無事コピルをノックアウトし、腕っぷしの強さを見せつけることとなったエステル。
幸いなことに、ぶっ飛ばされたコピルはすぐに意識を取り戻した。
とはいえたった一発殴られただけで失神したとあってはコピルも認めざるを得ず、意識を取り戻した後は地面に手を突いて謝罪。
結局アル王子は、保護者であるコピルに対しエステルが自らの妻に相応しいと証明する形に。
売られた喧嘩を買っただけのエステルは、皮肉にも自分以外の全てにアル王子との関係を認められてしまう結果となった。
「なぁエステル、もう観念してアル王子とくっ付いちゃえよ。面倒くせぇから」
「嫌ですわ! 私にショタコンになれと仰るの!?」
「大丈夫だって、あと十年もしたらアル王子も成長してショタコンなんて呼ばれなくなるって」
「十年後は私二十七歳なんですけれど!? どっちみち犯罪ですわ~ッ!」
どうあってもアル王子との結婚を拒否し続けるエステル。
う~む、面倒くせぇなぁ。
ぶっちゃけ怠くなってきた俺だったが、そんな夫を余所にレティシアはエステルへと近付いてヒソヒソと耳打ちする。
「ねぇエステル、あなたに一つ耳より情報を教えてあげましょうか」
「み、耳より情報……? なんですの、突然……?」
「アル王子の母国であるネワール王国は傭兵業が盛んで、特に男子は誰もが武芸を教えられて育つらしいの。それと国自体が標高が高い場所に位置していて、空気が薄い場所で身体を鍛えるから、屈強な肉体を持つ者が多いんですって」
「――!」
「アル王子は確かに今は華奢だけれど、育っている環境を考えれば……将来的にはあなた好みになる可能性もあるかもしれなくってよ?」
「……」
チラリ、とエステルはアル王子を流し見る。
そして悩ましそうに「う~~~ん……」と葛藤すると、
「……よろしくてよ! そういうことならば、試して差し上げますわ!」
エステルはアル王子をビシッと指差す。
「アル王子! あなたは強い女性が好みと仰いましたけれど、女に守られてばかりの野郎はどうかと思いますの!」
「――! そ、それは……!」
「あなたが本当に私の夫になれる土台の持ち主かどうか、見定めて差し上げましょう! ついてらっしゃい!」
「う、うむ! エステル殿に認めてもらえるならば、余はなんでもしよう!」
ズカズカとエステルは歩き始め、その後をアル王子がヒヨコのようについていく。
……なんか、微妙に嫌な予感がするのは俺だけだろうか?
流石のエステルでも、アル王子相手にいきなり一対一を吹っ掛けるような真似はしないと思うが……。
とりあえず俺とレティシア、あとコピルも彼女たちについていく。
するとエステルは校庭を出て、寮棟の方へと向かっていく。
しかし寮棟自体はスルーし、建物の裏手である寮棟裏へ。
この辺りは、俺個人はあまり近付かない場所だ。
なにせ俺はレティシアと一緒に個別棟で暮らしているからな。
ただでさえあまり寮棟に近付かないのに、寮棟裏になんて来る機会は皆無に等しい。
なので、そこになにがあるのか俺は全然知らなかったのだが――
「……なに、これ?」
そこには、小さな掘っ立て小屋が建っていた。
比較的最近になって建てられたらしく、外壁には無数の文字が殴り書きされている。
その文字をよく見ると「鍛えろ!」だの「喧嘩上等!」だの「かかってこいや!」だのと書かれている。
あとよく見ると「會員募集!」とかも。
なんだろう、どこからどう見ても治安最悪の不良のたまり場にしか見えない。
得も言われぬ〝暴〟のオーラが凄い。
なんでこんなモンが王立学園の中に建ってんの……?
