『――グアアアアアアァァァッ!!!』
巨大な胴体を思いっきり斬り裂かれ、実に汚らしい悲鳴を上げるジャック。
幾ら身体がデカくなって怪物らしくなったと言っても、所詮は肉の塊。
断ち切るのなんざ容易い。
つっても、これも学園に入ってから今日に至るまでの地道な鍛錬の積み重ねがあってこそ。
入学したての頃は、サイクロプスの皮膚を斬るのだって難儀してたんだモンな。
今思えば懐かしい。
ま、一年前の俺と今の俺とじゃあ、全然強さの桁が違う。
伊達に毎日妻を想って剣の鍛錬をしてないんでね。
この巨体の皮膚は、見かけ通りそこそこ硬いが――それでも肉は肉。
肉なら、斬れて当然。
そういうモンだ。
「どうした? そのデカい図体は、やっぱ見かけ倒しか?」
『な……舐めるなァッ!』
反撃とばかりに巨腕を振り下ろしてくるジャック。
俺はそれをヒラリと回避すると、一振りで野太い腕を斬り落とす。
切断面から噴き出る青い血液。
しかしジャックの攻撃は尚も止まず、下半身から生える無数の触手が俺目掛けて飛んで来る。
もっとも――その程度じゃ、攻撃の内に入らんな。
「遅ぇんだよ」
さながら弾幕のように、幾重にも重なり合う何十本もの触手。
俺は――その全てを、一瞬で斬り落とした。
俺の身体に届くより、ずっと速く。
何十本も触手があるなら、それと同じく何十回も剣を振るえばいいだけ。
シンプルだ。
『……ッ! 人間の肉体で、どうしてそんな動きが……!』
「夫ってのはな、背中に妻がいればなんだってできるモンなんだよ」
『クソッ――!』
ジャックは肉弾戦では俺に叶わないと悟ったらしい。
次の一手として、大きく胸部を膨らませると――触手が蠢く口から、緑色の濃霧を吐き出してくる。
その霧は肉の床を瞬く間に溶解させながら、俺やレティシアに向かって迫りくる。
――猛毒の霧。
ジャックが吐き出したモノが、人間の身体なぞ容易に腐蝕させてしまう瘴気だと、俺は瞬時に理解した。
まあ腕っぷしで俺に叶わないから、焦って搦め手を使ってくるのはわかるが――
「……レティシアに汚ねぇモン吹きかけてんじゃねーぞ」
だからって妻を巻き添えにしようとすんじゃねぇよ、この阿呆が。
――俺は左手に魔力を込める。
そして、
「――〔フル・ブレイズ〕」
〝炎〟の魔法を発動。
俺が左手を振り払うと、今にも俺たち夫婦を飲み込もうとしていた毒の濃霧が真っ赤に燃焼。
一気に炎が燃え広がり、あっという間に霧を完全燃焼させた。
『なッ――!』
「お返しだ」
濃霧を焼き払った俺は両手で剣を握り、バッと跳躍。
ジャックの眼前へと飛び上がり――気色悪い顔の付いた頭を、一撃で刎ね飛ばした。
ドサッと重い音を立てて、頭足類みたいな頭が地面へと落ちる。
『……』
両目の赤い光が消え、ピクリとも動かなくなるジャック。
他愛ないにも程があるな――俺は最初そう思ったが、すぐに勘付く。
手応えがないと。
「……おい、下手な芝居打つんじゃねーよ。どうせソレで終わりじゃないんだろ?」
『…………ウフ、ウフフフフ』
斬り落とされた首が、不気味に笑う。
同時に首なしとなった身体が動き、まだ俺に斬られていない方の片腕で自らの頭を拾い上げた。
『なんで気付いちゃうかな……。隙を見て食い殺してやろうと思ったのに……』
そんな言葉と共に、再びジャックの目が赤く光る。
案の定、死んだフリをしていたらしい。
「さっき胴体を斬り離されても復活した奴が、首を刎ねたくらいで死ぬワケないと思ってよ」
『ああ、そうだよ……。〝大いなる神〟は死なないんだ……』
ジャックは頭を元の位置に戻すと、さらに斬り落とした腕や触手も瞬時に再生。
どうやら普通の斬撃だけじゃ仕留め切れないらしい。
『腕を斬っても、首を落としても、身体を斬り刻まれても……僕は何度だって再生できる。これが神の力なんだ……!』
「……」
『ウフフフ、どうする……? さあ、どうする!? 今降参するならひと思いに――!』
「じゃあ、滅ぼす」
『――え?』
『死なないし殺せないなら、滅ぼしてやる。跡形もなく、塵も残らないように』
俺はカチャリと剣を揺らし、僅かに柄を強く握る。
「それとな、お前勘違いしてるよ。この世で死なないし殺せないし滅びないモノっていうのは、たった一つしかない。当然、それはお前でも神でもなくてな」
『……じゃあ、なんだと――』
「それは……俺が妻を愛し守り抜くという、その気持ちだけだ」
俺は、剣を両手に構える。
――集中。
剣の切っ先に意識を全集中させ、たった一点に魔力を込める。
身体の奥から湧き上がる、ありったけの魔力を。
「妻のためなら……神サマなんざ滅ぼしてみせる」
圧縮――圧縮、圧縮、圧縮。
魔力を一点に、剣の切っ先に、どこまでも圧縮していく。
……これは、俺が会得した新しい魔法。
俺が鍛錬を積んでいたのは、なにも剣術に限った話じゃない。
魔法だって同じように研鑽してきた。
もっとも、俺の魔法が新たな境地に至ったのは、義姉さんのお陰だが。
レティシアがオリヴィアさんに魔法を教わるようになってから、俺も折を見て彼女に指導を頼むようになった。
