《レティシア・バロウ視点》
――学園内、個別棟の中。
既に午後の授業を終えた放課後。
「うぅ~~~~~ん…………」
エレーナさんは右手には〝タリスマン〟を、左手には虫眼鏡を持って、間延びした声で唸る。
なんだかとっても悩ましそう。
「どうかしら、エレーナさん?」
「〝タリスマン〟にも変化は見受けられませんね~。少なくとも私が見た限りでは~レティシアさんの身体に異常はなさそうです~」
エレーナさんの診断結果を聞いて、私は「そう、よかった」と胸を撫でおろす。
偽ジャック――もといラーシュ・アル=アズィーフの一件から、約半月。
エレーナさんが言うところの〝邪神〟とやらに身体を侵食され、あわやその母体にされかけた私だったけれど……その後なんの異常もなく日常生活を過ごせている。
事件の後になってエレーナさんがオリヴィア姉さんと知り合いであり、魔法省から秘密裏に派遣された人物であることも知らされた。
それを聞いた時、あの時姉さんが「私も私なりの方法で手は打っておいた」と言っていた意味がようやく理解できたわ。
〝邪神〟や〝魔導書〟の専門家である彼女は、事件の後も引き続き〝薔薇教団〟から私やアルバンを守ってくれる役割を引き受けてくれた。
現在でも一年Dクラスの〝王〟として、こうして学園に残ってくれている。
こんなに心強いことはないわね。
それと、暫定的にエレーナさんが一年をまとめる立場になったようだけれど……極々一部の間では「彼女は本当は何歳なのか?」という疑問が既に王立学園七不思議の一つとして数えられつつあるみたい……。
さり気なく当人に聞いてみても「ナウでヤングなバカウケちゃんですよ~」とはぐらかされちゃうのよね……。
男性陣も男性陣で女性に年齢を尋ねるのは憚られるようだから、聞けないでいるみたいだし……。
ともかく、事件後の学園はどうにか平穏を取り戻している。
エレーナさんも定期的に私の身体に異常がないかチェックしてくれるけれど、今のところは何事もないみたい。
……そう、異常はない。
ただし――変化はあった。
「でも、不思議なのよね……。〝邪神〟から身体の浸食を受けて以降、明らかに私の魔力が強まっているみたいで……」
――私は自分の変化を如実に感じ取っていた。
以前とは比較にならないくらい、体内の魔力量が上がっているのだ。
どのくらい上がったかと言えば、大幅に魔力を消費する魔法を連続で発動しても全く魔力が切れる気配がないほど。
量・質・出力全てにおいて、事件前の倍以上は魔力が強まっている。
いや、倍どころではないかもしれない。
今の魔力量がどの程度で底を尽きるのか検証したワケではないけれど――もしかしたら、何十倍も強まっているのかも。
エレーナさんは「ふ~む」と顎に指を添え、
「もしかすると~、浸食が進行した状態で■■が消滅したことで~レティシアさんの身体と■■の力の一部が融合してしまったのかもしれませんね~。だとすれば~魔力だけ異常に強まるのも納得できます~」
「……しばらく経ってから、また浸食が進んだりしないかしら」
「絶対にない――とは断言できませんが~おそらくは大丈夫でしょう~。〝タリスマン〟が〝魂〟の気配に反応しませんので~」
エレーナさんは私を安心させるよう、努めて落ち着いた声で話してくれる。
彼女の話し方は、不思議と安心感を与えてくれるのよね。
彼女は「とはいえ~」と言葉を続け、
「今後も~しばらくの間は定期的な検診をさせてください~。私の仮説が正しければ~レティシアさんは人類史上稀にみる〝邪神の力を得た女性〟となるのですから~」
少しだけ真面目な口調で彼女は言う。
――そもそも、〝邪神〟とは一体なんなのか。
エレーナさん曰く、「今よりずっとずっと昔、太古の昔よりもさらに前に、この世界を支配していた〝大いなる存在〟」だそうだ。
完全に人智を超越した存在であり、根本的に生き物とは違うなにかであり、古の人間たちは彼らを崇めることしかできなかった――と。
ただ〝邪神〟のほとんどは、ある時を境に忽然と世界から姿を消してしまったのだという。