「さあ、ここですわ!」
エステルは迷いも躊躇もなく、その掘っ立て小屋の入り口ドアをガラッと開ける。
すると――
「〝憤〟ッ……〝憤〟ッ……!」
「打つべし……打つべし……!」
中では二人の男が汗水を流し、むさ苦しさMAXでトレーニングに励んでいた。
片方は人殺しみたいに人相の悪いリーゼント頭の男で、でっかい重りを付けたダンベルを両手に持ってダンベル上げを。
もう片方は褐色肌の引き締まった肉体を持つ男で、サンドバッグ目掛けて一心不乱に打ち込みを。
その光景はもはや暑苦しいを通り越し、空気感が凶悪そのもの。
絶対に堅気の人が近付けないであろうオーラをこれでもかと放っている。
見た瞬間に思わず「来なきゃよかった」とすら思ってしまった。
「お二人共、ご機嫌麗しゅう! 本日もいい汗流してらっしゃいますわね!」
「〝応〟! アップルバリの姉御、今日も俺たちは〝絶好調〟だぜェッ!」
「ボクシングの道に終わりはない……。いずれお前を超えるべく、ただ鍛えるのみ」
エステルの挨拶に対して気さくな感じで、いや気さくかはわからんが、とにかく挨拶を返す男たち。
そんな彼らを見たレティシアは驚きで目を丸くし、
「あなたたち……Cクラスのキャロルに、Aクラスのフィグ! どうしてこんな所に……!」
「フフン、このお二人は私が立ち上げた部活の栄えある部員ですのよ!」
「ぶ、部員?」
「そう、鍛え抜かれた筋肉の美しさと筋トレの素晴らしさを学園に広めるべく、私が創設した部活――名付けて〝対よろ會〟!」
ビシッとポーズを決めるエステル。
その背後ではキャロルとフィグもポーズを決め、ムキムキの身体を惜しげもなく見せつけて華を添える。
ヤバい、やっぱ帰ろうかな。
「絶賛會員募集中ですわ! レティシア夫人も入會如何!?」
「え、え~っと……私はご遠慮しておこうかしら……」
「それは残念ですわね。――さて、アル王子!」
「は、はい!」
「私を妻に迎えたいと仰るなら、あなたには私より強い筋肉を手に入れて頂きますの! その為にまずは、私の実力ってモンをお見せ致しますわ!」
エステルはそう言うと、傍にあったベンチプレス台に寝そべる。
キャロルとフィグがサポートに入り、備え付けてあったバーベルの持ち手棒に重りを付けていくのだが……その重りがバカみたいにでっかい。
一枚付けていくごとに徐々に持ち手棒が歪んでいき、持ち手棒の台座が〝ミシッ……〟と不穏な音を奏でる。
「さあ、ご覧あそばせ! ベンチプレス300キロ! ――どっせぇいッ!」
キャロルとフィグによって胸元まで下ろされたバーベルを両手で掴むと――エステルはそれをグワッと持ち上げて見せた。
文字通り、腕力のみで。
あまりに軽々と持ち上げたので、ぶっとい鉄の棒であるはずの持ち手棒がバネみたいに一瞬しなる。
凄い。いやもう凄いを通り越して怖い。
エステルはバーベルを台座に戻すと、
「どんなモンですの! 私の筋肉なら300キロなんて朝飯前でしてよ!」
右腕を掲げてマッスルポーズを取り、二の腕の辺りの筋肉を強調して見せる。
でもエステルの腕って、どう見ても筋肉質に見えないんだよな。少なくとも俺には。
「流石アップルバリの姉御だゼ! キレてるキレてるッ!」
「固定資産税がかかりそうな筋力……土台が違うな」
しかしキャロルとフィグはパチパチと拍手し、惜しみない称賛を送る。
コイツらには一体なにが見えてんだ?
「次はアル王子の番でしてよ! 同じ重量を上げろとは申しませんが、まずは今どの程度の筋力をお持ちなのか見せてくださいな!」
「よ、よぅし……!」
アル王子は傍に佇んでいたダンベルラックに歩み寄り、まずは最も重そうなダンベルを掴む。
「ふんっ……!」
一ミリも上がらない。
まあ当然だろう。彼が掴んだのはおそらく数十キロはあるダンベル。それなり以上の腕力の持ち主でないと、両手でも持ち上げられまい。
次にワンランク軽いダンベルを掴む。
しかしやはり上がらない。
そうしてどんどんと重量のランクを落としていき――最終的に、一番小さく軽いダンベルが持ち上がった。
ちなみに、そのダンベルの重りには〝2キロ〟と数字が彫られている。
「こ、これなら……!」
アル王子はダンベルを片手で持ち、ダンベル上げをする。
腕を上下にゆっくりと上げ下げし――そして三回目で力尽きた。
「ハァ、ハァ……も、もうダメ……」
記録、2キロのダンベル上げを三回。
――非力。あまりに非力。
もっともアル王子は華奢だしまだ十歳の子供なので、こんなモンと言えばこんなモンなのかもしれないが――
「…………嘘、ですわよね?」
その光景は、エステルを愕然とさせるには充分過ぎた。
エステルは両腕で300キロのバーベル、片腕にして150キロの重量を余裕で上げたことになるが、アル王子が上げたダンベルの重さはその七十五分の一。
それを三回上げ下げしただけで、アル王子はギブアップしたことになる。
比較にもならない、とはこのことだ。
レティシアは恐る恐るコピルに耳打ちし、
「あ、あの……ネワール王国の男子は、幼少時から武芸で身体を鍛えているはず……ですわよね……?」
「……それは一般の民の話です。武芸などただでさえ怪我傷が絶えないのに、そんなモノ進んで王子にやらせるはずないでしょう」
頭痛を堪えるかのように目頭を押さえ、コピルは言う。
どうやらアル王子が武芸などで身体を鍛えているということはないらしい。
つまりそれって、エステルが言うところの土台がまっさらな状態なワケで。
この後、掘っ立て小屋の中にエステルの哀しい叫び声が響き渡ったのは言うまでもない。
※お報せ
これまで三日に一話のペースで投稿して参りましたが、今後の更新は基本不定期とさせて頂きます!
まったりお付き合い頂ければ幸いです|ω`)
※宣伝!
書籍版第3巻、発売中!
ご購入はこちらから!☟
https://x.gd/yLbTI
コミカライズ版も絶賛連載中!
ぜひサイトに足を運んでみてくださいませ~(´∇`)
『コロナEX』様
https://to-corona-ex.com/comics/191713313538215
『ピッコマ』様
https://piccoma.com/web/product/180188