セーバスは魔法の専門家ってワケじゃなかったし、俺自身独学では限界を感じ始めていたから。
オリヴィアさんは、喜んで俺を鍛えてくれたよ。
しかも「可愛い妹を守って頂戴」ってお願いまでしてくれて。
そして――俺はオリヴィアさんの下で新たな魔法を生み出し、会得した。
彼女からは「あまりにも危険過ぎるから、本当の非常時以外は使わないように」なんて釘を刺されたけど……今なら許してくれるだろうさ。
――空間が、歪んでいく。
剣の切っ先に漆黒の球体が生成され始め、それが徐々に大きくなっていき、周囲の空間を歪める。
注ぎ込まれる魔力は圧縮に圧縮を重ねて途方もない密度を持ち、圧縮を続けているにもかかわらず漆黒の球体を膨張させていく。
『な……なんだ、その魔法は……!?』
ジャックは恐怖し、僅かに後退りする。
この魔法が己を滅ぼすと、本能が察知したのだろう。
『この……ッ!』
巨腕を振り被り、俺を叩き潰そうとしてくるジャック。
――しかし、
「……〔アブソリュート・ゼロ〕」
俺の背後で声がした。
直後、地面を這うように勢いよく凍結が広がっていき、ジャックの身体までも凍らせていく。
そのせいで奴は身体のほとんどが氷漬けになり、動きを遮られてしまう。
――レティシアだ。
彼女が魔法を発動し、俺を支援してくれたのである。
『――! ママ……!』
「わ……私の夫に……触らないで……!」
レティシアもレティシアで、今にも浸食が全身を覆い尽くしそう。
だがそれでも正気を失うまいとし、必死に抗って見せる。
そんな気丈な妻の姿は、俺の目にこれ以上ないくらい美しく、魅力的に映った。
同時に、俺は気付く。
――レティシアの魔力が上がっていると。
彼女は確かに強大な魔力の持ち主だし、そのコントロールも天性の才能の持ち主。
だがどういうワケか、前にも増して彼女の魔力量も出力も増大している。
それも、遥かに。
お陰で怪力を持つジャックの巨体はほぼ完璧に身動きが封じられ、その場を動くことすらままならなくなった。
俺の知っている限り、如何にレティシアの〔アブソリュート・ゼロ〕と言えどここまでの威力はなかったはず。
どうして突然魔力が上がったのか、理屈はわからん。
まさか浸食の影響だろうか……?
彼女の身体も早くどうにかしないとだが――なんにせよ、これで仕留めやすくなった。
『クソ……! 〝大いなる■■〟よ……もっと僕に力をお貸しください! 我が〝魂〟にさらなる力を!』
身体の自由が封じられたジャックは、焦燥に駆られて叫ぶ。
アイツの言う神とやらに向かって。
だが――なにも起こらない。
誰もジャックに返事などしない。
『■■様……!? 何故お答えくださらないのですか! 我が神よッ!』
「――困った時の神頼み、ってか」
俺は――魔力の圧縮を終える。
まるで空間を削り取ったかのようにどこまでも真っ黒な、小さな〝球〟。
それが剣の先でフヨフヨと浮いている。
――オリヴィアさんの下で魔法の鍛錬をしていた時、俺はふと思ったんだよな。
混合魔法のように異なる属性の攻撃魔法が重ね掛けできるなら、同じ属性の攻撃魔法も重ね掛けできるんじゃないかって。
だから俺は――〝重力の魔法〟に〝重力の魔法〟を重ね掛けすることを思い付いた。
闇属性の魔法〔グラビティ・コア〕を幾重にも重ねて発動し、闇魔法に闇魔法を、重力に重力を重ねる。
何重にも、何十にも、何百にも。
すると、なにが起こるか――?
俺は剣を構え、
「そんなだから――お前はレティシアに振り向いてもらえないんだ」
――跳躍。
天高く、ジャックの頭上へと。
そして――
「――〔黒渦〕」
圧縮した〝球〟を、剣の切っ先ごとジャックの脳天に突き込んだ。
刹那――吸収が始まる。
風が、音が、光が、ジャックの肉体が――術者である俺を除いた周囲のありとあらゆる物質が、〝球〟の中心に吸い込まれていく。
重ね掛けされた超重力は空間すらも吸い込んで捻じ曲げ、目に映る世界を歪ませる。
ジャックの巨体は重力に引っ張られ、まるで紐のように細くなりながら螺旋を描いて〝球〟の中心へと引っ張られていく。
その光景はおぞましくもあり、同時にどこか滑稽にすら見えた。
『や――――やめ――――ッ!』
「……潰れて滅びろ、虫ケラ」
もはや、ジャックに重力の渦から抜け出す術はない。
最期に――
『マ…………ママああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
断末魔をかき鳴らしながら、ジャックは〔黒渦〕の中心へと消えていった。
醜い巨体は、跡形もなく消滅。
奴が完璧に吸い込まれたことを確認した俺は、すぐに〔黒渦〕の発動を終える。
このまま展開し続けてたら、レティシアさえも飲み込んじまうからな。
怨敵を重力の彼方へと消し去った俺は、
「さて……これで最悪の平和は阻まれましたとさ、めでたしめでたし――ってな」
そう言って、レティシアへ笑顔を向けた。
※お報せ
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