「それで、私に会いたいとか抜かすお方はどなたですの?」
レティシアと俺に連れられ、なにも知らないエステルは王城までやってくる。
……面倒くせぇ。ああ面倒くせぇ。
どうしてこうなった? なんで俺はいつも面倒くせぇことに巻き込まれるんだ?
エステルもエステルで余計なことしてくれたよホント。
いやまぁ、他国の王子を助けてネワール王国とヴァルランド王国の関係を拗らせなかったって意味では、超グッジョブと言えなくもないんだが。
なんて思いながら気怠さMAXで歩く俺とは対照的に、城内の廊下を軽い足取りで進む我が妻。
レティシアはどこか楽しそうに、
「ウフフ、会うまでのお楽しみよ」
「――ハッ!? もしや私の達成したデッドリフト602キロが、世界記録を樹立してしまったとかかしら!? それで国王から表彰されるとか!? やっぱり私ってば罪な女ですわーッ!」
「オーッホッホッホ!」と高笑いを上げるエステル。
ちげーよ。ってかなんだよ602キロって。
まるまる牛一頭分くらいの重さじゃねーか。それ絶対人間が挙げていい重量じゃないだろ。
相変わらずコイツはコイツで人間やめてるな……。
俺が呆れる一方レティシアは「申し訳ないけれど、その件ではないわね」とやんわり否定。
「なーんだ、違うんですのね」
「でも、アルベール国王が会いたがっているのはある意味正しいかしら」
「??? 表彰でもないなら、なんで国王が私に会いたがるんですの? 私、別にお上に睨まれる事なんてしていなくってよ」
「ええ、むしろ逆ね。あなたはとってもいい事をした。」
「んもぅ、もったいぶらずに教えなさいな! 私、まどろっこしいのはお嫌いでしてよ!」
「それじゃあ、ヒントを教えましょうか」
エステルの前を歩いていたレティシアが、笑顔のままクルリと振り向く。
やっぱり彼女は楽しそうだ。俺の妻ってば、案外と恋愛話が好きなんだよな。
以前のマティアスとエイプリルの時も率先して手助けしようとしてたし。
他人の恋路に関してはちょっと無邪気になる所が最高に可愛い。
普段とのギャップがあって素敵。
やっぱり俺の妻は無敵だな!
……もっとも、それに付き添う夫の俺としては一ミリも楽しくはないが。
いや、楽しくないは言い過ぎか。だってこうして妻の笑顔を見られるだけで素晴らしいことなんだから。
が、俺は他人の色恋になんて興味なし。俺はレティシアとの恋愛以外に関心などない。
目障りだからやるなとまでは言わないし、どうぞご勝手にって話だが、せめて俺を巻き込まないでほしい。面倒くせぇから。
ヒント、と言ったレティシアは言葉を続けて、
「とある殿方が、あなたにお礼を言いたいんですって。あ、これはアルベール国王とは別の方よ」
「お礼ぃ……? 殿方がぁ……?」
まるでピンときていない様子のエステル。それもまあ仕方のないことだろう。
こう言っちゃなんだが、普段まるで男っ気がないもんな。実際イメージできねーよ、コイツが異性とイチャイチャする姿なんて。
つーか、あまりにもバーベル挙げしてたり喧嘩してたりする印象が強すぎるんだよな。未だにあの王子とエステルがセットになった光景を想像できんわ……。
当人以上にピンとこない俺であったが――エステルはすぐにハッとした顔をする。
「――! ま、まさか……遂にスタンリー〝サンライズ〟ヨハンセンが私を見つけてくださったとか!?」
おっと、なんか盛大に勘違いをし始めたぞ?
