「――お初にお目にかかります、ヴァルランド王国の新たなる統治者、アルベール・ヴァルランド国王」
謁見の間に入ってくるなり、褐色肌の美少年は床に片膝を突いて実にうやうやしく挨拶する。
その背後には、少年の護衛らしいキリッとした顔立ちの成人の戦士の姿も。
……美少年?少年でいいんだよな?
なんかえらく華奢で可愛らしい顔してるし、少女っぽくも見える。
年齢はおそらく十歳前後だろうと思うのだが、それにしても背丈が低い。
ヴァルランド王国の十歳男子の平均身長と比較しても明らかに小柄で、どう見ても130センチ以下。
オマケに男子としては声色も割と高めなせいで、余計に混乱させられる。
見ようによっては、なんともお得な顔と声とも言えるかもしれんが。
一方でハッキリとわかるのは、少年と護衛の戦士が異国の人物であるということ。
そして高貴な身分の人物であろうということだ。
着ている衣服や身なりは勿論、所作に気品がある。
アルベール国王に謁見できるくらいの身分ということは、余所の国の貴族や豪族――でなければ王族の人間かもな。
「あなた様へのお目通り叶い、このアル・マッラ光栄の至り……」
「あらヤダ~~~♥ 超絶可愛いショタっ子ちゃんじゃなーい♪」
褐色肌の美少年を見るなり、アルベール国王のテンションが唐突に爆上がりする。
ちょっとキモいくらいに。
「ネワール王国の王子はすっごい美男子だって噂に聞いてたけど、こーんなに可愛いだなんて! もう食べちゃいたいくら~い♥」
「あ、あの……?」
「ごめんなさいねぇ~ん、こんな狭苦しい部屋の中で謁見させちゃってぇん! ウチの城ってば一回崩れかけて絶賛修復中だから、大目に見て頂戴~! 代わりにうんと歓迎して可愛がってあげるからぁ~ん♥」
よっぽど少年の容姿が気に入ったのだろう。
アルベール国王の頭上に無数の♥マークが浮いている。
「どうかかしこまらないでねぇん。アタシ、堅苦しいのって嫌いだから♪ フランクにお話しましょ!」
「お、お気遣いありがとうございます……?」
「それにホラ~、アタシの名前のアルベールと、アル王子と、そこの英雄のアルバンちゃんって名前が似てるじゃない? アル繋がりの似た者同士、三人で仲良くしたいわぁ♥」
似てるか? 俺たちの名前って?
いやまあ、言われてみれば確かに三人共〝アル〟って名前に入るけど。
でもこの人に似た者同士って言われるの、なんかすっっっごい癪だな……。
美少年も美少年で、フランクになれと言われてもなぁ……と困り顔。
そりゃ一国の王に突然そんなこと言われても困るわな、普通。
そんなアルベール国王の姿を見たレティシアは、少しばかり引き気味になりつつも、
「アルベール国王、今ネワール王国の王子と――」
「ええ、そうよ。彼はネワール王国国王の息子にして次代国王となるであろう人物、アル・マッラ王子。あなたたちを紹介したかった人物っていうのは、この子のこと」
「……なぁレティシア、ネワール王国ってどこの国だ?」
どうも話に付いていけず、俺はヒソヒソと小声でレティシアに尋ねる。
ネワール王国……聞いたことのない国名だった。
ヴァルランド王国に隣接する国々のことなら一応頭に入ってるが、ネワール王国ってのは知らないな。
知らない国の王子だなんていきなり紹介されても、正直ちんぷんかんぷん。
俺の質問に対し、レティシアもヒソヒソと小声で返してくれる。
「アルバン、あなた知らないの? ネワール王国っていうのは――」
「――ヴァルランド王国よりずっと東、大国の間に挟まれた小国でございますよ」
レティシアよりも先に、褐色肌の美少年が答えてくれた。
どうやら聞こえてたっぽい。だいぶ地獄耳だな。
レティシアは焦った顔で、
「ご、ごめんなさい! 我が夫はあまり他国に関心がないもので……!」
「アハハ、どうぞお気になさらないでくださいご婦人。むしろ旦那様の反応の方が自然でございます」
俺とレティシアのやり取りを見ていた美少年――アル・マッラ王子とか言ったか?