世界の片隅に、〝魔導書〟だけを残して。
だから〝邪神〟に関して判明していることは、まだまだ少ないらしいのだけれど――彼らはまだこの世界のどこかに潜んでおり、エレーナさんはそんな彼らの研究を続けてきたらしい。
ただ一つ、ハッキリと彼女が断言したのは――「今や〝邪神〟は人類の敵である」ということ。
それを聞いた時、私は背筋が薄ら寒くなる感覚を覚えた。
「……ええ、わかったわ。今後ともよろしくお願いしますわね、エレーナさん」
「いえいえ~。これも私の役目ですから~」
気の抜けた朗らかな笑顔を見せてくれるエレーナさん。
すると、
「――レティシア~、ただいま~」
その時、個別棟の玄関ドアがガチャリと開く。
そして我が夫、アルバンが帰宅してくれた。
「おかえりなさい、アルバン」
「おや~、〝神殺し〟の英雄様がお帰りですね~。それでは若いお二人の邪魔をする前に~退散すると致しましょう~」
私たちに気を遣ってくれたのか、エレーナさんはそそくさと個別棟を後にする。
アルバンは「ハァ」と微妙にため息を漏らし、
「……エレーナの奴、俺のこと〝神殺し〟って呼ぶのやめろって言ってんのによぉ」
「フフ、いいじゃない。彼女は彼女なりに、あなたに敬意を払っているみたいだし」
面倒くさそうにする夫を宥める私。
実はアルバンもアルバンで、エレーナさんの検診の対象となっている。
ある意味では、夫は私よりも興味深い研究対象と思われているかもしれない。
なにせ自力で〝邪神〟を葬ってしまったのですから。
ラーシュの一件の後、意識を取り戻したエレーナさんはそれはそれは猛烈な勢いでアルバンに対して質問攻めを繰り返していたものね……。
本当なら、私以上に身体のあちこちを調べ尽くしたいのでしょうけれど……調べようとする度に、アルバンが「面倒くさい」「触んな」と言ってもの凄く嫌そうな顔するのよね。
そもそも彼は、私以外に身体を触れられるのをとっても嫌がるから……。
それにエレーナさんにとっても夫婦の時間を邪魔するのは憚られるようだから、私付き添いの下でたまに検診を受けることになっている。
ただ今日はアルバンがファウスト学園長に呼び出しを受けていたから、また日を改めてくれるみたい。
「それで、学園長からのお話はなんだったの?」
「別に、ぜーんぜん大した話じゃなかったよ。偽ジャックの一件からなにか変わったことはないか~みたいな」
「ウフフ、学園長も学園長で私たちを心配してくれているのね」
如何にも面倒くさそうにするアルバンに対して、私はクスッと笑顔を浮かべる。
ありがたいじゃない、心配してくれているんだもの。
私も今度改めてファウスト学園長に感謝を伝えに――
なんて思っていた時、〝コンコン〟と玄関ドアが外からノックされる。
「? はーい」
私が玄関へ向かってドアを開けると――そこにはしばらくぶりに見る顔があった。
「……久しいな、レティシア・オードラン夫人」
「あなたは――〝王家特別親衛隊〟のホラントさん……!」
そこに立っていたのは、かつてアルバンを拘束しに学園へ現れた〝王家特別親衛隊〟の部隊長、ホラントという人物だった。
意外な人物との再会に私が目を丸くしていると、ホラントさんの視線はアルバンへと移る。
「それとオードラン男爵も。久しぶりだ」
「あ、お前――! ……誰だっけ?」
アルバンが小首を傾げると、ホラントさんはズルッと肩を滑らせる。
……まさか完全に忘れ去られているとは思っていなかったのでしょうね……。
でもアルバンは基本的に他人に関心がないから……。妻である私を除いてだけど……。
ホラントさんは気を取り直し、
「ホ、ホラントだ。監獄に閉じ込められていた貴殿を、檻から出しただろう……」
「あ~、あの時の。で、俺ら夫婦になんか用か」
「うむ、突然の来訪すまないな。さっそく用件を伝えさせてもらうが――アルベール国王が貴殿ら夫婦をお呼びだ」
???「ホラントくん! 久々の登場ですね!」
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