「な――なんだ!?」
ドオンッ!という爆発音に、俺は思わず身構える。
それはあまりに唐突な出来事だった。
――爆発で吹き飛んだ屋根の穴から、黒煙が上がり始める。
濛々と上空まで立ち昇る真っ黒な煙。
明らかになにかが燃えている証拠だ。
これだけ目立つ煙なら、王都のどこからでも目に付くだろう。
おそらくはすぐにでも火消しの者たちや、王都を警備する騎士や兵士が飛んで来るはずだ。
だが、どうしていきなり火災なんて――
「……まさか、レティシアが?」
――あり得ない話じゃない。
彼女が自分の居場所を誰かに伝えるために火災を起こし、黒煙という狼煙を上げた可能性は十分に考えられる。
彼女なら出来るし、やるだろう。
なんたって”めちゃくちゃ出来る悪役令嬢”だからな。
……とはいえ、火災は火災。
放っておけば彼女の身に危険が及ぶかもしれない。
「行ってくる。カーラはここで待ってろ」
カーラを残し、俺は倉庫へ向かって走り出す。
倉庫の周辺をうろついていたゴロツキ共も、突然の火災で完全に混乱。
統率は失われ、ほとんどが俺のことに気付かない。
「か、火事、火事だ!」
「に、逃げろぉ!」
「馬鹿野郎! 先にボスの安否を……って、なんだお前――!?」
「うるさい」
「ぎゃあッ!」
たまに俺に気付く者もいるが、そういう奴は駆け抜け様に斬り捨てる。
生死は知らん。
そんなの気にしている暇があれば、一刻も早くレティシアの下へ辿り着きたい。
倉庫に接近し、壁の一部を斬り崩す。
どうせ入り口なんて鍵かかってるんだろうし、こっちの方が手っ取り早い。
――倉庫の中は黒煙が充満しており、ほとんど視界が効かない。
熱気も凄まじく、この中に飛び込むのは、文字通り火中に身を投じるようなものだ。
けど、この中にレティシアが――
『――ゴホッ、ゴホッ……! レ、レティシア様、流石にそろそろ逃げないと……!』
『もう少し……! 兵士たちが到着するまで、まだ時間が……ゴホッ!』
その時だった。
声が聞こえた。
これは……レティシアとシャノア……?
「レティシア……!? レティシア、そこにいるのか!?」
『…………アル、バン? アルバンなの?』
「そうだ、俺だよ! どこにいるんだ!?」
『ここよ! 私はここにいるわ!』
視界が効かない黒煙の中、声を頼りに彼女を探す。
熱と息苦しさなど気にもせず、奥へ奥へと突き進んでいく。
そして――
「――! アルバン!」
「レティシア……ッ!」
俺たちは――ようやく互いを発見。
姿を確認した俺はすかさず駆け寄り、力強くレティシアを抱き締めた。
「よかった……無事で……!」
「……あぁ、夢じゃないのね……! 本当に助けに来てくれるなんて……!」
彼女もぎゅっと俺を抱き締めてくれる。
煤で黒く汚れた彼女の顔に頬擦りし、確かに妻がここにいる実感を得る。
「よかった、本当によかったよ……! もしかしたら、もう二度と会えないんじゃないかって思ったんだぞ……!」
「私も怖かった……。でも絶対、あなたの下へ帰りたいって思ったから」
「……それで、こんな無茶を?」
「あなたと会えるなら、これくらい大したことじゃないわ」
「レティシア……」
「アルバン……」
互いの心の鼓動を確かめ合い、抱擁を続ける俺たち夫婦。
――自然と顔が離れ、瞳を見つめ合う。
そして徐々に唇が近付いていき――
「あ、あのぉ~……わ、私もいるんですがぁ~……?」
シャノアが恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら言う。
もっとも、指の隙間からバッチリ見てるんだけど。
「お、おお、そうだったな! 悪い悪い!」
「コ、コホン。こういうのは帰ってからにしましょうか……!」
ハッと我に返り、抱擁モードを解除する俺たち夫婦。
改めて俺はレティシアの全身を確認すると、
「どこか怪我はないか? アイツらに酷いことされなかったか?」
「ええ、私なら平気。それより早くここから逃げ出しましょう」
「わかった。こっちの壁に穴を開けたから、そこから出よう」
俺は二人を連れ、壁に穴を開けた場所まで誘導。
そして無事、外へと脱出した。
「や、やったぁ……ようやく外に出られましたぁ……!」
「ハァ、ハァ……そうね。でもまだ安心するのは――」
「……そうだぜ? 安心するにゃ早いねぇ」
