《イヴァン・スコティッシュ視点》
――細剣を振るい、蛇腹のようにうねる水の刃を滑らせる。
鞭が如き水流の斬撃は音速へと達し、我が弟へと襲い掛かる怪物の腕を、衝撃波と共に斬り飛ばした。
『――ウ゛ぅッ!?』
醜い身体をのけ反らせ、ユーリから離れる怪物。
……間一髪、といった所かな。
「イ――イヴァンお兄様……!?」
「手間をかけさせるなよ、ユーリ。お前はそんな不出来な弟ではないだろう」
僕は〔アクア・ウィップ〕を展開したまま、ユーリへと歩み寄る。
そして腰を抜かし、地面に尻餅を突いていた弟に手を差し伸べた。
「立てるか?」
「は、はい……」
僕の手を取り、ユーリは立ち上がる。
同時に、まるで夢幻でも見ているかのような目をしながら僕の方を見つめてくる。
「お、お兄様、どうしてここへ……」
「エレーナ女史が教えてくれたのだ。お前がなにやら危険な場所に飛び込んだ、とな」
――彼女には感謝せねばなるまい。
レティシア嬢がジャック・ムルシエラゴに攫われたこと、そしてオードラン男爵やユーリが後を追ったことを迅速に伝えてくれたのだから。
僕は一足早く到着したが、もうすぐ学園の教員たちやFクラスのメンバーもここへ到着するだろう。
ともかくエレーナ女史のお陰で、僕は弟の窮地に間に合ったワケだ。
「さて……」
僕はヒュンッと細剣を振るい、怪物の方を向く。
「よくも弟を傷物にしようとしてくれたな。代償は高くつくぞ、醜い怪物め」
『……ナンダ……オ前……?』
怪物は警戒するように、六つの目でギョロリと僕を見てくる。
『人間ノ癖ニ……ナンデ……コノ姿ヲ……恐レナイ……? ナンデ……精神ガ……汚染サレナイ……?』
「……? なにを言っている?」
『人間ナンテ……カ弱イ〝虫ケラ〟ノ……ハズナノニ……』
困惑した様子の怪物。
ああ……どうやら自らの醜悪な姿に、僕が恐れをなすとでも思っているらしい。
「……何故、だと? 下らぬ質問だ」
僕はフッと鼻で笑い、
「お前など少しも恐ろしくはない。僕は――お前よりもずっとずっと恐ろしい〝王〟に、仕えているのだからな」
――そう答えてやった。
ああ、そうさ。
彼の方が何百倍も、何千倍も恐ろしい。
僕はそんな男に仕えているんだ。
正真正銘の〝化物〟であり、暴君の中の暴君としてこの世に生まれ落ちた――アルバン・オードラン男爵に。
彼が放つ根源的な恐怖と比べれば……コイツの方がずっとちっぽけな虫ケラだ。
むしろ醜い分、さらに輪をかけて矮小に見えるな。
「貴様程度に気が触れるようでは、オードラン男爵の部下は務まらん。分を弁えるべきだな――下郎」
『オ…………オオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!』
僕の言葉がよほど癪に障ったのか、激しい怒号をかき鳴らす怪物。
やれやれ、外見だけではなく声まで醜いとはな。
――いいだろう。
貴族たる者の一人として、この怪物に〝優雅さ〟とはなんたるかを教えてやるとしよう。
「――ユーリ」
「! は、はい、お兄様!」
「やるぞ。お前が成長した姿――この兄に見せてみよ」
▲ ▲ ▲
《レティシア・バロウ視点》
「――〝大いなる神〟……? 聖母様、ですって……?」
――わからない。
ラーシュの言っていることが理解できない。
私が聖母様?
私が、彼を〝大いなる神〟として生み直す?
……なにを、言っているの?
『ママはね……選ばれたんだ……。この世界の理から外れた女性だから……聖母様に……。おめでとう……』
ラーシュの声は嬉しそうに、僅かに笑うように語る。
『〝大いなる神〟が生まれれば……この世界には永劫の平和がもたらされる……。神様がこの世を支配して……皆生まれ変われるんだ……』
「……」
『この鬱な世界に……安らぎがもたらされるんだよ……? 素晴らしいよね……』
「私が、その神を生む〝母体〟になるというの?」
『そうだよママ……。そうすればママは……世界に安寧をもたらした……慈愛の聖母様になれるんだ……』
「――――フ、フフ」
『……?』
――思わず、笑いが漏れる。
こんな状況でも笑えるなんて、自分でもどうかしていると思うけれど。
ラーシュの言っていることは、私には何一つ理解できない。
理解なんてしたくもない。
でも思ってしまったのだ。
もしこの場に夫がいたら――こう言うんじゃないかしら、って。
「世界平和……確かに素晴らしい響きね。でもあなたの言うそれは、私には不釣り合いな言葉だわ」
『……どうして?』
「だって私は――レティシア・オードランは、〝悪役〟だから」
私は額から脂汗を流し、込み上げる吐き気を抑えながら、それでも不敵に笑って見せる。
「私は〝悪女〟と〝大悪党〟の悪役夫婦、その片割れだもの。悪役以外が作った平和なんて……悪役令嬢には似合わないでしょう?」
ああ――そうだ、彼ならきっとそう言う。
そう言ってくれる。
俺たちにはそんなの似合わないだろう、って。
そんなモノは――クソ食らえだ、って。
「ラーシュ、あなたの言う神がなんなのかは知らないけれど……私はその〝母体〟になるのも、あなたのママになるのも、お断りよ」
『……』
「それに――あなたは、やってはならないことをした」
私がそう言った、直後――
ズ――――ン……ッ!
……という地鳴りのような音と揺れが、私たちの会話に割り込んでくる。
その地鳴りは徐々に大きくなり、揺れはみるみる内に激しくなっていく。
これは――〝破壊〟の音。
己が行く手を拒む全てを踏み潰し、蹂躙する、暴力の体現音。
一直線に、なにかが、向かってきている。
そんな音だ。
――来た。
来てくれた。
来てくれたんだ、私を迎えに。
嬉しさのあまり、私はニィッと悪役らしく口の端を吊り上げ――
「さあ、来るわよラーシュ。あなたの世界平和を阻まんとする――最凶にして最高の暴君が……!」
嬉しくて、泣きそうで、それでも私はラーシュへと向かって叫んだ。
――遂に壁の一部が大爆発し、外側から破られる。
強力無比な攻撃魔法によって、全てを吹き飛ばすように。
そして――
「……迎えにきたぞ、我が愛しき妻よ」
結局アルバンが一番怖い^ω^)
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