「そうですわ! 足繫く興行試合に通っていた私を、あのダンディなマッチョメンが遂に見初めて追いかけてくださったのですのね! そうですのね!?」
「……ごめんなさい、あなたに用があるのは違う殿方ね」
レティシアが答えると、「なーんだ……」と露骨にガッカリするエステル。
彼女の気を紛らわそうとレティシアは「と、ところで」と話を変え、
「今ダンディな殿方って言い方をしたけれど、もしかしてあなたってだいぶ年上の異性が好みなの?」
「当然、殿方は渋くてナンボでしてよ!」
エステルは胸を張りながら自分語りを始め、
「年齢は一回り以上離れていて、背も筋肉も大きくてチャーミングな口髭が生えたガチムチがベスト! 丸太みたいにぶっとい腕を掲げながら、私を肩に乗せて歩ける激渋なおじ様が理想ですわ~!」
「……ああ、残念ながら全部〝逆〟だな、その理想とは」
エステルの理想を聞かされた俺は、思わずそんなことをポツリと呟く。
スゲーな、見事に全部逆だよ。コイツの好みの異性とあの王子は。
得てして〝初恋は叶わないモノ〟なんて言われたりもするが……なんかもう面倒くせぇ未来しか見えない気がする。
「ちょっと、〝逆〟ってなんですの? ついさっきもパウラ先生に似たようなことを言われたんですけれど!」
「気にすんな。ところでお前、最近人助けしただろ」
「人助け?」
「如何にも金持ちのボンボンで、異国の服着た子供。路地裏でゴロツキ共に絡まれてる所を助けたはずだ」
「なんでそんなこと知ってるんですの? あの時は白熱した興行試合を観た後に暴れられたので、大変お気持ちよかったですわね!」
「あっそ。まあでもお前はネワール王国のためにいい事したよ。だから、恨むなら自分を恨んでくれ」
「??? はぁ?」
――そんなことを話している内に、俺たち三人は彼が待つ謁見の間に到着。
一度ノックした後、俺はドアを開けて中へと入っていく。
「只今戻りました~。お望みのエステルを無事連れてきましたよっと」
謁見の間の中には、俺たちの帰りを待っていたアルベール国王、アル王子、コピル、あと数名の護衛騎士たちの姿が。
俺、レティシア、エステルの順番で部屋の中へと入り、
「この度はご招待頂き感謝の至りですわ、国王陛下。エステル・アップルバリ、この通り馳せ参じ――」
一応の礼儀として、エステルはしゃなりと身を屈めて挨拶。
コイツが王城に来るのは初めてだし、アルベール国王に直接謁見するのも今回が初。
だかららしくもなく、しおらしく頭を垂れたのであろうが――
「お…………お姉さんッ!」
そんな礼儀作法を無視するかのように、幼い声が部屋の中に響き渡った。
それはそれは歓喜に満ちた、堪らなく嬉しそうな声が。
「へ?」
「お姉さん、会いたかったッ!」
間髪入れず、小柄で華奢な少年がタッタッタとエステルへ駆け寄り、その身体へと抱き着く。
その小柄な少年とは、勿論アル王子のことだ。
エステルの身長は、ヒールの高さも込みにすれば大体165センチくらい。対してアル王子は130センチ以下なので、彼の腕はエステルの腰上~腹部くらいに回ることになる。
その身長差はどう見たって大人と子供。
体つきにしたって、どう見てもアル王子の方が華奢だ。エステルだって怪力の持ち主の割には細身のはずなんだが。
そんなアル王子の姿を見たエステルは、どうやらすぐに彼のことを思い出したらしく、
「あ、あなたあの時に助けた――!?」
「余のことを覚えていてくれたのですね! そうです、あの時お姉さんに助けて頂いたアル・マッラです! もう一度会えて、本当に嬉しいッ!」
「ちょ、ちょっと離れなさいな! 国王の御前――というかそれ以前に、淑女の身体にむやみに抱き着くモノではなくてよ!?」
「嫌です! もう離しません! こうして再び会えたのですから!」
絶対にエステルから離れようとしないアル王子。
エステルの腕力なら引き剝がすのなんて容易なはずだが、それをしないのはアル王子があまりに華奢で下手をすれば傷付けてしまいそうだと思っているからだろう。腕の骨なんてポキッと折れちゃいそうだし。
アル王子は抱き着いたままエステルの顔を見上げ、
「お姉さん――いえ、エステル・アップルバリ殿、余はあなたに惚れました! どうか余と結婚してください!」
「は……はぁ?」
驚くを通り越して、困惑と呆れが同時に表情に出るエステル。
ま~そりゃそんな顔にもなるだろう。
いきなり子供に結婚してくれと言われればな。
いよいよエステルは助けを求めるような目をして、俺たち夫婦の方を見る。
「あの……これ、どういうことかご説明してくださる?」
「うんとな、エステル。まずその子、ヴァルランド王国が同盟を結んでる国の王子」
「えっ」
「だからお前は、同盟国の王子様を助けちまったんだよ。で、お前に一目惚れしちまったんだと」
そんな風に俺が説明してやると、
「た、ただの一目惚れではありません! 余の初恋なのです! こんな気持ちは初めてなのです!」
アル王子がエステルを見つめたまま、恥ずかしげもなく想いを吐露。
こうして臆面もなく言えてしまうのも若さ――というか幼さの為せる事なのだろうか。
「余はもうエステル殿以外の女性など目に入りません! ですからエステル殿はこのアル・マッラの初恋を奪った責任を取って、余と結婚して頂きたいッ!」
「……………………………………………」
――エステルの額から、ドバッと冷や汗が流れ始める。
両目が点になり、顔色が真っ青になる。
ようやく状況を理解したらしい。
同時に、こんなことになるとは想像もしていなかったのだろう。
まさか自分が助けた子供が一国の王子で、しかも自分に惚れてしまうなんて。
オマケに――結婚まで申し込んでくるその相手が、自分の理想とはなにもかもが真逆であるだなんて――。
エステルは両手で頭を押さえ、
「ショ……ショタの初恋を奪ってしまいましたわ~~~~ッ!?!?!?」
悲しい叫び声を、城中に響かせるのだった。
頑張れエステル、キミの未来は明るい(^o^)
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