朝から色々ひと悶着あったワケだが、とりあえずは一段落。
クラス内はどうにか落ち着きを取り戻した様子だった。
――と同時に、まだ未登校だった最後のクラスメイトが教室に入って来る。
イヴァン・スコティッシュだ。
「……皆、聞いてくれ」
教室に入って来るなり、彼はクラスメイトを一望する。
そして、
「”王”を選定するに辺り、僕から皆に提案があるんだ」
▲ ▲ ▲
《イヴァン・スコティッシュ視点》
――三対一の決闘から、二日後。
どうにも苛立ちを押さえられなかった僕は放課後、訓練場で剣の稽古をしていた。
「クソッ、クソッ……!」
周囲に僕以外の人影はない。
藁で作られた打ち込み台に対して、僕は一心不乱に片手剣を振るっていた。
「僕はスコティッシュ公爵家の跡継ぎなんだぞ……!? どうしてあんな最低の男爵なんかに……!」
――納得できない。
納得できない納得できない。
僕はこれまで、身分に相応しい英才教育を受けてきた。
所作も、勉学も、魔法も。
当然、剣術だってだ。
その全てが完璧でなくてはならない。
完璧であって当たり前なのだ。
そう教えられて、今日まで生きてきた。
僕はあらゆる面において、誰よりも優れた貴族でなくてはならないのだ。
それなのに――
「ハァ……ハァ……!」
手も足も出なかった。
あれは決闘なんてものじゃない。
一方的な蹂躙だった。
そしてなにより、あの時のオードラン男爵の目――。
まるで”虫けら”でも見るかのような目で、僕たちを見下していた。
あの目で見られた時、僕は心から思ってしまった。
”勝てない”と――。
それだけじゃない。
平民出身のレオニールとかいう男の剣術も異常だった。
僕なんてまるで蚊帳の外だ。
このままじゃ男爵風情どころか、平民にすら劣ることになってしまう。
冗談じゃないぞ。
僕を誰だと思ってる……!?
僕は――僕は――!
「……いやぁ、精が出るでありますな」
その時だった。
突然、背後から声が聞こえた。
「――!? だ、誰だ!?」
「流石は名高いスコティッシュ公爵家のご子息殿。誠にストイックであらせられる」
パチ、パチ、と小さく拍手しながら近付いてくる謎の人物。
声や体格からして、おそらく男。
それも王立学園の生徒だろう。
しかし顔には道化師の仮面を被り、頭には黒のシルクハットを被っているため、素顔はまったくわからない。
声、体格、背丈などから見て、Fクラスの内の誰かでないことは確かだろう。
そんなふざけているとしか思えない格好の男は、仮面の隙間から瞳を覗かせる。
「しかし、なにやら悩んでおられるご様子」
「……」
「お悩みを当ててご覧に入れましょうか。ズバリ……”王”の座をアルバン・オードラン男爵に奪われそうで、焦っているのでありますな?」
――剣を振るい、仮面の男の首筋に刃をあてがう。
このふざけた頭を、いつでも斬り落とせるように。
「……僕は焦ってなどいない。取り消せ」
「…………失敬、流石に失言でしたな。取り消させて頂きましょう」
仮面の男は指先で刃を摘まんで首から離すと、ゆったりとした歩調で僕の周りを歩き始める。
「しかし、あの男爵夫婦には困ったものでありますなぁ。身の丈というものを弁えていない。クラスの”王”は、権威ある者にこそ相応しいのに」
「……貴様、何者だ? 一体、僕になにを言いたい?」
「小生が誰かなんてどうでもいいでしょう。ただ小生は、あなた様に――イヴァン・スコティッシュ様に、Fクラスの”王”となって頂きたいのであります」
「僕に……だって?」
「はい。そしてこれは、多くの貴族の総意でもある」
「……? どういうことだ?」
「クフフ、小生はイヴァン様にお力添えをしたいと申し出ているのでありますよ」
「……」
「おやおや? 信用ならない、というお顔をされていらっしゃる」
「当然だろう。名を名乗らず素顔も見せない者を信用できるものか。貴様からは誠意というものが微塵も感じられん」
「誠意、でありますか」
彼はふぅと小さく息を吐くと、
「では、もったいぶらずにハッキリと申しましょう。小生を始め多くの貴族は、オードラン男爵とレティシア夫人にFクラスの権力を握ってほしくないのであります」
「あの二人に……?」
「ええ……あわよくば、学園を去って頂きたいと思っているほどです。特に――”レティシア・バロウ”には」
力強い口調で、その旧名を口にした。
「……困るのでありますよ。一度は失脚したバロウ家のご息女が、これをきっかけに再び権力を取り戻すようなことがあっては――と、そう考える御仁たちが多くいらっしゃるのであります」
――ああ、そういうことか。
つまりコイツは――
「……僕に、権力争いの片棒を担げと言いたいのか?」
「そうは言っておりません。ですが、利害は一致しているのでは?」
「……」
「ちなみに……AクラスとBクラスは、もうそろそろ”王”が決まりそうですよ?」
「!? なんだって!?」