彼はなんともおおらかな態度で、
「ヴァルランド王国という大国と比べれば、我がネワール王国は無名も同然。国土面積はヴァルランド王国のおよそ十分の一、民の数はさらにそれ以下……主要な産業と呼べるモノは少なく、他国の支援なくしては存続すら難しい貧しき国なのです」
説明してくれる。
アル王子の言葉を聞いて、俺は「ほぉ」と驚きを隠せなかった。
とても十歳前後の子供とは思えないほど、理路整然と自国のことを説明できたからだ。
それも怒るでもなく、あくまで冷静かつ客観的に。
なんとも大人びた――というか理知的で器量のある子供だなと、俺は純粋に感心させられてしまった。
レティシアは「でも」とアル王子の説明に付け加えるように話を続け、
「それは今までのお話ですわよね。大国に挟まれたネワール王国はその地理的条件から地政において重要と見做されておりますし、今後発展が見込まれている国だと伺っておりますわ」
「おお、よくご存知ですね」
「それからネワール王国は昔から傭兵産業が盛んで、一部地域ではネワール傭兵なくしては軍が維持できないほどとも聞いております。ヴァルランド王国でも、少数のネワール傭兵が〝職業騎士〟として活躍されておいでですのよ」
淡々とネワール王国に関する知識を語ってくれる我が妻。
あ、そうなんだ。ネワール王国の傭兵って〝職業騎士〟の中にもいるんだな。全然知らなかった。
今度ローエンにでも聞いてみるか……。
「あとは、ネワール王国といえば観光業が有名のはず。大陸を隔てるほどの大きな山は貴国でしか登ること叶わず、山頂の景色は見る者を虜にするほどの絶景だと本で読みました」
「ヒマ・アーラヤ山のことですね。確かに、あの雄大な山は一見の価値があるでしょう。我が国の民も誇りに思っています」
どこか楽しそうに会話するアル王子とレティシア。
アル王子は感嘆とした様子で、
「驚きました。まさかヴァルランド王国の〝救国の英雄〟――その奥方様がこれほど博識であらせられたとは」
「お褒め頂き光栄ですわ。ですが私など、本で読み齧った情報を見知っているにすぎません。それを言うのであれば、アル王子殿下も驚くほどご聡明な紳士ですわ」
「そ、そうでしょうか? ヴァルランド王国の英雄殿にお褒め頂けるとは、余も少しばかり鼻が高い――」
「ゴホン! アル王子?」
ようやく子供らしい照れ顔を見せたアル王子の背後で、厳しい表情をした護衛が咳き込む。
なんだか機嫌が悪そう……というか、なんか怒ってる?
