《エステル・アップルバリ視点》
「――あ、いたいた。おーい、エステルっち~♣」
私がキャロルをぶっ飛ばしたすぐ後、背後から声が聞こえてきます。
振り向いてみると、そこにはラキの姿がありましたわ。
「なになに、喧嘩でもしてたの?★ 誰かお星様になってったけど♦」
「いいえ、お喧嘩ではなくってよ。ただ〝友達〟と青春の一ページを重ねていただけですわ……」
「ふ~ん♣ それよりそれより、エステルっちに伝言だよ♪」
「伝言? 誰からですの?」
「レティシアちゃんから♦ うんとね……〝アルベール国王主催の社交界に、アル王子が招待されたわよ〟だって★」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら言うラキ。
私はそんな彼女の言わんとするところがよくわからず、首を傾げます。
「……? それを私に伝えて、なにがどうなるんですの? べ、別にアル王子がどんな社交界に参加しようと、私には――!」
「それがさ――その社交界って実質、アル王子の〝花嫁〟を見繕うための催しなんだって♠」
▲ ▲ ▲
……華やかで煌びやかで豪勢な舞踏会場。
会場の中では礼服に身を包んだ大勢の王族貴族たちが優雅に踊っている。
俺個人は、上流階級の人間たちが集められただけの単なる社交界と聞かされていたが……これはもう立派な舞踏会だな。
ぶっちゃけあんまり好きな空間じゃない。
「アルベール国王、本日は社交界にお招き頂き心より感謝を致しますわ」
「やだも~レティシアちゃんってば! 堅苦しいわよ~、気にしないで~♥」
そんな会場の端っこで、なんとも上品にお辞儀するレティシアに対し、近所の気さくなおばちゃんみたいなノリで接するアルベール国王。
レティシアは社交界用のパーティドレスに着て髪も結い上げてまとめているので、普段と少し印象が変わって、本当に綺麗だ……。
こういう華やかで面倒くさい社交界は好かないが、レティシアの綺麗な姿を見られるのだけはマジで眼福。
ちなみに俺も普段着から、一応は礼服に着替えている。
堅苦しい服装は嫌いだけど、レティシアの夫としてみっともない格好だけはできないから。
俺は小さくため息を吐き、
「それでアルベール国王……。なんでまた急に舞踏会なんて開いたんです?」
「やーね。踊るのは、つ・い・で♥ あくまで社交界よ~社交界」
「別にどっちでもいいっすけど……」
「やんっ、もう~。アルバンちゃんってば相変わらず気怠そうね~。可愛い~♥」
……どうしよう、ぶっ飛ばしたい。
この露骨に人を煙に巻こうとする感じ、何度話してもムカつくんだよな……。
流石に相手は国王だし、殴ったらレティシアに怒られるから我慢するけど。
実際こうしている間にも、妻に「国王様に失礼な口利かないの」と耳を引っ張られているし。痛たたたた。
アルベール国王は僅かに肩をすくめ、
「というか、ぶっちゃけ社交界を開いた理由なんてわかってるでしょ?」
そう言って、会場の中央へと目を向ける。
その視線の先には異国の小さな王子――アル王子の姿があり、何名かの貴族令嬢に囲まれている。
「まあまあ、あなた様がアル・マッラ王子なのですね!」
「なんて可愛らしいお方!」
「ぜひぜひ、私と一曲踊ってくださらない?」
「い、いやぁ、アハハ……」
アル王子を取り囲む女性たちは皆うら若いとはいえアル王子より年上で、背丈も彼より高い。
なのでアル王子は自分より背の高い女性に囲まれ、だいぶ狼狽え気味だ。
会場の中にはアル王子の護衛であるコピルの姿もあるが、アル王子とは離れた場所に佇んで主のことを見守るに留めている。
「レティシアちゃん――この社交界のことは、ちゃんとエステルちゃんに教えたのよねん?」