「クフフ、同時に何名か退学者も出るでしょうけれど」
――不味い。
もしも僕より先に、誰かが”王”になどなったら――
「先に誰かが”王”になどなったら……イヴァン様が”最優”であると証明できなくなってしまいますな?」
見透かしたように、仮面の男は言う。
「”最優であって当たり前”――。スコティッシュ公爵家の厳しい家訓はよく存じていますよ?」
「貴様……!」
「早くFクラスの”王”にならないと、家名に泥を塗ってしまいますよねぇ。ですが、今なら小生がお手伝いできます」
……僕は考える。
わかっている。
これは悪魔の囁きだ。
わかってはいるのだ。
それでも――
……。
…………。
………………。
「……僕は、なにをすればいい?」
「流石! イヴァン様は話がわかるお方でありますな! まさに”王”の器であります!」
喜びを体現するように、クルクルと舞い踊る仮面の男。
しかしすぐに踊りを止め、
「……実はつい昨日、丁度あの二人に恨みを持ったゴロツキ集団と接触できまして。話をしたら、快く協力を約束してくれましたよ」
「ゴロツキ集団だと……? 待て、一体なにを始める気――」
「イヴァン様には、明日二人をここへ連れて来てほしいであります。勿論、怪しまれないように」
そう言って、懐から一枚の紙を足り出す。
それは、小さな地図だった。
「ここは……」
「入り口まで連れて来れば、二人はおそらく別行動を取るはず。最奥の地点に多数のゴロツキ集団を待機させます故、オードラン男爵を誘導して頂ければ……彼が王冠を被ることは永遠になくなるでしょう」
それだけ言い残すと、仮面の男は立ち去ろうとする。
「――待て」
「? はい?」
「お前……せめて呼び名くらい教えたらどうなんだ」
「……呼び名、でありますか」
僕の問いかけに対し、彼は立ち止まる。
そしてクイッとシルクハットを摘まんで振り返ると、
「では――小生のことは、”串刺し公”とでもお呼びください」
▲ ▲ ▲
「……では今から、この『暁ダンジョン』の最奥から”ポーション原草”を採って来た者を勝者とする」
放課後。
ダンジョンの入り口に立ち、取り仕切るようにイヴァンは言う。
俺はハァ~とため息を漏らし、
「……なあ、これどうしてもやらなきゃ駄目なのか?」
「不参加でも構わないぞ? 臆病者のレッテルを張られてもいいのならな」
う~ん、それは困る。
ぶっちゃけ俺自身はどう呼ばれても構わないのだが、レティシアが”臆病者の妻”という謗りを受けるのは我慢できない。
ま、いっか。
どうせすぐ終わらせるし。
――さて。
俺たちFクラスのメンバーは、今『暁ダンジョン』という地下迷宮の入り口にいる。
何故そんな場所に集まっているかというと、イヴァンが唐突に提案したからだ。
『クラスの”王”には三つの要素が必要だと思う。武力、知性、そして勇敢さだ』
『ダンジョンに潜り、誰が最も勇敢さを備えているか試してはどうか?』
……などという提案を。
要するに”一番早くダンジョンを攻略して勇敢さを示せ”ってことらしい。
そんな面倒この上ない提案に、俺は全っっっ然乗り気ではなかったが……マティアスやローエンたちはノリノリで賛同。
オマケにレオニールが「大丈夫! あなたは誰よりも勇敢だとオレは知っているよ!」と、俺の背中を猛プッシュ。
結局、本当にダンジョンに潜る羽目になってしまった。
「オーッホッホッホ! 実戦となればこの私エステル・アップルバリにも、十分におチャンスがありますわね!」
「そうだね~、面白そうだからウチも参加しちゃおう☆」
どうやら今回は、エステルとラキも加わる様子。
でもなラキ、こっちは気付いてるからな?
隙あらば物陰で俺を襲おうっていう、お前の魂胆なんて。
今だってめちゃくちゃチラチラ俺の方を見てくるし。
もうやる気全開のクラスメイトたち。
そんな彼女たちを余所に、イヴァンはレティシアとシャノアを見つめる。
「それで……二人は本当に不参加でいいのか?」
「ええ、構わないわ。アルバンが一番に攻略すると、私にはわかっているもの」
「わ、私は”王”なんて無理なので……」
レティシアとシャノアの二人は、今回のダンジョン攻略を棄権。
まあ二人共こういう荒事には向いてないだろうし、初めから”王”になるつもりもないワケだからな。
賢明な判断だろう。
俺としても、レティシアの玉肌に傷なんて付いてほしくないし。
戦闘に関することは全部俺に任せてくれればOKだ。
「…………予定通りだな」
「……?」
最後、イヴァンがなにか小声で呟いた気がしたけど、よくは聞き取れなかった。
「アルバン」
その時、レティシアが俺の名を呼ぶ。
「ん?」
「がんばって、ね」
「――ああ、勿論だ」
愛する妻に激励され、だいぶやる気が出てきた俺。
そしてイヴァンは改めてダンジョンの方へと振り向くと――
「では”Fクラス/ポーション原草争奪戦”、開始!」