《エステル・アップルバリ視点》
「――――アル王子ッ!?」
それは、あまりにも突然の出来事。
ごく自然に道を進み、私たちの傍を通り過ぎようとしていた馬車がいきなり全速力で走りだし、アル王子を連れ去っていきました。
完全に二人きりの世界に入ってしまっていた私たちは、その手慣れた人身誘拐の手腕に対応することができませんでしたわ。
「エっ、エステルど――ムウゥ~~ッ!」
アル王子は声を出せないように口を手で押さえられ、客室の中へと引きずり込まれてしまいます。
「ヘヘッ――このガキの頂いていくぜ! あばよ嬢ちゃん!」
アル王子を連れ去った、おハゲ頭で全身刺青の男。
その男は去り際にそんな言葉をお吐き捨てになって、もの凄い速度で馬車ごと私の前から走り去っていきます。
「なッ……! お、お待ちなさいッ!」
あっという間に距離を離され、置いていかれる私。
……やっちまいましたわね。
私としたことが油断しましたわ。
まさかアル王子の身柄を狙っていた輩がいたとは……。
それも、よりによってこんなタイミングを狙ってくるだなんて。
この鮮やかな誘拐、明らかに前もって計画を立てた上でのモノ。ただの突発的な犯行とは思えませんわ。
当然、彼がネワール王国の王子であることもわかっているはず。
アイツらはアル王子がこの舞踏会に参加していることを知っていて、彼の警護が疎かになるタイミングを狙っていたのでしょうね。
たぶんただのおゴロツキじゃありませんわね。
その手の輩とはこれまでの人生でなんべんもお相手してきたから、よくわかりますの。
でも――――お生憎様。
私をただの小娘だとお舐め腐って、目の前でアル王子を連れ去ったくれたのでしょうけれど……。
このエステル・アップルバリ――手前らなんぞが舐めていい相手じゃねーんだわ。
どこのどなたが知りませんけれど……私を舐め腐った代償は、お高く付きましてよ。
「ハァ……仕方ありませんわね」
私は両足に履いている踵の高いヒールを脱ぎ捨て、ドレスの裾をビリッと破ります。
このドレスを用意してくれたラキに、後で謝らなくっちゃ――なんて思いながら。
そして膝に手を置いて片足を伸ばし、グッグッと伸脚。
「少し……短距離走をするとしましょうか」
▲ ▲ ▲
「ほらな言ったろ! ボロい仕事だってよ!」
猛スピードで走る客車の中で、スキンヘッドのビギーは仲間たちに自らの手柄を誇る。
馬車に乗っているのは、馬を操る御者が一人、客車の中に二人、そしてビギーを含め四名。誘拐対象であるアル王子も加えれば全員で五名となる。
勿論、アル王子以外は全員ビギーの部下であるアウトローだ。
「このッ……離せ! 離さぬか! 余を一体誰だと心得るッ!?」
「おいおい暴れんじゃねーぞ、クソガキ」
客車の中で暴れ回って抵抗しようとするアル王子をビギーは片手の腕力だけで取り押さえ、もう片方の手で腰から短刀を抜き取る。
白銀色を鈍く光らせる刃物を目の前にチラつかせられたアル王子は、反射的に身体が強張る。
「ヒッ……!?」
「手前のことなら知ってるよ。アル・マッラ王子サマだろ?」
ヘヘヘ、とビギーは下卑た笑みを浮かべて見せる。
「まったく、俺はツイてるぜ。こんなひ弱なガキの首を刎ねるだけで、たんまりと金が手に入るんだからよ」
「か、金だと……!? 貴様、誰に雇われた!? 余の命を狙うのは何者だ!?」
「ンなの言えるワケねぇだろうが。それにどうせ死ぬお前が知る必要なんざねーよ」
「ビギーの兄貴、さっさと殺しちまいましょうよ。ギャーギャー騒がれちゃ面倒ですし」
部下の一人がアル王子の手を縛り上げ、口へ布を詰め込んで声を出せないようにする。
そして床に木製バケツを置いてアル王子の上半身を屈ませ、流血が客車の中に漏れ広がらないように準備。
後は短刀で首の頸動脈を切断してやれば、道中誰にもバレることなく客車の中で死体を拵えることができる。
その手際のよさは、ビギーたちが何度もこの手の仕事をこなしてきた証左でもあった。
「ン~ッ! ンン~~~ッ!!!」
今際の際で必死に抵抗するアル王子。
しかし華奢な彼の身体では、こういう仕事に慣れたアウトロー四人に抗うことなど到底できない。
ビギーの部下が握る短刀が、アル王子の首筋にあてがわれる。
後はもう、ほんの少し刃を滑らせるだけ――。
しかし、
「……いや、待て」
ビギーはなにか思い付いたように、部下の手を止める。
「よく見りゃあコイツ、綺麗な顔してるじゃねぇか」
「ン……ム……?」
「俺は、顔が綺麗なら女でも男でもイケる口でな? どうせなら殺す前に、ちょいと味見させてくれや」
そう言うと、ビギーは徐に自らのズボンを下ろし始める。
そして屹立としたブツを、アル王子の前にボロンッと曝け出した。