「はい。人づてにではありますが、しっかりと」
「ならOK~♥」
アルベール国王は指でOKサインを作り、ニコッと笑う。
「エステルちゃんが中々首を縦に振らないモノだから~。ちょっと催促してみようかな~なんて思ってね♪」
「なら、ああやってアル王子を囲んでる女子共は、やらせの当て馬ってことですか」
「いやんっ、当て馬だなんて人聞きが悪いわ~。せめて偽客って言ってあげて頂戴な」
「どっちでも同じでしょ。面倒くさ……」
どこか楽し気に言うアルベール国王に対し、俺はため息を漏らす。
ハッキリ言って、俺はこういう回りくどいのは好かん。
そもそも色恋云々だの惚れた振られたなんてのは、当人同士だけの問題であるべきだ。
男女の関係に他者が割り込んでちょっかいを出すのもいけ好かないし、まして当て馬を差し向けるなんざ悪心を覚える。
もし俺がアル王子のように当て馬を差し向けられる側だったら、200億パーセントブチ切れるだろう。
だいたいアル王子だって、一途にエステルへアプローチを続けてるんだ。
ならせめて当人が自力でどうにかしようとしている限りは、見守るに徹するべきだと思う。
あの若さ……いや、あの幼さでブレずに一人の女性を愛そうとする姿勢は、俺も同じように一人の妻を愛する人間として、充分尊敬に値すると思ってる。
本当に立派なモンだ。
アルベール国王にも政治ってのがあるだろうし、二人の問題をできるだけ早くどうにかしたいってのは理解できなくはないが……俺は気乗りしないね。
なんてことを考えながら、俺はムスッとしていたのだが――
「それに――あながち偽客には留まらないかもよ?」
不意に、アルベール国王がそんなことを言う。
「え?」
「彼女たちにそういう役割を頼んだのは、一応ホントだけどね……中には〝本当にアル王子の婚約者になってもいい〟っていう子もいたのよ。それも――王族血筋の」
「「――!」」
彼の発言に、驚いて目を丸くする俺とレティシア。
レティシアは堪らず身を乗り出し、
「と、ということは、王族の〝花嫁〟候補が見つかったのですか……!?」
「まあ王族血筋とは言っても、かなり遠縁だけれどね。あちこち声をかけて、どうにか見つかったって感じ」
アルベール国王は腕組みし、ゆっくりと壁にもたれかかる。
「本音を言っちゃうと、アタシとしてはその子とアル王子がくっ付いてくれた方が助かるのよ。でもエステルちゃんにOK出しちゃった手前もあるし、アル王子個人の気持ちもあるし……」
「……だからこの舞踏会で、二人の出方を伺おうって魂胆なワケですか」
俺が言うと、「ええ」と肯定するアルベール国王。
「あの様子じゃ、アル王子がすんなり他の子に靡くことはなさそうだけど……。もしエステルちゃんがこの会場に姿を現さなかったら――アル王子には潔く諦めて貰って、王族の子を宛がうつもり」
「「……」」
「さて、どうなるかしらね?」
俺たちがそんな会話をしていると、会場の中央でアル王子が一人の貴族令嬢に手を引かれる。
おそらく彼女が、その王族血筋の女性なのだろう。
「さあアル王子、踊りましょう? 私がリードして差し上げますわ」
「あっ……い、いや、その……っ」
困り果てた顔をしつつ、一瞬流されそうになるアル王子であったが――彼は引かれていた手をパシッと離す。
「ま、待って頂きたい! やはり余はダメだ!」
幼い声を荒げるアル王子。
同時に、周囲の貴族たちの視線が全て彼へと注がれる。
「余は……余はやはり、エステル殿がいい! エステル殿は――必ずここへ来てくれるはずだ!!!」
Amazon様等で既に書籍版第5巻・漫画版第2巻共に予約してくれた読者様方がいらっしゃいるらしく、本当に感謝です……!(´;ω;`)ブワッ