「……なにを企んでいるかわからないけれど、無駄なことよ。私はあなたの思い通りになんてならない」
『……ウフ、ウフフ……。もう遅いよ……ママの身体にはもう、僕が宿っているんだから……』
「――なん、ですって?」
『ママはね……僕を〝大いなる神〟として生み直してくれる――聖母様になるんだ』
レティシア・イズ・聖母(●∈∋●)
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