なんで怒ってるのか知らんけど。
レティシアはアルベール国王の方を見て、
「それにしても、ネワール王国の王子殿下がどうしてここに……?」
「ん、まあちょっと言葉にはしづらいんだけど――」
「ヴァルランド王国からの経済的援助、及び軍事同盟延長の確約のためでございます」
やや言いづらそうにするアルベール国王の代わりに、アル王子はズバリと口にする。
「先程も申しましたが、ネワール王国は小さく貧しい国なのです。これまでは隣国の支援――特にここ十年間はヴァルランド王国の庇護があったが故に、他国から侵略されずに済んでおりました」
「そういうこと。もしネワール王国に戦争を仕掛ければヴァルランド王国が動くっていう、簡単に言えば軍事同盟ね。ウチとしても、他の大国に領土を増やされるのは面白くないから」
ああ……なるほど。
要するに「敵の敵は味方」ってヤツか。
ヴァルランド王国に守られることによって、隣接する大国からの侵略を牽制。
その代わりヴァルランド王国には頭を垂れて、属国となる……。
現実的な選択だ。もっともその舵取りってのは、中々に難しいモンがあるだろうけどな。
隣国との関係も悪化させすぎないために、付かず離れずの距離感を守らなきゃならないはずだし。
そんな国の王子ってんなら、さぞ気苦労も多かろう。
このアル王子が歳の割に異様に大人びて見えるのも、そういう理由か。
アル王子はさらに話を続け、
「今より十年前、ネワール王国は長く続く内乱に苦しんでおりました。その内乱を終わらせてヴァルランド王国との同盟を結び、国内に平和をもたらしたのが我が父ヤークシャ・マッラなのですが……今は病に倒れ、もう先は長くないと言われております」
「「「……」」」
「父が亡くなれば、ヴァルランド王国とネワール王国との同盟も先行きが不透明となりましょう。ですから――」
「〝花嫁〟を貰いにきた、のよねん」
アル王子の言葉を、アルベール国王が続ける。
「ヴァルランド王家からマッラ王家に〝花嫁〟を迎え入れれば、両者の同盟はより強固なモノになる……。他国もより攻め難くなることだしね」
「――はい」
肯定するアル王子。
どうやら彼は、政略結婚のためにこの国を訪れたらしい。
国家間の結び付きをより強固にするために婚姻を結ばせるってのは、いつの時代どんな場所でも行われてきた行為だからな。
現国王から続く同盟を破綻させないための選択としては、間違ってはいない。
……俺は、そういうのってあまり好きじゃないが。
元を辿れば、レティシアも政略結婚の被害者だからさ。
ハッキリ言っていけ好かないね。
レティシアもなにか思う所があるのか、口元に手を当て考えるような仕草を見せる。
「……アルベール国王、その〝花嫁〟は既に決まってらっしゃるのですか?」
「いいえ、実はまだなのよ」
肩を竦めるアルベール国王。
彼はちょっとだけため息を漏らし、
「っていうのもホラ、この国ってばクーデター未遂が起きたばっかりで、アタシも国王に就任仕立てじゃない? だから王家血筋の人間が中々まとまらなくってねぇん……」
「で、すんなり決まらないからアル王子がわざわざ国を訪れてくれた、と」
俺が言うと「そういうこと」とアルベール国王は肯定。
ははぁ、そりゃアル王子も遠路はるばるご苦労なこった。
決まるかどうかもわからない花嫁探しのためにここまで来たとなればな。
しかしヴァルランド王家の血筋の人間で、そんな収まりのいい女性がいるかねぇ?
エルザの反乱のせいで、本家筋に当たる人間はもうアルベール国王とルイス第一王子のみ。
一応王家の血を引く分家の人間もいるにはいるだろうが、心からアルベール国王のことを認めているかとなれば若干怪しい。
クーデターのどさくさに紛れて王位を強奪したと見ている奴も、ぶっちゃけいるだろう。
加えて、嫁ぎ先はヴァルランド王国から遠く離れた小さな国。
望んで行きたいと思う者は少ないはず。
ましてや王家の血を引く者なら尚更に。
どうもこれは、中々に難儀しそうな一件だな――なんて俺は思ったり。
「ま、どうにか〝花嫁〟は決めるつもりだけど。アタシとしても、ネワール王国との繋がりは大事にしたいし――」
「…………あ、あの」
アルベール国王が悩ましそうにしていると、アル王子がなにやら言いづらそうに口を開く。
「その、〝花嫁〟のことなのですが……実は見つけてしまったのです!」
「「「え?」」」
俺とレティシアとアルベール国王、三人の声がハモる。
同時に、アル王子の後ろにいた護衛の男が仰天した様子で目を見開いた。
「!? ア、アル王子!? その話は絶対にされぬようにと、あれほど――ッ!」
「いいや、やはり余はあの人がいい! あの女性が欲しい! 彼女こそ余の理想の……ネワール王国の未来に必要な女性なのだ!」
ちなみにネワール王国の名物料理はダルバートという設定です(๑•﹏•)
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