「――!」
声がした方向を見ると、そこにはゴロツキ共が集まっていた。
人数はだいたい二十人くらい。
この火災の中でも逃げ出さなかった奴らか。
その中心には、明らかにこいつらのボスっぽい黒レンズの丸眼鏡をかけた男の姿が。
「よくも俺の資産を燃やしてくれたな。この落とし前は高くつくぜ?」
「あら? 私たちを女子供だと甘く見たあなたたちの過失ではなくて?」
「抜かせ、このクソガキが。とにかくテメェらだけは逃がすワケにゃいかねぇんだよ」
武器を持ったゴロツキ共が前へ出る。
数の暴力でリンチにしようって魂胆らしい。
「女共は殺すんじゃねぇぞ。そっちの男はぶっ殺しても――」
「……お前か」
「え?」
「レティシアを攫うよう命令したのは……お・ま・え・かああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
大地を震わせるほどの怒号。
ありったけの声量で俺は吼える。
それを聞いたボスとゴロツキ共は、ビクッと大きく肩を震わせた。
「ひっ……!?」
「お前だな? お前なんだな? 俺のレティシアを連れ去って、こんな怖い目に合わせたクソ野郎は……!」
ユラリ、と剣を動かす。
ゆっくりと奴の下へ近付いていく。
許さん。
許さん許さん許さん許さん。
よくも俺とレティシアを引き裂こうとしてくれたな。
絶対に許さない。
地獄に送ってやる。
「――殺す」
「な、なにをしてるお前ら! 早くあの男を殺せ!」
俺の覇気がよほど恐ろしいのか、震えた声で”虫けら”共に命令するボス。
ああ、俺がそんなに怖いか?
俺がそんなに恐ろしいか?
でもなぁ、レティシアはもっと怖かったんだよ。
彼女の味わった恐怖を万倍にして――
「アルバン……殺しては駄目よ」
――斬りかかろうとした矢先、レティシアの声が俺を止める。
「レティシア……? なに言ってるんだよ、コイツらはキミを――!」
「わかってるわ。だから――生き地獄を味わわせてあげて」
刺すように冷たい声で、彼女は言った。
その発言に、思わず俺の口元は緩む。
――流石は我が妻。
伊達に悪役令嬢じゃないってワケだ。
「……ああ、わかったよ」
「こ、殺せぇ――!」
――”虫けら”共が俺に襲い掛かってくる。
剣や角材などの武器を振り被って。
俺は彼らの攻撃を避けると同時に、斬撃を浴びせていく。
ある者は胴体を斬り、ある者は腕を斬り落とし、ある者は足を斬り飛ばす。
一人、二人、三人、四人――
まるで流れるように剣を振るい、一人一人へ苦痛と激痛をちゃんと味わわせていく。
勿論、殺さないように。
”虫けら”相手に殺さず苦痛だけ与えるなんて、簡単だし朝飯前。
そしてほんの数分もかからぬ内に、二十匹いた”虫けら”共は全員が地面に倒れた。
誰一人死ぬことなく、誰一人無事でいることもなく。
「なっ……そ、そんな馬鹿な……ッ!」
「あとはお前だけだ」
「う、あっ……! い、幾ら欲しい!? 金なら幾らでも――!」
「……黙れ」
俺は剣を鞘にしまいながらボスに近付くと、奴の顔面に思い切り殴った。
「ほげぇッ!」
「まだまだ、こんなもんじゃ済まさないぞ」
地面に倒れたボスを掴み上げて無理矢理に起こし、さらに殴打を加えていく。
何発も、何発も何発も。
拳が顔面に直撃する度にゴスッゴスッ!という鈍い音が響き渡る。
鼻の骨が曲がり、歯が折れ、血が噴き出る。
見る見るうちに顔面の形が変わっていく。
もうほとんど原型を留めていない。
「も……もう、許ひ、許ひひぇ……」
そろそろ顔面の骨が割れるだろうと思った頃、ボスが擦れるような声で言う。
それを聞いて、俺はこの”虫けら”を手放してやった。
正直まだまだ仕返しし足りないけど、これ以上やるとレティシアに怒られそうだから。
俺はパンパンと手を払い、スタスタと彼女の下へと戻る。
「お疲れ様、アルバン」
「おう。帰ろうか、レティシア」
「そうね。一緒に――帰りましょう」
――後日、今回の”レティシア・バロウ誘拐事件”は大きなスキャンダルとして王都中に知れ渡る。
ゴロツキ集団は全員捕まり、牢獄送りに。
彼らに協力したとされる一部貴族に対しても、取り調べが行われることになったのであった。
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