ビギーは男も女もOKな両性愛者であり、尚且つロリコンでショタコンで、しかも抵抗できない相手を犯すのが好きなドSの変態でもあった。
「ン……ンムウウウゥゥゥ~~~~~ッ!?」
死の恐怖とは別のベクトルの恐怖で震え上がって、目尻に涙を浮かべるアル王子。
そんなアル王子を見て、ビギーは「ハァハァ」と息を荒げる。
「おいおい、そんな顔するなよぉ。もっと興奮しちまうじゃねぇか」
ビギーはアル王子の衣服に手をかけ、勢い良くビリッと破り捨てる。
同時に露わになる、アル王子の線の細い身体とシミ一つない褐色の肌。
そんな光景を見せられて、ビギーの部下たちはやや呆れてため息を漏らす。
「またですかビギーの兄貴……。手早く済ませてくださいよ?」
「ヘヘ、わかってるって。お前らも交ざるか?」
「えぇ……? いや、俺たちは――」
若干引きつつも、アル王子の顔を改めて見つめる客室内の部下二人。
そんな彼らの目に映る、目をウルウルと滲ませて震え上がる褐色の美少年。
「「……」」
「で、どうすんだ?」
「まあ……たまには?」
「交ぜてもらうのも、いいかもしれないっすね?」
気乗りし始める部下二人。
ビギーのような趣味のない部下たちの目から見ても、それだけアル王子は美人な少年であった。
「ンンンンッ~~~!!!」
全身全霊で「助けてッ~~~!!!」と叫ぶアル王子。
しかし口の中に布を詰め込まれてしまっているため、碌に声が出せない。
まさに、あらゆる意味で絶体絶命。
だが――そんな時であった。
「――――オホホホホホッ!」
どこからともなく聞こえてくる高笑い。
それがアル王子たちの乗る客室内に響いてくる。
その声を聴いて、ビギーたちの意識がアル王子の身体から逸らされる。
「な……なんだ……?」
「オホホホホホッ! 馬車に乗ったくらいで、このエステル・アップルバリから逃げおおせられるとお思いッ!?」
その声は、未だ走り続ける馬車のすぐ後ろから聞こえてきていた。
慌ててビギーはズボンを履き直し、窓から顔を出して馬車後方を確認。
そしてビギーの目に映った光景は――
「追・い・付・き、ましたわよおおおぉぉぉッ!!!」
素足で地面の上を走り抜け――とてつもない速度でビギーたちの馬車へと肉薄する、エステル・アップルバリの姿だった。
「ンな……なんだぁ、ありゃあッ!?」
驚きのあまり表情が引き攣るビギー。
馬車はまだまだ充分な速度を出して走っている。
それは当然、普通の人間では追い付くことなどできない速度。
しかし、エステルは追い付いてくる。
自分の足で走って。
自分の足で大地を踏み付けて。
純粋な人体の脚力のみで――馬車と同じ速度を出しているのだ。
そのあまりに常軌を逸した光景は、ビギーを唖然とさせるには充分過ぎた。
「甘く見ましたわねぇ! 私の鍛え抜かれた〝力〟があれば、短距離なら馬に追い付くことだってできましてよッ!」
「う、嘘だろ……化物だ……! お、おい、もっとスピード上げろ!」
「む、無理でさぁ! もう限界まで馬を走らせて……!」
御者を務めていた部下も、恐怖で顔を引き攣らせながら必死に馬へ鞭を入れる。
しかしどれほど鞭を入れても馬はこれ以上速く走れず、既に限界速度に達していた。
「やはり〝力〟! 〝力〟は全てを解決致しますわあああぁぁぁ~~~ッ!!!」
一方、エステルの脚力は完全に馬の馬力を上回っている。
――エステルは、日々己の肉体を鋼の如く鍛え上げている。
だが彼女の目指す究極の〝力〟とは、なにも腕力だけに留まらない。
頭のてっぺんからつま先まで……肉体の隅々にまで完全な剛力を宿してこそ、エステルの目指す究極の美が完成する。
故に脚力――走るという動作一つを取っても、彼女は一切の妥協を許さない。
そうしてエステル・アップルバリという剛の者は、短距離であれば馬をも上回る速度で走れるまでに、己の足を鍛え上げていたのだ。
この世には、果てなき筋トレという鍛錬の末に――馬脚をも超えし俊足を持つに至った者がいる――。
アル王子のすぐ傍にいたグルグルの金髪縦ロールが馬よりも走れるなど、ビギーには考えもしなかった誤算であった。
「ほらほら、全力でお逃げなさいなッ!!! もうそれ以上逃げられないと仰るなら――ッ!」
完全に馬車に追い付いたエステルは、勢いよく地面を蹴り付けて跳躍。
その衝撃で地面は激しく陥没し、石畳は木端微塵に粉砕。
大きく飛び上がったエステルは綺麗に両足を揃え、勢いを殺さぬままグッと両膝を曲げて力を溜めると――
「これでも――お食らい遊ばせッ!!!」
馬車の客室に向けて――最大威力の〝ドロップキック〟を撃ち放った。
筋肉があればなんでもできるโ๏∀๏ใ
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