時に、人はこんなことを言う。
〝言葉で語るより、拳で語る方が早い時もある〟。
もうウダウダ話してるのも面倒くせぇから、喧嘩で白黒つけようぜ、と。
一対一張ったらマブダチじゃい、と。
……思考回路が暑苦しい上にむさ苦しいので、俺はこういうこと言う奴あんま好きじゃないが。
でもまあ、決着のつかない舌戦を続けるよりかは面倒くさくはないだろう。
その点だけは同意する。
――そんなこんなで、エステルとコピルは校庭にやって来た。
当然二人を見守るために俺、レティシア、アル王子も。
こういう「おう、ちょっと面貸せや」的な状況って校舎裏とか屋上とかが定番スポットのような気もするが、相手は王子の護衛だからな。
コピルにしても喧嘩っていうより、エステルの実力が本物かどうか試すだけ――というより、エステルの鼻っ柱を折ってアル王子に諦めてもらうって感覚だろうし。
エステルはグルグルと肩を回しながら「さーて」と不敵に笑うと、
「私は文字通り素手でやって差し上げますけれど、そちらは腰のナイフをお使いかしら?」
「ご冗談を」
コピルは腰に差していたくの字に湾曲した大型ナイフを、鞘ごと地面に放り投げる。
「一人の戦士として、このコピル・バタライそのような恥知らずな真似はせん。ましてや相手が女子供とあれば」
「あらあら、あなたも私が女だからって舐めてかかるんですのねぇ」
エステルは「フフン」と鼻を膨らませ、拳をポキポキと鳴らしながら小馬鹿にするように笑う。
「ま、いいですわ。私のことをお舐め腐りになりやがったこと、後から精々後悔させてやろうじゃありませんの」
「エステル殿、ファイトだ~! 応援しておりますぞ~!」
自分の護衛が戦うというのに、開けっ広げにエステルの方を応援するアル王子。
惚れた女を応援するのはそりゃ当然なような気もする反面、この場合普通は自分の臣下を応援するのが筋なのでは、と思ったりする俺。
面倒くせぇのでそんなこと一々口には出さないが。
でもまあ、アル王子がエステルを応援するって言うなら――
「おい、コピル」
「?」
「一応アドバイスしておいてやる。エステルと素手でやり合うってんなら、舐めてかかんねー方がいい」
俺は、主君想いなコピルにアドバイスくらいしてやってもいいだろう。
目の前で殴り殺されちゃ夢見も悪いし。
「お前そこそこ腕っぷしに自信があるんだろうし、修羅場も潜ってきてるんだろうな。王子の護衛を任せられるだけはある優秀な戦士だって、佇まいを見てりゃよくわかる」
「……」
「だが――エステルと殴り合うのは、町のゴロツキ相手するのとはワケが違うぞ。覚えておくんだな」
「……ご忠告、感謝する」
コピルは一言礼を言うと身を屈め、スッと両腕を身体の前でクロスさせる。
かなり独特ではあるが――武術の構えだ。
「では……いざ参る」
「ええ、〝対よろ〟ですわ」
エステルもグッと両手の拳を握り、ファイティングポーズを取る。
――二人の視線が交差し、張り詰めた空気が重力にも似た緊張感を帯びる。
レティシアもアル王子も、真剣な表情で決闘者たちを見守る。
間合いを詰めるでも離すでもなく、お互いの出方を窺うようにジリジリと睨み合うエステルとコピル。
そして――最初に仕掛けたのは、コピルの方だった。
「――――ハァッ!」
滑らかに身体をしならせ、エステルの間合いに飛び込む。
その動きはさながら獰猛な豹のようで、獲物に襲い掛かる光景を彷彿とさせる。
初手。コピルは肘突きを繰り出す。
エステルはそれを回避し、負けじと「んだらァッ!」とコピルの顔面目掛けて殴打を送り込む。
エステルの殴打だって決して鈍間ではない。相手が素人ならば見切ること叶わず、一撃食らえば容易に地面へと沈むだろう。
だがコピルは弧を描くような柔軟な挙動で殴打を回避。荷重移動を一切無駄にしない鞭のような動きのまま、片足を根元からグルリと回転させて遠心力の乗った蹴りを繰り出した。
側頭部を狙った蹴りを、エステルはギリギリ腕でブロック。
ぱっと見、防がれた蹴りは大した威力ではなかったように見える。
コピルも手を抜いたんだろうな、相手が女ってことで。
しかし――蹴りに至るまでの隙のない一連の挙動は、エステルを警戒させるには充分だったろう。
エステルは一瞬間合いを離し、
「……へぇ、思ったよりはおやりになるんですのねぇ」
「そちらもな。手加減したとはいえ、我が一撃を防いだのは称賛しよう」
エステルのコピルを見る目が変わる。
アイツもアイツで、コピルのことを「精々ちょこっと武術齧った程度の雑魚」とでも思ってたんだろうな。
相手のことを舐めてかかってたのはお互い様だ。
ま、今の一瞬の攻防でどっちも理解したろ。
目の前にいる相手は、思ったほど弱くないって。
「どりゃあッ!」
――今度はエステルの方から仕掛ける。
間合いに飛び込んでの殴打。しかしコピルは容易く回避。
相変わらず野生の肉食獣を思わせる滑るような動きで反撃を繰り出し、殴打、肘突き、蹴りの連撃をエステルへと叩き込む。
今度ばかりはエステルのブロックも間に合わず、顔面や胴体にヒット。身体の各所から鈍い打撃音が奏でられる。
最後にコピルはエステルの顎を掴んで姿勢を崩し――地面へと叩き付けた。
「みぎゅッ!」
「女性の顔を傷付けたことは謝罪する。だがそこまでの加減ができなかったこと、誉と思ってほしいものだ」
涼しい顔で勝利宣言をするコピル。
……コイツの使う徒手空拳、まるで獣の動きのようにも舞を舞っているように見える。
弧を描き、しなやかで、隙がない。
武術の挙動としては、少なくとも俺たちヴァルランド王国の人間からするとかなり奇妙に見えるが――案外と理に適った動きだ。
おそらくは鎧を着込んだ相手を想定した組手甲冑術の一種。それに動きの独特さを見るに、元々は格闘術以外にも剣術や槍術なんかも併せて会得することを前提とした、一つの体系化された武芸なんだろう。
町中で素手の人間を相手にすることを想定した護身術ではなく、戦場において武装した人間をいち早く無力化することを想定した近接格闘術……。コピルはそれを完全に体得してる。
なるほど、こりゃ優秀な戦士だ。
ウチの国じゃ騎士クラスの武芸者だとしても、剣術以外に格闘術を会得してるヤツなんて滅多にいない。
こういった武術が兵士全般に広まっているんだとしたら、ネワール王国の傭兵が評判いいってのも頷ける気がするな。
そんなコピルとエステルの戦いを見ていたアル王子は顔を青ざめさせ、
「エ、エステル殿……!」
「ご覧になられましたか、アル王子。如何に〝強い女性〟と言えど、この程度ではネワール王国の民は納得しません。やはりあなた様には――」
「――ちょっと、なに勝手に終わった気になってらっしゃるんですの?」
「!」
「よっと」
コピルとアル王子が話していると――大の字になって地面に伸びていたエステルが、跳ね起きで立ち上がる。
「フフン、中々おやりになりますわねぇ。でも、〝軽い〟ですわ」
エステルはほとんどダメージを受けていない様子で、コキコキと首を鳴らす。
殴打を受けたせいで鼻の辺りがちょっと腫れてるけど。
「動きが速いだけで、殴打も蹴りもぜぇ~んぜん大したことありませんわね。軽くて軽くてあくびが出そうですわ~」
「なんだと……?」
「あなたの殴打に比べたら、先月山籠もりした時に殴り倒した森の熊さんの殴打の方がまだ重かったですわ!」
ビシッとコピルを指差すエステル。
いや人間の殴打と熊の殴打を比べるなよ、なんて突っ込みは今更野暮だろうか。
……エステルに限らず、二年Fクラスのメンバーは各々、日々精力的に武術や魔法の修業を行っている。
曰く、「少しでもオードラン男爵に追い付くため」なんだそうな。
俺は別に追い付いてくれんでもいいのだが、俺たち夫婦――ひいてはレティシアのためということもあるようなので、特に口出しはしていない。
レティシアを守れるようにって言うなら、むしろありがたいくらいだし。
そんなワケで、エステルもエステルで修業と称して色んなことをやってるみたいなのだが……時々コイツだけベクトルがおかしかったりするんだよな。
人知を超えた意味わからん超高負荷筋トレだけに留まらず、「腕試しですわ!」と言って突然山籠もりして素手でモンスター殴り倒すとか。
ちなみに先月はキラーベアーを殴り倒したらしい。今のエステルの発言で知った。
凄いな、熊って素手で殴り倒せるんだ。
容易に想像できるよ。エステルが森でバッタリ出会った猟師さんと会話して「キラーベアーを倒しましたの!」「ほう、熊を倒したのかい」「ええ、素手で」「素手で!?」みたいな寸劇を繰り広げる光景が。
相変わらずエステルもエステルで人間やめてるよな……。
「あなたの殴打じゃ、ヴァルランド王国では通用しなくってよ。〝クソ雑魚〟さん」
「……今の発言、後悔めされるな」
エステルの煽りに怒りが芽生えたのか、コピルが再び構える。
そして即座に間合いを詰め、エステル目掛け攻撃を仕掛けていく。
相変わらずの速さ。隙もない。
でも――確かにそれじゃ〝軽い〟かもな。
だってエステル、お前が思ってるよりずっと〝頑丈〟だから。
「ヌンッ!」
エステルは――コピルの殴打を〝額〟で受け止める。
いくら軽いとはいえ、常人からしてみればコピルの殴打だって充分強力。下手に脳天になど当たろうものなら、即座に失神しかねない。
だがその直撃を受けて尚、エステルの頭蓋骨は揺さぶられる様子すらなかった。
「なっ――!?」
意表を突かれ、一瞬の隙が生まれるコピル。
エステルはそれを見逃さない。
「コレがヴァルランド王国で通用する〝殴打〟ですわ! よーく味わいなさってッ!」
反応が遅れてしまったコピルに対し、エステルはグッと右手を握り締め――〝拳〟を叩き込んだ。
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